【判決要旨】
①Aゴルフ場内でBキャディが運転するゴルフカートに同乗中、樹木に衝突、カート外に転落し、頸椎捻挫及び腰椎打撲の傷害から併合11級後遺障害を残したとする40歳男子Xにつき、Xは「本件事故後約3ヶ月にわたり医師の治療を受けておらず…Xは、本件事故後、D整骨院に通院しているが、その通院頻度は同年6から8月までの間に合計4回にすぎないことからすれば、Xは、本件事故後約3ヶ月間は医師による治療を要する状態にはなかったことが推認される」として、Xの後遺障害の残存を否認した。
②Xは事故当日、自分で自動車を運転して帰宅していること、事故後の数ヶ月間は、D整骨院に通院して施術を受けたことがあるものの、医師による治療を受けていないこと、Xは事故約5ヶ月後にはゴルフをしていたこと等から、Xの本件事故による傷害は、安静加療10日間を要するものであったとし、本件事故と相当因果関係のある治療費は、D整骨院での施術6,000円のみであったと認定した。
③40歳男子税理士Xの休業損害につき、Xの経営する税理士事務所の営業所得は、事故前よりも事故後のほうが多くなっていて、Xの傷害の程度及び治療状況等からも、Xにおいて収入の減少を伴うほどの休業をしたとは認められないとして、Xの休業損害を否認した。
④入通院慰謝料につき、加療10日間の傷害を負ったこと及びD整骨院での施術が1回あること等から、6万円認定した。
大阪高裁 平成26年8月28日判決(確定)
事件番号 平成26年(ネ)第1222号 損害賠償請求控訴事件
1審 京都地裁 平成26年3月25日判決
事件番号 平成24年(ワ)第2120号 損害賠償請求事件
【事案の概要】
40歳男子税理士のXは、平成19年6月13日午後3時頃、滋賀県内のA会社の経営するゴルフ場でBキャディが運転するゴルフカートに同乗中、カートが樹木に衝突した際、カート外に転落、頸椎捻挫及び腰椎打撲の傷害を負い、併合11級後遺障害を残したとして、A及びBに対し、既払金56万5,659円を控除し4,767万3,897円を求めて訴えを提起した。
1審裁判所は、本件事故後の症状を約2年後の追突事故までの6割について因果関係を認め、減収のない税理士の休業損害を通院1日あたり7分の2の割合で認定した。
樹木に衝突したゴルフカートからの転落という事故態様及び、頭痛・めまい・吐き気等が、むち打ち損傷により高い頻度で発症する旨の専門的知見を考慮すれば、Xが事故後に訴えた症状について、本件事故との条件関係を否定することはできないが、一般に、むち打ち損傷の治療が6ヶ月以上要するものは約3%であるという報告が多く、このような慢性疼痛は、心理的要因によって痛みが増強しやすい旨の専門的知見があり、XのBに対する被害感は、本件事故から4年以上経過した後も強かったこと、Xの頸椎椎間板変性の所見が、本件事故により発生したことを認める証拠はないこと、Xには、本件事故の約6年前、Xが本件事故後訴えた症状と同じ頸部痛・肩凝り・頭痛・吐き気・視力低下が、後遺障害として残ったこと、不眠・めまい・眼症状は、本件事故から2ヶ月以上経過して現れたことに加えて、Xは、本件事故から約2年後、むち打ち損傷の原因となる追突事故に遭い、むち打ち損傷と診断されたこと等を総合考慮し、「Xが本件事故後訴えた症状について、本件事故との因果関係は、前記追突事故までは、その6割を認め、前記追突事故後は、全部認めることができない」と認定した。
減収のない税理士Xの休業損害につき、「Xは事務系の個人事業主であり、稼働時間にほとんど制限がないから、通院等がなければ稼働時間外の私用時間であったものを、通院等のため稼働に充てた関係が認められる」として、事業所得に名目上の経費を加算した額を基礎収入に、「通院1日当たり7分の2の休業損害を認める」と認定した。
1審判決を不服とするX側控訴の2審裁判所は、Xに後遺障害が生じたことを認めることはできないとし、Xの傷害は加療10日間であったと認定した。
Xの後遺障害につき、「Xが本件事故後約3ヶ月にわたり医師の治療を受けておらず、Xが平成19年9月になって受診したE医院において、同年8月後半になってからひどい痛みが生じたと述べていること、Xは、本件事故後、D整骨院に通院しているが、その通院頻度は同年6から8月までの間に合計4回にすぎないことからすれば、Xは、本件事故後約3ヶ月間は医師による治療を要する状態にはなかったことが推認される」として、「Xに本件事故によって後遺障害が生じたことを認めることはできない」と後遺障害の残存を否認した。
Xの治療に要した期間につき、Xは事故当日、自分で自動車を運転して帰宅していること、事故後の数ヶ月間は、D整骨院に通院して施術を受けたことがあるものの、医師による治療を受けていないこと、Xは平成19年11月19日にはゴルフをしていたこと等から、Xの本件事故による傷害は、頸椎捻挫、腰椎打撲の安静加療10日間を要するものであったとし、本件事故と相当因果関係を有する治療費については、D整骨院における施術6,000円のみであったと認定した。
休業損害につき、Xの経営する税理士事務所の営業所得は、事故前よりも事故後のほうが多くなっていて、Xの傷害の程度及び治療状況等からも、Xにおいて収入の減少を伴うほどの休業をしたとは認められないとして、Xの休業損害を否認した。
加療10日間を要する入通院慰謝料につき、D整骨院での施術が1回あること等から、6万円を認定した。
本件事故によってXに生じた損害として認定できるものは、治療費(施術費)6,000円、交通費340円、入通院慰謝料6万円の合計6万6,340円であるが、A会社がXに対して支払った治療費等56万5,659円を控除すれば、XのA会社らに対する損害賠償請求権は消滅したものであるが、XのA会社らに対する請求のうち、「186万1,778円及びこれに対する平成19年6月13日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を容認した原判決は、上記と結論を異にするが、Xのみが控訴した本件においては、原判決をXの不利益に変更することは許されない」として、主文のとおり「本件控訴をいずれも棄却する」と判決した。
2審判決
控訴人(原告) 甲野一郎
同訴訟代理人弁護士 中 隆志
同 河野佑宜
同 紀 啓子
同 堀田康介
被控訴人(被告) A会社
同代表者代表取締役 丙川次郎
被控訴人(被告) 乙山春子
被控訴人ら訴訟代理人弁護士 岩井 泉
【主 文】
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
【事実及び理由】
第一 控訴の趣旨
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して4,767万3,897円及びこれに対する平成19年6月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要(略称は、特記しない限り、原判決の用法による。)
1 本件の要旨
(1) 本件は、B会社が経営するゴルフ場において、キャディである被控訴人乙山春子(以下「被控訴人乙山」という。)が運転する本件カートに同乗していた控訴人が、本件カートが走行していた道路から外れてその前部が樹木に衝突したことから、控訴人が本件カート外に転落し、その結果、頸椎捻挫、腰部打撲の傷害を負い、併合11級に該当する後遺障害を生じたとして、被控訴人乙山に対しては、不法行為に基づき、被控訴人A会社(以下「被控訴人会社」という。)に対しては、被控訴人乙山の使用者責任(同責任を負っていたB会社を被控訴人会社が吸収合併した。)に基づき、連帯して4,767万3,897円及びこれに対する不法行為の日である平成19年6月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
(2) 原審は、控訴人の請求を一部認容し、被控訴人らに対し、連帯して186万1,778円及びこれに対する平成19年6月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を命じ、控訴人のその余の請求を棄却したことから、これを不服とする控訴人が本件控訴を提起した。
2 前提事実(認定した事実には証拠を掲げる。)
(1) 当事者
ア 控訴人は、税理士事務所を経営する税理士である。
イ 被控訴人乙山は、平成19年6月13日当時、B会社に雇用されて、同社の経営するCゴルフコース(以下「本件ゴルフ場」という。)においてキャディとして就労していた。
ウ 被控訴人会社は、ゴルフ場の経営等を目的とする株式会社であり、平成23年10月1日、B会社を吸収合併した。
(2) 本件事故
被控訴人乙山は、平成19年6月13日午後3時頃、本件カートの後部座席に控訴人を乗せて本件ゴルフ場内の湾曲する道路を時速約10キロメートルで走行中、左カーブミラーに気を取られ、本件カートを道路外に逸走させ、本件カートの前面を樹木に衝突させた(以下「本件事故」という)。
控訴人は、本件事故の衝撃によって本件カート外に転落し、頸椎捻挫、腰部打撲の傷害を負った。
3 控訴人の主張
(1) 控訴人の通院状況
控訴人は、本件事故後、救急車でM病院に搬送された。
控訴人のその後の通院状況は別紙のとおりである(なお、28番K眼科の平成20年9月19日とあるのは平成20年9月29日の、41番N内科医院の平成21年3月13日とあるのは平成20年3月13日の誤記と認められる。)。
(2) 後遺障害の発生
控訴人は、本件事故によって、頸椎捻挫、腰部打撲の傷害を負い、別紙のとおり通院して治療を行ったが、平成21年6月27日、症状固定と診断され、頑固な頭部しめつけ感、左顔面から頸部にかけてのしびれ感、頸部から腰背部にかけての疼痛、左上肢しびれ感が残存した。これらの症状は、本件事故によって生じた第4/5頸椎の椎間板の正中部後方への突出によるものであり、いずれも「局部に頑固な神経症状を残すもの」として後遺障害等級別表第2の第12級13号に該当するから、併合11級と判断されるべきである。
(3) 控訴人に生じた損害
本件事故によって控訴人に生じた損害は以下のとおりである。
ア 治療費ほか実費(別紙のとおり) 48万4,619円
イ 通院交通費(別紙のとおり) 13万4,180円
ウ 入通院慰謝料 182万円
控訴人は、受傷後、症状固定日である平成21年6月27日までに24ヶ月間通院したから、入通院慰謝料は182万円が相当である。
エ 休業損害 195万8,223円 控訴人は、本件事故当時、税理士として税理士事務所を経営していたところ、本件事故日から症状固定日までの間、通院した日については2時間ほど業務を行うことができず、他の日などに深夜に至るまで稼働せざるを得なかった。控訴人の1日当たり
の稼働時間は7時間であるから、うち2時間休業したとすると、7分の2休業したこととなる。
控訴人の本件事故日から症状固定日までの通院日数は延べ211日(本件事故日当日を除く)であるから、控訴人の休業日数は60日間である。
(211日間×2/7=60日間)
控訴人の平成19年の年収は、1,191万2,528円であるから、休業損害は195万8,223円である。
(1,191万2,528円×60/365=195万8,223円)
オ 後遺症慰謝料 420万円
前記(2)のとおり、後遺症等級併合11級相当額である。
カ 逸失利益 3,531万2,534円
控訴人は、症状固定時には42歳であるから、67歳までの就労可能年数は25年であり、これに対応するライプニッツ係数は14.0939である。併合11級の後遺障害による労働能力喪失率は20%とするのが相当である。症状固定日の前年である平成20年度の控訴人の年収は1,252万7,595円(控訴人の税務申告上の所得826万7,163円に、現実には支出していない①減価償却費104万9,355円、②租税公課37万9,420円、③利子割引7万7,238円、④青色申告控除額65万円、⑤貸倒引当金16万8,445円、⑥地代家賃171万4,972円、⑦損害保険料22万1,002円をそれぞれ加算した金額)である。以上を前提に算定すると、控訴人の逸失利益は3,531万2,534円である。
1,252万7,595円×0.2×14.0939=3,531万2,534円
キ 既払金控除 56万5,659円
上記アないしカを合計すると4,390万9,556円であり、被控訴人会社が負担
した医療費等56万5,659円を控除すると4,334万3,897円である。
ク 弁護士費用 433万円
既払い金控除後の損害額の1割である433万円が相当である。
ケ 以上のとおり、控訴人の損害額は4,767万3,897円である。
4,334万3,897円+433万円=4,767万3,897円
(4) 被控訴人らの責任
ア 被控訴人乙山は、本件カートを運転するキャディとして前方左右を注視し、進路を適正に保持して進行すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠った過失により本件事故を発生させたものである。よって、被控訴人乙山は、控訴人に対し、民法709条により、不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
イ B会社は、被控訴人乙山の使用者として、民法715条により、使用者責任に基づく損害賠償責任を負い、被控訴人会社はこれを承継した。
(5) 結論
よって、控訴人は、被控訴人らに対し、4,767万3,897円及びこれに対する不法行為の日である平成19年6月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
4 被控訴人らの主張
(1) 控訴人の通院期間
ア 通院期間に合理性がないこと
控訴人は、本件事故による傷害の治療のため、別紙のとおり通院した旨主張する。
しかし、本件事故当日控訴人が受診したM病院の診断によれば、控訴人の傷害は加療3日を要するとあるのみであり、本件事故によって約2年間もの通院が必要な傷害を負ったとはいえない。
イ 本件事故と因果関係がない通院が含まれていること
(ア) 別紙記載の通院状況によれば、控訴人は、本件事故後、長期間にわたり、整骨院(カイロプラクティック)、接骨院あるいは鍼灸院への通院を行っているが、これらの施術の必要性はなく、本件事故と因果関係のある治療とは認められない。
(イ) 別紙記載の通院状況によれば、控訴人は、眼科や内科にも通院しているが、これらの通院と本件事故による受傷との因果関係はない。
(ウ) 既往症
控訴人は、平成12年4月17日に交通事故に遭い、頸部挫傷、腰部挫傷の傷害を負い、約1年2ヶ月治療した後、平成13年6月30日に症状固定した既往症がある。
本件事故後の通院も、既往症の治療のための通院である可能性がある。
(2) 休業損害
控訴人は、事業所得者であるから、本件事故によって現実に収入減がなければ休業損害は認められないところ、控訴人の収入は減少していない。
(3) 後遺障害
ア 本件事故は低速で走行していたカートにおいて発生したものであり、深刻な人身損害を生じるものとは考えられない。
イ 控訴人には頸椎捻挫、腰椎捻挫の既往症があり、この既往症が本件事故後の症状に影響を及ぼしていると考えられる。本件事故後に通院しているからといって後遺障害が発生したと認定することはできない。
ウ 控訴人は、本件事故後の平成21年7月15日、普通自動車運転中に追突事故の被害に遭い、頸部挫傷、腰部挫傷の傷害を負っているから、現時点の控訴人の症状が本件事故と因果関係がある後遺障害とはいえない。
エ 仮に本件事故によって後遺障害が発生しているとしても、控訴人には本件事故後の減収が認められないから、労働能力の喪失はない。
(4) 被控訴人らの責任
争う。
第三 当裁判所の判断
1 認定事実
前提事実に証拠(略)及び弁論の全趣旨を総合すると、損害に関して、以下の事実を認定することができる。
(1) 控訴人の既往症
控訴人は、平成12年4月17日(当時33歳)、交通事故(追突)によって、頸椎腰椎捻挫、背部打撲の傷害を負った。控訴人は、平成13年6月30日に症状固定と診断され、後遺障害の内容として「僧帽筋の局所に頑固な圧痛を認めます。」との診断を受けた。
(2) M病院
控訴人は、本件事故後、救急車でM病院に搬送された。
控訴人は、同病院において、左大腿部にしびれがあること、左腰に自発痛があることを述べたが、左腰の自発痛について圧迫による増強は認められず、運動、感覚に異常はなく、項部硬直もないと判断された。控訴人は、同病院で頸椎及び腰椎のレントゲン撮影を受けたが、異常は認められなかった。
控訴人は、同病院において、頸椎捻挫、腰部打撲により3日間の安静加療を要するとの診断を受け(ただし、診断書作成日は平成19年6月19日)、鎮痛剤と貼付薬の処方を受けた。同病院の医師は、控訴人の病状について、経過観察となるものと判断していた。
控訴人は、治療終了後、自分で車を運転して帰宅した。
(3) D整骨院
控訴人は、本件事故後の6日後である平成19年6月19日から、D整骨院に通院し、カイロプラクティックの施術を受けた。
控訴人は、平成19年6月19日の施術時において、本件事故に遭った後、調子が悪いと述べ、吐き気と腰と背中の痛みがあることを述べた。控訴人は次の施術日である同月28日に、(前回の)施術日はよく眠れたこと、肩こりと疲労感があることを述べた。控訴人のその次の施術日は約1ヶ月後の同年7月26日であり、その次の施術日は約1ヶ月後の同年8月28日であった。控訴人は、同日の施術の際に、調子が悪く、起立時によろめくことを述べた。控訴人の次の施術日は同年9月3日であり、その際、控訴人は、めまいがあることと頸部に痛みがあることを述べた。
なお、控訴人は、本件事故前の平成2年6月25日から同整骨院に通院してカイロプラクティックの施術を受けており、平成15年12月20日には、背中全体が痛むと述べ、平成16年2月10日には、腰がだるく首までくると述べ、同年7月9日には、ゴルフによって左腰痛となったと述べ、同年8月30日、子供に頭をはたかれ、朝からめまいがすることを述べていた。控訴人は、平成16年12月11日以降、同整骨院に通院していなかったが、本件事故後、平成19年6月19日から、再び通院するようになった。
(4) P眼科
控訴人は、平成19年9月25日及び同年11月30日、P眼科に通院した。
控訴人は、同クリニックにおいて、1ヶ月前から首の痛み、めまい、グラグラ、頭痛があると述べ、遠視性乱視、眼精疲労、VDT症候群との診断を受けた。
(5) N内科医院
控訴人は、平成13年頃から慢性扁桃腺等の治療のために定期的にN内科医院に通院しており、本件事故後も通院している。
(6) E医院
控訴人は、平成19年9月25日から同年12月10日まで、8回にわたり、E医院に通院した。
控訴人は、平成19年9月25日の初診時に、同年8月後半より眼の疲れ、首・肩こりが強いこと、同年9月初め頃よりめまいがあること、同年8月25日に子供の野球についていき、その頃から肩こりが強く不眠が始まったことを述べた。
(7) F接骨院
控訴人は、平成19年10月20日から平成20年5月26日まで、F接骨院に通院した。
同接骨院の施術録には、頸痛と車酔いが控訴人の主訴であること、控訴人が平成19年9月29日に頸部捻挫及び右肩関節捻挫の負傷をしたこと、同年10月24日に腰部捻挫の負傷をしたこと、平成20年3月12日に左肩関節捻挫及び背部挫傷(下部)の負傷をしたことが記載されている。また、控訴人は、同接骨院において、20年前と6年前にむちうちとなったこと、平成19年6月からパソコンのディスプレイを変えて調子が悪くなったことなどを述べている。
(8) G内科
控訴人は、平成20年1月7日、同月10日、同年2月12日の3回にわたり、G内科に通院した。
控訴人は、同内科において、高気圧療法を受けることを希望し、オアシス・オーツーの施行を受けた。
(9) H病院
控訴人は、平成20年1月7日及び同年8月26日、H病院に通院した。控訴人が同病院を受診したのはMRI検査を受診するためであった。
控訴人は、平成20年1月7日、同病院において、MRI検査を受け、頸椎椎間板症、頸椎捻挫と診断された。
同病院の担当医である丁山三郎医師は、平成20年1月7日に撮影した控訴人のMRI画像について、同年8月26日に作成したL麻酔科医院に対する紹介状の中で「C4/5椎間板変性を認めます。(ヘルニアはでていません)」と記載している。
(10) L麻酔科医院
控訴人は、H病院から紹介を受けて、平成20年8月30日から、L麻酔科医院に通院するようになった。控訴人は同医院において、定期的に星状神経節ブロック注射を受けている。
(11) J鍼灸院
控訴人は、平成20年5月1日から、J鍼灸院に通院している。
(12) R整形外科(以下「R整形外科」という。)
控訴人は、平成20年6月21日から、R整形外科に通院している。
(13) K眼科
控訴人は、平成20年7月9日から、K眼科に通院している。
(14) 本件事故後の交通事故
控訴人は、平成21年7月15日、自動車運転中に停車時に追突された。控訴人は、同日、R整形外科において、頸部挫傷、腰部挫傷により、2週間の加療を要する見込みであると診断された。
(15) 控訴人の収入の推移
控訴人の営業所得は、平成18年は550万3,868円、19年は747万7,132円であり、平成20年は826万7,163円である。
2 後遺障害について
(1) 控訴人は、本件事故によって、頸椎捻挫、腰部打撲の傷害を負い、平成21年6月27日に症状固定となり、頑固な頭部締め付け感、左顔面から頸部にかけてのしびれ感、頸部から腰背部にかけての疼痛、左上肢しびれ感が残存したと主張し、これらの症状は、本件事故によって生じた第4/5頸椎の椎間板の正中部後方への突出によるものであると主張する。
(2) 前認定のとおり、控訴人は、平成12年4月17日に交通事故に遭って頸椎腰椎捻挫、背部打撲の傷害を負い、僧帽筋の局所の頑固な圧痛が後遺症として残ったものであること、本件事故前からD整骨院でカイロプラクティックの施術を受け、その際、背中全体の痛み、腰のだるさ、左腰痛、めまいといった症状を訴えていたことからすると、控訴人の(1)の症状及び椎間板の変形は、本件事故前から生じていた可能性を否定することができない。
(3) また、前認定のとおり、控訴人は、E医院において、平成19年8月後半より眼の疲れ、首・肩こりが強いこと、同年9月初め頃よりめまいがあること、同年8月25日に子供の野球についていき、その頃から肩こりが強く不眠が始まったことを述べていることからすると、控訴人の症状及び椎間板の変形が、本件事故より後に発生した原因に基づくものである可能性も否定することができない。
(4) この点、R整形外科の戊田四郎医師作成の自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書には、控訴人の主張に沿った記載がある。
証拠(略)によれば、控訴人がR整形外科を初めて受診したのは、本件事故から約1年経過した後である平成20年6月21日であること、R整形外科において同日から平成21年6月27日まで控訴人を担当していた医師は既に死亡しており、戊田四郎医師は控訴人から聴取した症状経過や症状固定日から2年以上経過した診断書作成当時(平成23年12月21日)の診察所見を併せて上記診断書を作成したことが認められ、他方、戊田四郎医師が本件事故当日に控訴人が受診したM病院の診療録やレントゲンを検討した形跡、R整形外科を受診するまでの約1年間の控訴人の治療経過を検討した形跡、控訴人が平成21年7月15日に追突事故に遭ったことを考慮した形跡は、いずれも見受けられない。
そうすると、上記診断書は、本件事故からの控訴人の治療経過を十分検討した上で診断されたとは認められないものであり、同診断書の記載をもって、本件事故によって控訴人に後遺障害が残存したことの証左とすることはできない。
なお、戊田四郎医師は、控訴人がH病院において撮影したMRI画像(平成20年1月7日撮影)について、椎間板ヘルニアが突出している旨の意見を述べている。同画像については、H病院の丁山三郎医師が、平成20年8月26日に作成したL麻酔科医院の己川医師宛の紹介状において、椎間板変性はあるものの「ヘルニアはでていません。」として異なる判断を記載していること、控訴人においてその後椎間板ヘルニアの治療を受けた形跡も見受けられないことからすると、上記MRIが撮影された平成20年1月7日当時、控訴人に椎間板ヘルニアが生じていたものとは認められない。
(5) また、H病院の丁山三郎医師は、平成23年4月28日に作成したT保険会社に対する回答書において、控訴人の訴える頸部痛と本件事故との間に因果関係があると回答し、その理由として、「6月の事故後より症状が出たとのこと」と記載している。
上記記載によれば、丁山三郎医師は、控訴人が本件事故後に症状が出た旨述べたことから本件事故と控訴人の頸部痛との間に因果関係がある旨判断したことが推認される。しかしながら、前認定のとおり、控訴人が本件事故後約3ヶ月にわたり医師の治療を受けておらず、控訴人が平成19年9月になって受診したE医院において、同年8月後半になってからひどい痛みが生じたと述べていること、控訴人は、本件事故後、D整骨院に通院しているが、その通院頻度は同年6月から8月までの間に合計4回にすぎないことからすれば、控訴人は、本件事故約3ヶ月間は医師による治療を要する状態にはなかったことが推認される。そうすると、本件事故によって控訴人に後遺障害となる頸部痛等の症状が生じたと認定することは困難であり、丁山三郎医師の上記記載をもってしても、控訴人に本件事故によって後遺障害が生じたことを認めることはできない。
(6) 以上検討したとおり、本件事故によって、控訴人に後遺障害が生じたとは認められない。
3 控訴人の損害について
(1) 治療に要した期間
控訴人は、本件事故による受傷が平成21年6月27日に症状固定となったとして、別紙記載の治療費合計48万4,619円が本件事故と相当因果関係のある治療費である旨主張する。
本件事故当日(平成19年6月13日)、控訴人を診断したM病院の医師は、控訴人の本件事故による受傷について、頸椎捻挫、腰部打撲として10日間の安静加療を要するものであったが(同病院の診断書は今後3日間の安静加療と記載されているが、同診断書が作成されたのが本件事故後7日目であることからすると、本件事故日から計算すれば合計10日間の安静加療を要すると診断したものと認められる。)、控訴人の病状については経過観察となるものと判断していたこと、控訴人は、本件事故当日、自分で自動車を運転して帰宅していること、控訴人は、本件事故後、数ヶ月間、D整骨院に通院してカイロプラクティックの施術を受けたことがあるものの、医師による治療を受けていないこと(なお、控訴人は同年8月にN内科医院を受診しているが、同医院は内科であり、控訴人は慢性扁桃腺等の治療のために継続して同医院を受診したものと認められるから、頸椎捻挫、腰部打撲の治療のために受診したものとは認められない。)、控訴人は平成19年11月19日にはゴルフをしていたことからすると、控訴人の本件事故による傷害は、上記診断書の記載のとおり安静加療10日間を要するものであったと認められる。
(2) この点、R整形外科の戊田四郎医師作成の自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書には、本件事故による傷害の症状固定日が平成21年6月27日である旨の記載がある。
しかしながら、前示のとおり、控訴人がR整形外科を初めて受診したのは、本件事故から約1年経過した平成20年6月21日である。そしてR整形外科の診療録の記載からすれば、控訴人に対する治療内容は、当初から主として消炎鎮痛処置で、痛み止めの注射や与薬を行うことがあるという程度に終始していることが認められる。そうすると、同整形外科における受診期間を控訴人が本件事故によって生じた傷害の治療に要した期間とみることはできない。
(3) 個別の医療機関の治療費
前提事実のとおり、控訴人は、本件事故によって、頸椎捻挫及び腰部打撲の傷害を負ったものであるから、本件事故と相当因果関係を有する治療費は上記傷害の治療のための支出に限られるというべきである。
ア P眼科及びK眼科
控訴人が本件事故によって眼を負傷したことを認めるに足りる証拠はなく、頸椎捻挫及び腰部打撲の傷害を負ったことにより、控訴人に眼科において治療が必要な症状が生じたことを認めるに足りる証拠もない。よって、別紙のうち、P眼科及びK眼科における通院治療は本件事故と相当因果関係を有する治療とはいえない。
イ D整骨院
前認定のとおり、D整骨院への通院は、医師による治療ではなく、カイロプラクティックの施術である。医師による治療行為に要する費用ではない、医師法による医師の資格を有しない者による施術の費用については、医師から施術の指示を受けた場合、あるいは施術の必要性、有効性が立証されている場合に限り、その費用が相当因果関係を有する損害と認められるものと解される。
この点、控訴人の原審本人尋問の結果によれば、控訴人は、医師からカイロプラクティックの施術を受けることを指示されたものではないことが認められる。
他方、前認定のとおり、控訴人は、本件事故日の6日後である平成19年6月19日にカイロプラクティックの施術を受け、その当日はよく眠れたと述べていたことからすると、同日の施術は控訴人の症状に有効であったと認められる。そして、同日の施術は、加療期間(10日間)内に行われたものであることも踏まえると、本件事故との相当因果関係があるものと認められる。他方、同日より後の施術については、その必要性、有効性があったものと認めるに足りる証拠はない。
そうすると、D整骨院における治療費は、平成19年6月19日の施術(治療費6,000円)を除き、本件事故と相当因果関係を有するものとはいえない。
ウ N内科医院
前認定のとおり、控訴人は、平成13年頃から慢性扁桃腺等の治療のためにN内科医院に通院していたものであり、控訴人が、同医院において頸椎捻挫及び腰部打撲の治療を受けていたことを認めるに足りる証拠はない。
よって、同医院における治療費は、本件事故と相当因果関係を有するとはいえない。
エ E医院
前認定のとおり、控訴人は、平成19年9月25日からE医院を受診するようになったものである。控訴人は、初診の際、同年8月後半より眼が疲れ、首・肩こりが強いこと、同年9月初め頃よりめまいがあること、同年8月25日に子供の野球についていき、その頃から肩こりが強く不眠が始まったことを訴えている。控訴人が、同医院を受診したのは、本件事故後2ヶ月以上経過した後であること、控訴人は、同医院において受診中に本件事故について言及した形跡がなく、控訴人の症状は同年8月25日に子供の野球についていったことがきっかけであると述べていたことからすれば、同医院における治療が本件事故による受傷の治療のためであったとは認め難い。
よって、同医院における治療費は、本件事故と相当因果関係を有するとはいえない。
オ F接骨院及びJ鍼灸院
F接骨院及びJ鍼灸院における施術は、医師による治療ではなく、また、原審控訴人本人尋問の結果によれば、医師の指示を受けて施術を受けたものではなかったことが認められる。
また、前認定のとおり、F接骨院の施術録には、控訴人が平成19年9月29日に頸部捻挫及び右肩関節捻挫の負傷をしたこと、同年10月24日に腰部捻挫の負傷をしたこと、平成20年3月12日に左肩関節捻挫及び背部挫傷(下部)の負傷をしたことがそれぞれ記載されていることからすれば、同院における施術が本件事故による傷害の治療のためであったとも認め難い。他に、F接骨院及びJ鍼灸院における施術が、本件事故による傷害の治療のために必要かつ相当であったことを認めるに足りる証拠はない。
よって、F接骨院及びJ鍼灸院における治療費は、本件事故と相当因果関係を有するとはいえない。
カ G内科
前認定のとおり、控訴人はG内科において高気圧療法を受けているところ、同治療が、本件事故によって生じた頸椎捻挫、腰部打撲の治療に必要であったことを認めるに足りる証拠はない。
よって、同院における治療費は、本件事故と相当因果関係を有するとはいえない。
キ H病院
前認定のとおり、控訴人は、MRI検査を受けるために同病院を受診したものである。そうすると、控訴人は治療の必要性があって同病院を受診したものとはいえない。そして、前示のとおり控訴人に本件事故による後遺障害が生じているとは認められないから、控訴人に後遺障害が生じていることを裏付ける資料としてMRI検査が必要であったとも認められない。
よって、同病院における治療費は、本件事故と相当因果関係を有するとはいえない。
ク L麻酔科医院
前認定のとおり、控訴人は、平成20年6月21日から、同医院において、星状神経節ブロックの施術を受けている。
星状神経節ブロックは、強い痛みが恒常的に続く場合にその対処方法として実施されるものであることが認められる。前示のとおり、控訴人は、本件事故後数ヶ月間はD整骨院において間歇的にカイロプラクティックの施術を受けているのみで、医師による治療を受けていないことからすると、本件事故直後には控訴人には強い痛みは生じていなかったことを推認することができる。そうすると、本件事故から1年以上経
過した後になって、控訴人に、星状神経節ブロックを要するほどの強い痛みが生じていたとしても、それが本件事故によって受傷した頸椎捻挫、腰部打撲による痛みであるとみることは不合理である。控訴人が、E医院において、平成19年8月後半に子供の野球に出かけたことがきっかけで強い痛みが生じたことを訴えていることも併せて考えると、他の要因によって強い痛みが生じるに至ったものと考えるのが合理的である。
よって、L麻酔科医院における治療は、本件事故と相当因果関係を有するとはいえない。
ケ R整形外科
前認定のとおり、控訴人は、本件事故から1年以上経過した平成20年6月21日からR整形外科を受診するようになり、受診の理由として、本件事故について述べ、痛みを訴えていたことが認められる。前示のとおり、控訴人は、R整形外科を受診する以前である平成19年9月25日に受診したE医院においては、平成19年8月後半より眼が疲れ、首・肩こりが強いこと、同年9月初め頃よりめまいがあること、同年8月25日に子供の野球についていき、その頃から肩こりが強く不眠が始まったことを訴え、本件事故については言及していないのであるから、その約8ヶ月後であるR整形外科の受診が本件事故によって生じた痛みの治療のためであったとすることは不合理であり、同外科における治療は本件事故との因果関係を有するものとは認められない。
コ 以上検討したとおり、別紙の治療費のうち、本件事故と相当因果関係を有するものと認められるのは平成19年6月19日のD整骨院における施術6,000円のみであり、その余は、いずれも本件事故と相当因果関係を有するものとは認められない。
(4) 通院交通費
(3)のとおり、別紙の治療費のうち、本件事故と相当因果関係を有するものと認められるのは平成19年6月19日のD整骨院における施術のみであり、通院に必要な交通費は340円である。その余の交通費については、本件事故と相当因果関係を有する損害とはいえない。
(5) 入通院慰謝料
前示のとおり、控訴人は、本件事故によって加療10日間を要する傷害を負ったものと認められる。
前示のとおり、控訴人が請求する別紙の治療費は、平成19年6月19日のD整骨院のカイロプラクティックの施術を除き、いずれも本件事故と相当因果関係を欠くものであるから、控訴人は、本件事故当日にM病院を受診したほかは、本件事故によって生じた傷害の治療のために医療機関に通院したとは認められない。
そうすると、控訴人の入通院慰謝料は、通院1日として算定されることとなるが、加療10日間の傷害を負ったこと及び前記D整骨院での施術1回があることを踏まえ、6万円とするのが相当である。
(6) 休業損害
前認定のとおり、控訴人は、本件事故当時、税理士として税理士事務所を経営していた。控訴人の営業所得は、本件事故前より本件事故後のほうが多くなっているところ(平成18年は550万3,868円、平成19年は747万7,132円、平成20年は826万7,163円)、前記本件事故による控訴人の傷害の程度及び治療状況に照らせば、本件事故によって控訴人において収入の減少を伴うほどの休業をした
とは認められない。
よって、本件事故によって控訴人に休業損害が生じたとは認められない。
(7) 後遺症慰謝料
2のとおり、本件事故によって控訴人に後遺障害が生じたとは認められないから、後遺症慰謝料が発生するものとはいえない。
(8) 逸失利益
2のとおり、本件事故によって控訴人に後遺障害が生じたとは認められないから、控訴人に後遺障害による逸失利益が生じたとはいえない。
(9) 被控訴人乙山は、過失によって控訴人に傷害を負わせたから、不法行為責任を負い、被控訴人会社は、B会社の使用者責任を承継した者であるから、被控訴人乙山と連帯して損害賠償責任を負うものである。上記検討したところによれば、本件事故によって控訴人に生じた損害として認定できるものは、治療費(施術費)6,000円、交通費340円、入通院慰謝料6万円であるから合計6万6,340円である。そして、被控訴人会社が控訴人に対して治療費等として56万5,659円を支払ったことは控訴人が自認するところであるから、これを控除すれば、控訴人の被控訴人らに対する損害賠償請求権は消滅したものというべきである。
第四 結論
よって、控訴人の被控訴人らに対する請求はいずれも理由がないから、棄却すべきである。
控訴人の被控訴人らに対する請求のうち、186万1,778円及びこれに対する平成19年6月13日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を認容した原判決は、上記と結論を異にするが、控訴人のみが控訴した本件においては、原判決を控訴人の不利益に変更することは許されない。
よって、控訴人の本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成26年6月17日)
大阪高等裁判所第3民事部
裁判長裁判官 山田知司
裁判官 久保田浩史
裁判官 新谷祐子
1審判決
原告 甲野一郎
原告訴訟代理人弁護士 中隆志外
被告 乙山春子
被告 A会社
同代表者代表取締役 丙川次郎
被告ら訴訟代理人弁護士 岩井 泉
【主 文】
1 被告らは、原告に対し、連帯して、186万1,778円、及び、これに対する平成19年6月13日から支払済みまで年5%の割合による金員、を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを25分し、その24を原告の、その余を被告らの負担とする。
4 この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。
【事 実】
第一 請求の趣旨
被告らは、原告に対し、連帯して、4,767万3,897円、及び、これに対する平成19年6月13日から支払済みまで年5%の割合による金員、を支払え。
第二 争いがない事実
1 被告乙山春子は、平成19年6月13日当時、B会社の被用者であり、Cゴルフコースのキャディであった。
被告A会社は、ゴルフ場の経営等を目的とする株式会社であり、平成23年10月1日、B会社を吸収合併した。
2 被告乙山春子は、平成19年6月13日午後3時頃、普通自動車(ハイカート、キャリーEC05。以下「本件カート」という。)を運転し、大津市<地番略>所在のCゴルフコース東コースa番ホール横管理道路を、同ゴルフコース北コース方面から駐車場方面へ約10キロメートル/hで進行するに当たり、同所は右方に湾曲する道路であったから、進路を適正に保持して進行すべき自動車運転上の注意義務があるのに、これを怠り、左カーブミラーに気を取られて、漫然本件カートを左方に逸走させて前記速度で進行した過失により、本件カートを道路脇不整備地帯に進出させ、左前方の樹木に本件カート前部を衝突させた(以下「本件事故」という。)。
第三 当事者の主張の要旨
1 原告
(1) 原告(昭和42年1月生)は、本件事故(平成19年6月13日)について、被告らに対し、不法行為に基づき、次の損害の連帯賠償を求める(付帯請求は、不法行為の日から支払済みまで民法所定の割合による遅延損害金である。)。
ア 治療費ほか実費 48万4,619円
(後記(3))
イ 通院交通費 13万4,180円
(ア) D整骨院 8,160円
(=bバス170円×往復2×24日)
(イ) E医院 7,520円
(=〔地下鉄250円+cバス220円〕×往復2×8日)
(ウ) F接骨院 3万7,600円
(=〔地下鉄250円+cバス220円〕×往復2×40日)
(エ) G内科 2,820円
(=〔地下鉄250円+cバス220円〕×往復2×3日)
(オ) H病院 1,000円
(=地下鉄250円×往復2×2日)
(カ) J鍼灸院 3万2,900円
(=〔地下鉄250円+cバス220円〕×往復2×35日)
(キ) K眼科 3,760円
(=〔地下鉄250円+cバス220円〕×往復2×4日)
(ク) L麻酔科医院 4万0,420円
(=〔地下鉄250円+cバス220円〕×往復2×43日)
ウ 休業損害 195万8,223円
(≒1,191万2,528円/年〔後記(4)〕×60日〔≒M病院を含まない通院日211日[後記2(3)]×休業2時間/日÷稼働時間7時間/日〕÷365日)
エ 通院慰藉料 182万円
オ 逸失利益 3,531万2,534円
(≒1,252万7,595円/年〔後記(4)〕×20%(後記(3)ス)×14.0939〔就労可能年数25年間に対応するライプニッツ係数〕)
カ 後遺障害慰藉料 420万円
キ 損益相殺 ▲56万5,659円
ク 弁護士費用 433万円
(2) 原告は、本件カートの後部座席に座っていたところ、本件事故(平成19年6月13日)の衝撃で、本件カート外に転落し、転倒した。
(3) 原告は、
ア M病院に、平成19年6月13日(実1日)、通院して、2万7,210円を負担し、
イ D整骨院に、平成19年6月19日~平成20年5月13日(実24日)、施術を受けて、12万1,000円を負担し、
ウ N内科医院に、平成19年8月13日~平成20年3月13日(実8日。なお、平成20年1月11日の通院を含まない。)、通院して、1万6,050円を負担し、
エ P眼科に、平成19年9月10日~11月30日(実2日)、通院して、3,850円を負担し、
オ E医院に、平成19年9月25日~12月10日(実8日)、通院し、Q薬局で調剤を受けて、1万4730円を負担し、
カ F接骨院に、平成19年10月20日~平成20年5月26日(実40日)、施術を受けて、2万2,260円を負担し、
キ G内科に、平成20年1月7日~2月12日(実3日)、通院して、8,250円を負担し、
ク H病院に、平成20年1月7日~8月26日(実2日)、通院して、6,590円を負担し、
ケ J鍼灸院に、平成20年5月1日~平成21年6月23日(実35日)、施術を受けて、18万4,800円を負担し、
コ R整形外科に、平成20年6月21日~平成21年6月27日(実41日)、通院して、1万5,370円を負担し、
サ K眼科に、平成20年7月9日~9月29日(実4日)、通院して、8,900円を負担し、
シ L麻酔科医院に、平成20年8月30日~平成21年6月27日(実43日。但し、平成21年3月7日の通院は2回ある。)、通院して、5万5,210円を負担した。
ス 平成21年6月27日、頭部のしめつけ感・左顔面から頸部にかけてのしびれ感・頸部から腰背部にかけての疼痛・左上肢しびれ感の自覚症状を遺して症状固定したと診断された。
いずれも「局部に頑固な神経症状を残すもの」(自賠法施行令別表二12級13号)に該当し、これらは併合11級に相当する。
セ H病院に、平成20年8月26日(実1日)、通院して、399円を負担した。
(4) 原告は、税理士として、S税理士事務所を経営していた。平成19年は、事業所得747万7,132円・租税公課22万3,260円・損害保険料14万5,980円・減価償却費152万7,853円・利子割引料7万8,872円・地代家賃166万6,668円・貸倒引当金14万2,763円・青色申告特別控除額65万円であった。平成20年は、事業所得826万7,163円・租税公課37万9,420円・損害保険料22万1,002円・減価償却費104万9,355円・利子割引料7万7,238円・地代家賃171万4,972円・貸倒引当金16万8,445円・青色申告特別控除額65万円であった。
貸倒引当金・青色申告特別控除額は、税務上の特典にすぎない。租税公課・損害保険料・減価償却費・利子割引料・地代家賃は、現実に支出した金員ではなく、単に税務上控除される数字である。これらは、所得から差し引くことは相当ではない。
したがって、基礎収入は、事業所得に、これらを加算した平成19年は1,191万2,528円/年、平成20年は1,252万7,595円/年である。
2 被告ら
(1) 原告が、本件事故により、本件カート外に転落したことは不知。
本件事故との因果関係があるのは、M病院の診断の通り3日間の安静加療だけである。せいぜい、E医院で平成19年11月19日軽快と訴えた直後の同年11月末までである。
後遺障害の診断は、平成20年6月21日から通院したR整形外科で、原告の主治医でなかった医師により、原告が平成21年7月15日の追突事故で頸部挫傷・腰部挫傷と診断された後の平成23年12月21日にされたから、信用できない。
原告は、平成18年の事業所得が550万3,868円で、現実の減収はなかったから、休業損害・逸失利益はない。
(2) 被告A会社は、原告に対し、合計59万6,020円を支払った。
(3) 原告は、平成12年4月17日、追突事故により、頸椎腰椎捻挫・背部打撲と診断され、平成13年6月30日、頸部痛・肩凝り・頭重感、雨天時や就業時頭痛・吐気・視力低下・集中力の低下を認めるという自覚症状を遺して症状固定したと診断された。原告は、N内科医院で、本件事故前から、喘息性気管支炎のため特定疾患療養指導を受けていた。原告は、平成19年6月頃、パソコンのディスプレイを変えてから、不調を訴え、同年9月10日、VDT症候群と診断された。
したがって、このような原告の素因を考慮するべきである。
理由
第一 概要
本件は、キャディの運転するゴルフカートが樹木に衝突し、原告が、ゴルフカートから転落し、むち打ち損傷を受けたと主張して、キャディとその使用者である被告らに対し、不法行為に基づき、人的損害の連帯賠償を求めた事案である。
主たる争点は、症状固定が事故の約2年後と主張された傷害と、2か所以上の「局部に頑固な神経症状を残すもの」(自賠法施行令別表二12級13号)に該当すると主張された後遺障害について、因果関係の有無である。
当裁判所は、キャディに対する被害感情、他覚症状がないこと、既往、事故から約2ヶ月以上経過して新しい症状が発生し、他原因が疑われること、有効と認め難い治療や私病に対する治療が含まれたこと、事故の約2年後、追突事故に遭い、むち打ち損傷の症状を訴えて、その旨診断されたこと等を考慮し、条件関係を認めたが、因果関係は、同追突事故までのものについて6割の限度で認め、その余を認めなかった。
なお、事務系の事業所得者である原告について、現実の収入減がなくとも、私用時間を犠牲にした稼働が認められるから、給与所得者の有給休暇請求権の不本意な行使類似の状況を考慮して、所得に名目上の経費を加算したものを基礎収入として、通院1日当たり7分の2の休業損害を認めた。
よって、原告の請求は約25分の1を認容し、民事訴訟法64条本文、同法259条1項を、それぞれ適用して、主文の通り判決した。
第二 原告の本件事故による受傷
1 前提事実
(1) 原告(昭和42年1月生)は、本件事故(平成19年6月13日)当日、被告乙山春子をキャディとして、ゴルフをした。
(2) 原告は、本件カートの後部座席の左側に、友人2名が後部座席の中央と右側に座った。
(3) 本件カートの後部座席は、奥行40センチメートル、幅約105センチメートル、地面からの高さ約70センチメートル、両サイドに高さ約20センチメートルのアシストバーが接地されており、シートベルトはなく、本件カートにドアはなかった。
(4) 本件事故は、約10キロメートル/hで進行する本件カートが、右方に湾曲する道路から逸走して、左前方の樹木に衝突したものである(事実第二-2)。
(5) 原告は、本件事故直後、本件カートの外にいた。
(6) 原告は、救急搬送されたM病院で、「カートが立木に激突した際、外へ放り出された」、左半身を下にして倒れた、「左腰に痛み、左足に軽い痛み、左首筋に寝違いのような痛み」、左大腿部にしびれあり、と訴えた。
(7) 本件カートの後部座席の右側に座っていた者は、左足をカートのフレームに打ちつけ、M病院に救急搬送された。
2 当裁判所の判断
本件カートの転落しやすい構造(前記1(3))、本件カートが右方に進行すべきであったこと、樹木に衝突するという本件事故の態様(前記1(4))と衝撃の程度(前記1(7))、原告が左端に座っていたこと(前記1(2))、原告が本件事故直後に本件カート外にいたこと(前記1(5))、原告が本件事故直後に医療機関に対し転落した事実と左半身の疼痛を訴えたこと(前記1(6))を考慮すれば、原告は、本件事故の衝撃で、本件カート外に転落し、転倒して、受傷したと認める。
第三 本件事故との因果関係がある原告の通院・施術
1 前提事実
(1) 本件事故前
ア 原告(昭和42年1月生)は、平成12年4月17日、追突事故により、頸椎腰椎捻挫・背部打撲と診断され、平成13年6月30日、頸部痛・肩凝り・頭重感、雨天時や就業時に頭痛・吐き気・視力低下・集中力の低下を認めるという自覚症状を遺して、症状固定したと診断された。
イ 原告は、D整骨院で、平成2年6月25日~平成14年9月26日(実159日)、施術を受けていたところ、平成15年11月8日~平成17年12月11日(実14日)、首・背中・左膝、背中全体痛む・つらい、腰だるく首までくる、左腰痛、左腰が少し変、朝からめまい・夜子供があばれていたところに出くわし頭をはたかれた等と訴えて、施術を受けた。
ウ 原告は、K眼科に、平成18年5月30日~6月16日(実3日)、右眼のかゆみ・充血・眼脂を訴えて、通院した。
エ 原告は、N内科医院に、遅くとも平成17年1月26日~平成19年6月4日(実22日)、喘息性気管支炎のため特定疾患療養指導を受けていた。
(2) 本件事故後
ア(ア) 原告(昭和42年1月生)は、本件事故(平成19年6月13日)当日、M病院に救急搬送され、左半身を下にして倒れた、左腰に痛み・左足に軽い痛み・左首筋に寝違いのような痛み、左大腿部にしびれあり、と訴え、頸椎・腰椎X線検査で特に異常なしとの所見が示され、抗炎症薬5回分等を処方された。
平成19年6月19日、M病院で、頸椎捻挫・腰部打撲の傷病名で、同日から3日間の安静加療を要する見込みと診断された。
(イ) 同日~7月26日(実3日)、D整骨院に、吐き気・腰・背中・肩凝り・疲労感を訴え、施術を受けた。
イ(ア) 原告は、平成19年8月13日(実1日)、N内科医院に、不眠を訴えて、通院し、喘息性気管支炎のため特定疾患療養指導も受けた。
(イ) 平成19年8月29日~9月25日(実4日)、N内科医院に、めまい・眼症状等を訴えて、通院し、喘息性気管支炎のため特定疾患療養指導も受けた。
(ウ) 同年8月28日~9月28日(実4日)、D整骨院に、起立時よろめく・めまい・頸部等の症状を訴え、施術を受けた。
(エ) 同年9月10日(実1日)、P眼科に、遠くの物が見えにくい・目が疲れる・首の凝り・頭痛・吐き気・めまいを訴えて、両遠視性乱視・眼精疲労・VDT症候群(コンピューター等のディスプレイを集中して長時間見続けることで発症する疲れ目や身体の不調)と診断された。
(オ) 同年9月25日~12月20日(実8日)、E医院に、8月25日子供の野球について行き、その頃から肩凝り・不眠、9月初めからめまい等と訴え、緊張型頭痛の傷病名で、通院した。
(カ) 同年10月20日~24日(実3日)、F接骨院に、頸痛(右肩痛)と車酔い(めまい)を愁訴に、20年前と6年前むち打ち・ひどかった・吐き気、6月からパソコンを変え・ひどくなった等と訴え、頸部捻挫・右肩関節捻挫の負傷名で施術を受け、同年10月25日~12月20日(実19日)、腰の痛みが立つ時・頸部少しまし等と訴え、頸部捻挫・右肩関節捻挫・腰部捻挫の負傷名で施術を受けた。
(キ) 同年11月30日(実1日)、P眼科に、眼球全体の痛みがある、頸椎症の痛みは軽減している、昨日ゴルフをしていて眼鏡をかけるとしんどくなってきていると訴えた。
ウ(ア) 平成19年12月8日~平成20年5月13日(実17日)、D整骨院に、自律神経不調・ものすごくしんどい・頸・背中・左眼痛・左後頭部等の症状を訴え、施術を受けた。
(イ) 原告は、平成20年1月7日(実1日)、H病院で、MRI検査で、頸椎直線化・頸椎椎間板(C4/5)変性・ヘルニアは出ていない、腱反射で異常なしとの所見が示された。
(ウ) 同日~2月12日(実3日)、G内科に、健康増進機器である健康気圧エアーチェンバー(酸素カプセル・オアシスO2)を希望して、通院した。
(エ) 同年1月11日~3月13日(実4日)、N内科医院に、頸部の症状を訴えて、通院し、喘息性気管支炎のため特定疾患療養指導も受けた。
(オ) 同日~5月26日(実18日)、F接骨院に、左頸前回のが残存、左肩甲内側が特に痛む等と訴え、左肩関節捻挫・背部挫傷(下部)の傷病名で施術を受けた。
(カ) 同年5月1日~平成21年6月23日(実35日)、J鍼灸院に、平成19年8月頃より体調不良が激しくなり、9月頃より左眼が痛い・元来眼精疲労気味、めまい・後頭部表面の痛み等を訴え、施術を受けた。
(キ) 平成20年6月21日~平成21年6月27日(実41日)、R整形外科に、外傷性頸部症候群の傷病名で、通院した。
(ク) 平成20年7月9日~9月29日(実4日)、K眼科に、左眼の表面がパソコンを使うとすぐに痛み出すと訴えて、両眼近視性乱視・左眼上強膜炎・内斜位・右眼網膜出血の傷病名で、通院した。
(ケ) 同年8月26日(実1日)、H病院で、L麻酔科医院の照会を受け、同年8月30日~平成21年6月27日(実42日)、L麻酔科医院に、星状神経節ブロック注射を希望して、通院した。
(3) 症状固定診断
ア 原告(昭和42年1月生)は、平成23年12月21日、R整形外科で、頭部のしめつけ感・左顔面から頸部にかけてのしびれ感・頸部から腰背部にかけての疼痛・左上肢しびれ感の自覚症状を遺して、平成21年6月27日、症状固定したと診断された。また、平成20年1月7日のMRI検査で、頸椎椎間板(C4/5)正中部後方への突出を認め、前記症状の原因となっている可能性を認める旨、平成23年12月21日、主に頸神経支配領域(左側の後頭部や顔面の後下部、側頸部、肩甲部)の知覚障害を認める旨、診断された。
イ 原告は、平成21年7月15日、停車中に追突された、今まで痛くなかった右肩・右腰が痛いと訴え、加療約2週間を必要とする頸部挫傷・腰部挫傷と診断された。
ウ 原告は、平成23年9月13日、司法警察員に対し、被告乙山春子自身から謝罪がないこと等から、厳しい処罰をしてほしい旨供述した。
(4) むち打ち損傷について
むち打ち損傷による疼痛は、急性期の疼痛と慢性期の疼痛に分けて考える必要がある。
急性疼痛は、外傷による侵害受容器の興奮によって発生する感覚で、各種鎮痛薬や局所注射、神経ブロック等が効果がある。
慢性疼痛は、6ヶ月以上痛みが続くもので発生機序が急性疼痛と異なると考えられている。そして、慢性疼痛の状態では軽微な刺激や交感神経系の興奮、心理的要因によって痛みは増強しやすくなる。痛みの発生原因になったと思われる身体的因子に加え、うつ状態をはじめとする心理的因子、経済的問題、補償、訴訟等の社会的因子も加わった状態で複雑である。これらの因子に対しては通常の鎮痛法は無効な場合が少なくない。
一般に、むち打ち損傷は長期化することは少なく、1ヶ月以内で治療終了例が約80%を占め、6ヶ月以上要するものは、約3%であるという報告が多い。
むち打ち損傷で頻度の高い症状として、頸部痛、頭痛、めまい、頭部・顔面領域のしびれ、眼症状、耳鳴り及び難聴、吐き気・嘔吐、四肢症状、腰痛、バレー・リュー症候群による脳幹・自律神経症状等がある。
なお、頭痛の機序として、C2神経根圧迫等が考えられる。めまいの原因として、C3~4高位での頸髄部の損傷等があげられる。顔面領域のしびれが、上位頸椎・頸髄病変によって生じることがある。
2 当裁判所の判断
(1) 確かに、樹木に衝突した本件カートからの転落という本件事故の態様(前記第二-2)、頭痛・めまい・眼症状・吐き気が、むち打ち損傷により高い頻度で発症する旨の専門的知見(前記1(4))を考慮すれば、原告が本件事故後訴えた症状について、本件事故との条件関係を否定することはできない。
そして、症状固定について、通院先医療機関の専門的判断(前記1(3)ア)は、一応尊重するべきである。
(2)ア しかし、むち打ち損傷の治療が6ヶ月以上要するものは約3%、このような慢性疼痛は、心理的要因によって痛みが増強しやすい旨の専門的知見がある(前記1(4))。原告の被告乙山春子に対する被害感は、本件事故から4年以上経過した後も強かった(前記(3)ウ)。
また、原告の頸椎椎間板(C4/5)変性の所見が(前記1(2)ウ(イ))、本件事故により発生したことを認める証拠はない。原因はいろいろあって、頸肩部の疼痛の原因になる旨の専門的知見があるにすぎない。仮に、本件事故により発生したものであっても、頭痛・めまい・顔面領域のしびれの原因になる部位(C2~4高位)とは異なる(前記1(4))。
イ そして、原告には、本件事故の約6年前、原告が本件事故後訴えた症状と同じ頸部痛・肩凝り・頭痛・吐き気・視力低下が、後遺障害として残った(前記1(1)ア)。
また、本件事故の約1年前まで、本件事故の受傷部位と同じ左腰について、施術を受けていた(前記1(1)イ)。
なお、原告は、本件事故では後遺障害が残存しないことがあり得ないと主張する一方で、前記後遺障害については「自覚症状はもうしばらく続くのではないかと推測します」との診断を指摘して、いずれも平成17年には完治していたと陳述する。主観的な過大評価及び過小評価であり、採用できない。
ウ しかも、不眠・めまい・眼症状は、本件事故から約2ヶ月以上経過して現れ(前記1(2)イ(ア)~(オ)、ウ(カ))、右肩の不調は、本件事故から約4ヶ月以上経過して現れた(前記1(2)イ(カ))。この頃、パソコンの変更・子供の野球への参加という原因と考えられる事件が、本件事故以外にあった(前記1(2)イ(オ)(カ))。
なお、医療機関は、眼症状について、首の凝り・頭痛・吐き気・めまいという原告の訴えも考慮して、コンピューター等のディスプレイを集中して長時間見続けることが原因と診断した(前記1(2)イ(エ))。
また、原告は、近時の柔道整復師の保険請求の不正問題を指摘して、F接骨院の施術録の記載内容の信用性を否定する旨陳述するが、いずれにしても、このような施術料等について、被告らの賠償義務を認める根拠はない。
エ さらに、原告が被告らに対し請求する治療費には、私病に対する特定疾患療養指導に係るものも含まれるところ(前記1(2)イ(ア)(イ)、ウ(ウ))、被告らの賠償義務を認める根拠はない。これに係る通院交通費・休業損害・通院慰藉料も、同じである。
救急搬送先のM病院、かかりつけのR整形外科・D整骨院・K眼科・N内科医院に加えて、P眼科・E医院・H病院・L麻酔科医院への通院は、セカンドオピニオンの域を超えている。
また、むち打ち損傷の慢性疼痛について、通常の鎮痛法は無効な場合が少なくない旨の専門的知見(前記1(4))を考慮すれば、星状神経節ブロック注射(前記1(2)ウ(ケ))について、相当とは認められない。
D整骨院・F接骨院・J鍼灸院・G内科における健康増進機器の利用について、医師の指示はなく、転々として(前記1(2)イ(カ)、ウ(ウ)(オ)(カ))、有効性も認め難い。
オ 加えて、原告は、本件事故から約2年後、むち打ち損傷の原因となる追突事故に遭い、むち打ち損傷の症状を訴えて、むち打ち損傷と診断された(前記1(3)イ)。
なお、前記追突事故について、診断された加療期間は(前記1(3)イ)、本件事故直後のもの(前記1(2)ア(ア))より長かったから、原告の「体へはほぼ影響なかったと思います」との供述は、主観的な過小評価であり、採用できない。
(3) 以上を総合考慮すれば、原告が本件事故後訴えた症状について、本件事故との因果関係は、前記追突事故までは、その6割で認め、前記追突事故の後は、全部認めることができない。
第四 損害
1 治療費ほか実費 29万0,532円
証拠(略)及び弁論の全趣旨より、原告が主張する治療費ほか実費の内、症状固定日までの48万4,220円(事実第三-1(3)ア~シ)について、その6割(前記第三-2(3))を損害と認める。
2 通院交通費 7万9,944円
弁論の全趣旨より、原告が主張する通院交通費の内、L麻酔科医院の平成21年3月7日の通院1回分を除く13万3,240円(事実第三-1(1)イ)について、その6割(前記第三-2(3))を損害と認める。
3 休業損害 71万7,322円
(1) 原告は、税理士として、S税理士事務所を経営していたところ、本件事故の前年である平成18年の事業所得が550万3,868円、減価償却費が111万8,987円、青色申告特別控除額が65万円であった。
減価償却費及び青色申告特別控除額は、名目上の経費に過ぎないから、原告の基礎収入は、事業所得にこれらを加算した727万2,855円/年と認める。
なお、原告は、租税公課・損害保険料・利子割引料・地代家賃が、現実に支出した金員ではないと主張するが、これを認める証拠はない。
(2) 原告の平成19年の事業所得は747万7,132円、平成20年の事業所得は826万7,163円であった。
確かに、本件事故により原告に現実の減収は認められない。
しかし、原告は事務系の個人事業主であり、稼働時間にほとんど制限がないから、通院等がなければ稼働時間外の私用時間であったものを、通院等のため稼働に充てた関係が認められる。
したがって、通院1日当たり7分の2の休業損害を認める。
(3) 727万2,855円/年(前記(1))÷365日×210日(前記第三-1)×2/7(前記(2))×6割(前記第三-2(3))≒71万7,322円
4 通院慰藉料 120万円
むち打ち症で他覚症状がないこと、通院期間、本件事故との因果関係の割合を考慮した。
5 逸失利益・後遺障害慰藉料
前記第三-2(3)の通り、認められない。
6 損益相殺 ▲59万6,020円
弁論の全趣旨より、被告らが主張する59万6,020円と認める(事実第三-2(2))。
7 弁護士費用 17万円
本件事案の内容、審理経過、認容額等を考慮して、原告の弁護士費用の内17万円を、被告らに負担させる。
(口頭弁論終結日 平成26年2月7日)
京都地方裁判所
裁判官 永野公規