【判決要旨】
①店舗併設のパーキングに駐車しようとして、被告乗用車に続いて停止した原告乗用車に、左後方を見ながら後退してきた被告車右後部に逆突された48歳女子原告につき、原告車は、「本件事故により、原告四輪の前部左側に、2時の方向から入力の、フロントバンパー取替・左ヘッドランプユニット取替・フード(ボンネット)板金等を必要とする損傷が発生した」とし、「車両の損傷の程度と人体への影響との関係は、複雑な要素(車両重量、接触面積、衝突部位の可塑性、車両の緩衝機能、防御意識、頑健さ等)によって影響されるから、単純に車両の損傷の程度が小さいから人体への影響も小さいとは評価できない。したがって、原告の症状の発生自体は、本件事故との因果関係が認められる。以上の通り、原告が請求するB整形外科の治療費は、合理的な説明ができない治療に基づいて発生したものが多く、かつ、このような治療によって難治長期化した可能性が高いため、被告に負担させることはできない。ただし、本件事故により、原告は頭痛・両手のしびれ・めまい等を発症した。この損害の賠償は、休業損害・通院慰藉料として認める」と半年分50%の休業損害と100万円の慰謝料を認定した。
②損益相殺につき、「被告と自動車共済契約を締結した甲共済は、B整形外科に対し、原告の平成23年3月31日までの治療費として、合計111万6415円を支払った。これは、損益相殺の対象と認められる」と111万円余を損益相殺とした。
京都地裁 平成26年1月14日判決(確定)
事件番号 平成24年(ワ)第270号 損害賠償請求事件
【事案の概要】
48歳女子家事従事者の原告は、平成22年7月19日午前10時58分頃、京都市内の店舗併設のパーキングで被告乗用車の後方から軽乗用車で進入しようと停止した際、被告車が後退してきて原告車に逆突したため、両肩関節周囲炎、バレー・リュー症候
群等で通院し、111万円余を損益相殺して457万8,925円を求めて訴えを提起した。
裁判所は、原告が「本件事故により、頭痛・両手のしびれ・めまい等を発症したものの、その治療として通院した医療機関で負担した治療費は、合理的な説明ができない治療に基づいて発生したものが多く、かつ、このような治療によって難治長期化した可能性が高いと判断し、治療費を全部認めず、休業損害を共同家事従事者として一部認め、通院慰藉料を相当額認めた。また、本件事故は、被告の進行方向不注視と何ら合図なく逆走したことによって発生したと判断し、過失相殺を認めなかった」とした。
原告車は、「本件事故により、原告四輪の前部左側に、2時の方向から入力の、フロントバンパー取替・左ヘッドランプユニット取替・フード(ボンネット)板金等を必要とする損傷が発生した」とし、「車両の損傷の程度と人体への影響との関係は、複雑な要素(車両重量、接触面積、衝突部位の可塑性、車両の緩衝機能、防御意識、頑健さ等)によって影響されるため、単純に車両の損傷の程度が小さいから人体への影響も小さいとは評価できない。したがって、原告の症状の発生自体は、本件事故との因果関係が認められる。以上の通り、原告が請求するB整形外科の治療費は、合理的な説明ができない治療に基づいて発生したものが多く、かつ、このような治療によって難治長期化した可能性が高いから、被告に負担させることはできない。ただし、本件事故により、原告は頭痛・両手のしびれ・めまい等を発症したから、この損害の賠償は、休業損害・通院慰藉料として、認める」と認定した。
休業損害につき、原告は、「他人のために労働として家事を行っていたものの、家事を分担できる者と同居していたことも認められる。よって、原告の基礎収入は、平均賃金345万9,400円/年の70%に当たる242万1,580円/年と認める」とし、「半年間・平均50%の休業損害を被った」と認定した。
通院慰謝料につき、原告は、「本件事故により、頭痛・両手のしびれ・めまい・吐き気・握力低下の症状を発症したこと、消炎鎮痛剤・経皮鎮痛消炎パップ剤の処方が全く不要だったとは評価できないことに加えて、B整形外科は、平成23年4月11日、MRI検査で、C4/5・5/6椎間板に変性・輝度上昇を指摘したが、本件事故から半年以上も経過していたこと、本件事故直後、X線検査で、何も所見を示さなかったこと、症状の経過、合理的な説明ができない治療による難治長期化等を考慮した」として、100万円を認定した。
被告の過失相殺の主張につき、「本件事故の衝突場所と原告四輪・被告四輪の衝突箇所、被告四輪が後退右折しようとしていたことに鑑みれば、被告は、右サイドミラーではなく、バックモニターと左サイドミラーを確認していたにすぎないから、被告の進行方向不注視によって、右後方にいた原告四輪を認識できなかったと認められる。したがって、被告が主張するように、被告四輪が後退していたところ、原告四輪は前進・走行してきたとは認められない。もちろん、原告四輪は、同一の進路を進行している被告四輪の直後を進行するときは、被告四輪が急に停止したときにおいてもこれに追突するのを避けることができるため必要な距離を、被告四輪から保たなければならない注意義務(道路交通法26条参考)はあった。しかし、原告に、この注意義務違反は認められない。むしろ、本件駐車場は、混んでおり、被告は、本件駐車場の通路スペースの一方通行の指定に逆らって進行しようとしたから、被告がハザードランプを動作させる等して、原告四輪に対し、必要な車間距離を保つよう意思表示するべ
きであった。にもかかわらず、被告はこのような合図をしなかったから、原告に、被告四輪が後退するのを予測し、かつ、そのための車間距離を保持する等の注意義務を課すことはできない。なお、被告四輪が、後退を始めてから尾灯が点灯することをもって、上記合図とは認められない。したがって、原告四輪や被告四輪の速度に関わらず、相殺を考慮するべき原告の過失は認められない」として、原告の過失相殺を否認
した。
損益相殺につき、「被告と自動車共済契約を締結した甲共済は、B整形外科に対し、原告の平成23年3月31日までの治療費として、合計111万6415円を支払った。これは、損益相殺の対象と認められる」と111万円余を損益相殺とした。
判 決
原告 甲野花子
原告訴訟代理人弁護士 日下部和弘
被告 乙山春子
被告訴訟代理人弁護士 今井佐和子
同 中嶋俊太郎 外
【主 文】
1 被告は、原告に対し、53万8,980円、及び、これに対する平成22年7月19日から支払済みまで年5%の割合による金員、を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、10分し、その9を原告の、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。
【事 実】
第一 請求の趣旨
被告は、原告に対し、457万8,925円、及び、これに対する平成22年7月19日から支払済みまで年5%の割合による金員、を支払え。
第二 争いのない事実
原告が運転する普通乗用自動車(ナンバー略。以下「原告四輪」という。)の前部と、被告が運転する普通乗用自動車(ナンバー略。以下「被告四輪」という。)の右後部とは、平成22年7月19日午前10時58分頃、京都市西京区<地番略>駐車場内(以下「本件駐車場」という。)で、衝突した(以下「本件事故」という。)。
第三 当事者の主張の要旨
1 原告
(1) 請求原因
原告(昭和36年10月生)は、本件事故(平成22年7月19日)により、平成22年7月20日~平成23年7月1日(実226日)、B整形外科に、外傷性頸部症候群・両肩関節周囲炎・バレー・リュー症候群の傷病名で、通院した。そして、原告は、家事従事者として、平均賃金1万612円/日(≒382万200円/年〔賃金センサス平成20年・産業計・企業規模計・女・学歴計・45~49歳〕÷12月÷30日)の休業損害を被った。
よって、原告は、被告に対し、本件交通事故について、不法行為に基づき、下記の損害の賠償を求める(付帯請求は、不法行為の日から支払済みまで民法所定の割合による遅延損害金の支払請求である。)。
ア 治療費 134万7,028円
イ 休業損害 239万8,312円(=1万612円/日×226日)
ウ 通院慰藉料 154万円
エ 損益相殺 ▲111万6,415円(争いがない)
オ 弁護士費用 41万円
(2) 過失相殺の抗弁について
原告四輪は、被告四輪に後続して停車していたところ、被告は、原告四輪が本件駐車場の空き駐車スペースに進入しようとしていると誤解して、被告四輪を同駐車スペースに進入させようと、急発進・後退させて、原告四輪に逆突させた。
したがって、相殺を考慮するべき原告の過失はなかった。
2 被告
(1) 請求原因について
原告四輪にも被告四輪にもほとんど衝突痕が残らなかったほど、本件事故は軽微であった。本件事故により原告四輪は移動しなかったため、外傷性頸部症候群の受傷転機がなかった。肩関節周囲炎は、明らかな起因なく発症していることを診断上必須の要件とするから、交通事故を原因とすることはない。他覚症状はなく、急性期・亜急性期を経て約3ヶ月で治癒するバレー・リュー症候群の通常の治癒経過も診られない。仮にバレー・リュー症候群を発症していたとしても、症状の改善がなかったのに、他の原因や他の治療内容が模索されなかった。
よって、B整形外科での診断・治療は、不合理であり、本件事故との因果関係がない。
仮に因果関係があるとしても、治療内容・症状等は、平成22年9月から変化がなかった。
よって、症状固定は平成22年9月末であるし、休業の必要はない。
(2) 過失相殺の抗弁
被告四輪が空き駐車スペースに進入するため後退していたところ、原告四輪は前進・走行してきて、本件事故が発生した。
原告四輪は、先行する被告四輪との車間距離を保持し、被告四輪が後退するのを予測し、被告四輪の進路妨害をしてはならない注意義務に反した過失がある。この原告の過失は、被告の過失よりも大きい。
【理由】
第一 概要
本件は、混んだスーパーマーケットの駐車場で、後退右折して空き駐車スペースに駐車しようとした被告四輪が、後続していた原告四輪に逆突した交通事故について、原告が、被告に対し、人的損害の賠償を求めたものである。
当裁判所は、原告が、本件事故により、頭痛・両手のしびれ・めまい等を発症したものの、その治療として通院した医療機関で負担した治療費は、合理的な説明ができない治療に基づいて発生したものが多く、かつ、このような治療によって難治長期化した可能性が高いと判断し、治療費を全部認めず、休業損害を共同家事従事者として一部認め、通院慰藉料を相当額認めた。
また、本件事故は、被告の進行方向不注視と何ら合図なく逆走したことによって発生したと判断し、過失相殺を認めなかった。
よって、原告の請求は一部認容し、民事訴訟法64条本文、同法259条1項を適用して、主文の通り判決した。
第二 損害について
1 前提事実
証拠(略)によれば、以下の事実が認められる。
(1)ア 原告(昭和36年10月生)は、昭和57年頃、単車に乗車中、四輪と衝突して、打撲・擦過傷等を負い、入院した。
原告は、平成18~19年頃、四輪に乗車し停車中、四輪に追突されて、むち打ち症を負った。
イ 原告は、本件事故(平成22年7月19日)当時、無職で、アルバイトの父、保険外交員の母及び中学生の子と同居していた。
(2)ア 原告四輪は、ダイハツ・エッセ(型式略。初度登録平成20年10月。平成22年7月19日当時走行距離3,637キロメートル。時価58万8,000円)であり、車両重量700~780キログラムであった。
本件事故により、原告四輪の前部左側に、2時の方向から入力の、フロントバンパー取替・左ヘッドランプユニット取替・フード(ボンネット)板金等を必要とする損傷が発生し、修理に9万2,400円を必要とした。
イ 被告車は、ホンダ・ステップワゴン(型式略。初度登録平成14年1月)であり、車両重量1,490~1,620キログラムであった。
本件事故により、被告四輪の右リアバンパサイドと右リアランプに、5時の方向から入力の、擦り傷が発生し、修理に3万5,647円を必要とした。
ウ 原告と被告は、本件事故による物的損害の賠償として、被告が原告に対し修理費9万2,400円と代車費2万円を支払い、その他債権債務がない、旨の合意をした。
(3)ア 原告は、平成22年7月20日~9月30日(実53日)、B整形外科に通院し、消炎鎮痛剤等(ロキソニン錠・ムコスタ錠)・経皮鎮痛消炎パップ剤(セルタッチパップ)の処方を受け、同年7月24日からは消炎鎮痛等処置としてマッサージ等の手技による療法(首・左肩・右肩)を受け、32万8,178円を負担した。
なお、原告は、同年7月20日、頭痛・両手のしびれ・めまい・吐き気を訴え、握力が左9キログラム・右10キログラムであった。
B整形外科は、同日、外傷性頸部症候群・両肩関節周囲炎・バレー・リュー症候群と診断した。同年7月30日、両肩の関節可動域について、はじめて診療録に記載をした。同年7月、頸椎X線検査をしたところ、何も所見を示さなかった。
また、原告は、同年9月、めまい・変わらない頸~肩の痛み・吐き気を訴えた。
イ 原告は、同年10月1日~平成23年3月31日(実135日)、B整形外
科に通院し、消炎鎮痛剤(ロキソニン錠)・経皮鎮痛消炎パップ剤(セルタッチパップ)の処方を受け、消炎鎮痛等処置としてマッサージ等の手技による療法(首・左肩・右肩)を受け、78万8,237円を負担した。
B整形外科は、同年11月2日、頸・両肩の関節可動域について診療録に記載をしたが、その内容は明らかではない。
原告は、同年10月2日、家事に支障あり、同年12月11日、少々動悸あり、同年12月16日、徐々に改善、平成23年1月6日、少しずつ痛みマシ、同年2月3日、両肩挙上不可、同年2月9日、ものおとす、同年2月18日、車の運転困難、と訴え、同年3月30日、握力が左20キログラム・右25キログラムを示した。
ウ 被告と自動車共済契約を締結したC共済a本部は、B整形外科に対し、原告の平成23年3月31日までの治療費として、合計111万6,415円を支払った。
エ 原告は、同年4月1日~7月1日(実38日)、B整形外科に通院し、消炎鎮痛剤(ロキソニン錠)・経皮鎮痛消炎パップ剤(セルタッチパップ)の処方を受け、消炎鎮痛等処置としてマッサージ等の手技による療法(首・左肩・右肩)を受け、23万613円を負担した。
また、原告は、同年4月7日、D病院で、MRI検査を受けた。
B整形外科は、同年4月11日、上記MRI検査によって、C4/5・5/6椎間板に変性・輝度上昇があると診断した。
オ 原告は、同年8月18日~12月28日(実107日)、国民健康保険を利用して、B整形外科に通院し、消炎鎮痛剤(ロキソニン錠)・経皮鎮痛消炎パップ剤(セルタッチパップ)の処方を受けたほか、メルスモン・ビタミン・ビオフェルミン等の処方を受けた。
B整形外科は、同年11月8日、めまい等・動悸により、交感神経症状ありと診断し、同年12月12日、消炎鎮痛等処置をした。
カ(ア) (医社)B整形外科理事長丙川三郎は、平成22年11月15日、原告について、直近の診察日である平成22年11月15日の主訴・自覚症状が両肩痛等、他覚的所見が両肩の関節可動域に障害等、初診時と比較して改善した症状が全て、憎悪した症状がない、旨の陳述をした。
(イ) 同人は、平成24年12月10日、原告について、「初診22年7月20日 頭痛、めまい、ふらつき、はきけ、両手のしびれ、握力低下あり、右10キログラム、左9キログラム、歩行障害もあり明らかに交感神経障害があり、バレー・リュー症候群と病名をつけた。」「両手のしびれ、握力低下は、バレー・リュー症候群とは関係ないが、後のMRI検査にて(23年4月7日)C4/C5、C5/C6に椎間板ヘルニアがあり、脊髄の輝度上昇が見られ、外傷により明らかに脊ズイに損傷があった証故と思われる。つまり、中心性脊ズイ損傷もあったと思われる。」「同患者は、首が長く、なで肩であり、むちうち外傷に弱い体格をしている事より、本来は1年どころか、2年ぐらい治療が必要と思われる」「星状神経ブロックも考えたが、1ヶ月の治療費があがり、もっと早くにうち切りとなる事を考慮し、リハビリ、薬、外用、胃薬で治療を続けた。」旨の陳述した。
(4) 原告は、平成25年4月19日から、E病院に、線維性筋痛症の疑の傷病名で入通院し、同年6月25日、MRIで第5/6頸椎間の脊柱管狭窄を認めたとして、頸椎症と診断された。
(5) F店の丁山四郎は、平成25年6月28日、原告四輪の前部に事故による凹みがあるため、買取なら10万円、乗換なら20万円との見込みを示した。
原告四輪は、平成25年7月8日当時、フロントバンパーを外すと、前部中央に縦のフレーム、ヘッドランプ下部に横のフレームがあり、縦のフレームの下部が、後方にあるエンジンと接触して損傷して錆付き、横のフレームの左側中央寄りが、後方に湾曲していた。
(6)ア 外傷性頸部症候群は、自動車追突事故等に起因する頸部の局所症状のみならず種々の不定愁訴を伴う疾患に用いられる病名であり、これに関与する病態として、バレー・リュー症候群もあるとの知見がある。
イ 肩関節周囲炎は、いわゆる五十肩とほぼ同じ意味で使われることが多く、概念は混乱しているところ、①肩峰下滑液包炎あるいは腱板炎、②腱板断裂、③石灰性腱炎、④上腕二頭筋長頭腱炎、⑤凍結肩等の病態が含まれる概念で、①中年ないし初老期であること、②明らかな起因なく発症していること、③疼痛と運動障害があることの3つは診断上必須の要件との知見がある。
ウ バレー・リュー症候群は、頸部の交感神経の刺激状態もしくは過緊張状態が発生し、種々の症状の呈した状態で、中心となる治療は、星状神経節ブロックであるとの知見がある。
エ 外傷性頸部症候群・バレー・リュー症候群は、受傷後3ヶ月間で治癒し、その後症状が継続する場合、心因性のものが多く含まれるとの知見がある。
オ 外傷性中心性頸髄損傷は、臨床的特徴として、①下肢より上肢に強い運動麻痺、②多くは過伸展強制損傷、③多くは非骨傷性損傷、④急激な四肢麻痺、⑤多彩な感覚障害、⑥膀胱機能障害、⑦麻痺の回復は下肢・膀胱機能・上肢の順で手指巧緻運動障害が最後に残り、歩行機能は回復するものの、手指機能の回復は良好ではない、⑧感覚障害の回復順序は不明、⑨比較的予後良好、等が挙げられるとの知見がある。
2 当裁判所の判断
(1) 治療費
ア 両肩関節周囲炎の傷病名下でされた治療について
(ア) まず、B整形外科は、平成22年7月20日、原告について、両肩関節周囲炎と診断した(上記1(3)ア)。
しかし、原告について、同年7月30日まで、肩の「疼痛と運動障害」があったことを認める証拠はない。
なお、(医社)B整形外科理事長丙川三郎の同年11月15日の陳述によれば、憎悪した症状はないとのことだから、同日あった両肩痛や両肩の関節可動域の障害が、初診である同年7月20日にもあったと陳述するのかもしれない(上記1(3)カ(ア))。しかし、鑑定人ではなく証人として本件に関する経験について医師が認識を陳述する場合、当該患者との特別な関係その他特段の事情がなければ、診療録の記載に基づくのが通常であるし、診療録に記載がない症状があったという陳述は、検証可能性がない上に、医師法24条1項に鑑みても、証明力を認めることはできない。
(イ) そもそも、「肩関節周囲炎」は、「明らかな起因なく発症していること」を必須の要件として診断される(上記1(6)イ)。したがって、交通事故という明らかな起因がある場合に、両肩関節周囲炎と診断されることは、不合理である。
(ウ) 以上の通り、両肩関節周囲炎の傷病名下でされた治療について、被告に賠償義務を課すことはできない。
イ バレー・リュー症候群の傷病名下でされた治療について
(ア) 次に、B整形外科は、平成22年7月20日、原告について、バレー・リュー症候群と診断した(上記1(3)ア)。
(医社)B整形外科理事長丙川三郎の平成24年12月10日の陳述によれば、「両手のしびれ、握力低下は、バレー・リュー症候群とは関係ない」「歩行障害もあり明らかに交感神経障害があり、バレー・リュー症候群と病名をつけた。」とのことである(上記1(3)カ(イ))。
しかし、原告について、同日、歩行障害があったことを認める証拠はない。
交感神経症状について診療録に記載が認められるのは、平成23年11月8日である(上記1(3)オ)。原告も、上記陳述の内「初診 22年7月20日」は、単に初診日が記載されているに過ぎず、各症状について、初診時の症状を記載したわけではない旨主張する(ただし、原告は、B整形外科が、バレー・リュー症候群の診断をしたのが平成22年7月20日ではないとも主張するが、上記のとおり、採用できない)。また、鑑定人ではなく証人として本件に関する経験について医師が認識を陳述する場合、当該患者との特別な関係その他特段の事情がなければ、診療録の記載に基づくのが通常であるし、診療録に記載がない症状があったという陳述は、検証可能性がない上に、医師法24条1項に鑑みても、証明力を認めることはできない。
したがって、「バレー・リュー症候群」と診断されることは、不合理である。
(イ) そして、バレー・リュー症候群の中心となる治療は、星状神経節ブロックである(上記1(6)ウ)。
バレー・リュー症候群は、交感神経の刺激状態もしくは過緊張状態というのであるから(上記1(6)ウ)、これを緩和する星状神経節ブロックが中心となる治療というのは合理性があるし、星状神経節ブロックの効果がなかった場合、バレー・リュー症候群を完全に否定できなくても、他の病態を疑うべき契機となり得る。
ところが、(医社)B整形外科理事長丙川三郎の平成24年12月10日の陳述によれば、「星状神経ブロックも考えたが、1ヶ月の治療費があがり、もっと早くにうち切りとなる事を考慮し、リハビリ、薬、外用、胃薬で治療を続けた。」とのことである(上記1(3)カ(イ))。「うち切り」とは、被告と自動車保険契約・共済契約を締結した者が治療費として保険金・共済金を任意に支払わないことであろう。
しかし、このような事情で、有効とされる一般的な治療をせず、初期に選択した治療を約1年間続けたというのは、本末転倒で不合理である。
(ウ) 以上の通り、「バレー・リュー症候群」の傷病名下でされた治療について、被告に賠償義務を課すことはできない。
ウ 原告の症状について
とはいえ、原告は、本件事故の翌日から一貫して、頭痛・両手のしびれ・めまい・吐き気・握力低下を訴えたところ(上記1(3))、これが詐病とは認められない。
本件事故は、逆突であり(事実第2)、自動車追突事故等に起因する頸部の局所症状のみならず種々の不定愁訴を伴う疾患に用いられる病名である外傷性頸部症候群(上記1(6)ア)の発生と矛盾しない。
確かに、原告四輪は、本件事故により、フロントバンパー取替をしたから(上記1(2)ア)、フロントバンパーを外すと明らかになるフレームの損傷2箇所(上記1(5))が、本件事故直後の修理の過程で見落とされたというのは不自然であって、本件事故から約3年経過した後に発見された上記フレームの損傷2箇所(上記1(5))が、本件事故により発生したとは認められない。しかし、車両の損傷の程度と人体への影響との関係は、複雑な要素(車両重量、接触面積、衝突部位の可塑性、車両の緩衝機能、防御意識、頑健さ等)によって影響されるから、単純に車両の損傷の程度が小さいから人体への影響も小さいとは評価できない。
したがって、原告の上記症状の発生自体は、本件事故との因果関係が認められる。
エ まとめ
以上の通り、原告が請求するB整形外科の治療費は、合理的な説明ができない治療に基づいて発生したものが多く、かつ、このような治療によって難治長期化した可能性が高いから(上記アイ)、被告に負担させることはできない。
ただし、本件事故により、原告は頭痛・両手のしびれ・めまい等を発症したから(上記ウ)、この損害の賠償は、休業損害・通院慰藉料として、後記の通り、認める。
(2) 休業損害 60万5,395円
ア 原告(昭和36年10月生)は、本件事故(平成22年7月19日)当時、無職で、保険外交員の母及び中学生の子と同居していたが、アルバイトの父とも同居していた(上記1(1)イ)。
また、原告は、母は昔から家事をせず、父が家事をし、平成23年頃寝たきりにな
った父が、平成24年頃に死亡してからは、原告がずっと本当に家事をしていたとも供述する。
したがって、原告は、他人のために労働として家事を行っていたものの、家事を分担できる者と同居していたことも認められる。
よって、原告の基礎収入は、平均賃金345万9,400円/年(賃金センサス平成22年・産業計・企業規模計・女・学歴計・全年齢)の70%に当たる242万1,580円/年と認める。
イ 原告は、本件事故により、頭痛・両手のしびれ・めまい・吐き気・握力低下の症状を発症した(上記(1)ウ)。
家事従事者という原告の職業の性質(上記ア)、原告の症状の経過(上記1(3))、合理的な説明ができない治療による難治長期化(上記(1)アイエ)に鑑みれば、原告は、本件事故により、半年間・平均50%の休業損害を被ったと認める。
242万1,580円/年×1/2×50%=60万5,395円
(3) 通院慰藉料 100万円
原告は、本件事故により、頭痛・両手のしびれ・めまい・吐き気・握力低下の症状を発症したこと(上記(1)ウ)、消炎鎮痛剤・経皮鎮痛消炎パップ剤の処方(上記1(3))が全く不要だったとは評価できないことに加えて、B整形外科は、平成23年4月11日、MRI検査で、C4/5・5/6椎間板に変性・輝度上昇を指摘したが(上記1(3)エ)、本件事故から半年以上も経過していたこと、本件事故直後、X線検査で、何も所見を示さなかったこと(上記1(3)ア)、症状の経過(上記1(3))、合理的な説明ができない治療による難治長期化(上記(1)アイエ)等を考慮した。
第三 過失相殺について
1 前提事実
証拠(略)によれば、以下の事実が認められる。
(1) 本件事故は、平成22年7月19日(月曜日・海の日)午前10時58分頃、スーパーマーケットであるG店の地上駐車場である本件駐車場で、発生した。
(2) 本件駐車場は、別図の通りであり、駐車スペースと通路スペースが、地面に描かれたペイント等による線、記号で表示され、通路スペースは、時計回りの一方行の指定がある。
別図C以外に空き駐車スペースはなかった。
(3) 被告四輪は、原告四輪に先行して、本件駐車場の通路スペースを時計回りに進行していたところ、別図Cに空き駐車スペースがあったため、後退右折して、同駐車スペースに駐車しようとした。
被告は、被告四輪に装備されていたバックモニターと、別図Dに駐車されていた四輪に注意するため、左サイドミラーを確認しながら、後退した。
被告は、本件駐車場に進入してから本件事故まで、ハザードランプを動作させなかった。
(4) 本件事故直前・直後の原告四輪・被告四輪の位置等は、概ね別図の通りで、衝突場所が別図【×】よりやや東であった可能性がある。
(5) 原告四輪は、本件事故により、原告四輪の前部左側に、2時の方向から入力の、フロントバンパー取替・左ヘッドランプユニット取替・フード(ボンネット)板金等を必要とする損傷が発生した。
被告車は、本件事故により、被告四輪の右リアバンパサイドと右リアランプに、5時の方向から入力の、擦り傷が発生した。
2 当裁判所の判断
本件事故の衝突場所(上記1(4))と原告四輪・被告四輪の衝突箇所(上記1(5))、被告四輪が後退右折しようとしていたこと(上記1(3))に鑑みれば、被告は、右サイドミラーではなく、バックモニターと左サイドミラーを確認していたにすぎないから(上記1(3))、被告の進行方向不注視によって、右後方にいた原告四輪を認識できなかったと認められる。したがって、被告が主張するように、被告四輪が後退していたところ、原告四輪は前進・走行してきたとは認められない。
もちろん、原告四輪は、同一の進路を進行している被告四輪の直後を進行するときは、被告四輪が急に停止したときにおいてもこれに追突するのを避けることができるため必要な距離を、被告四輪から保たなければならない注意義務(道路交通法26条参考)はあった。しかし、原告に、この注意義務違反は認められない。
むしろ、本件駐車場は、混んでおり(上記1(1)(2))、被告は、本件駐車場の通路スペースの一方通行の指定に逆らって進行しようとしたから(上記1(2)(3))、被告がハザードランプを動作させる等して、原告四輪に対し、必要な車間距離を保つよう意思表示するべきであった。にもかかわらず、被告はこのような合図をしなかったから(上記1(3))、原告に、被告四輪が後退するのを予測し、かつ、
そのための車間距離を保持する等の注意義務を課すことはできない。なお、被告四輪
、後退を始めてから尾灯が点灯することをもって、上記合図とは認められない。
したがって、原告四輪や被告四輪の速度に関わらず、相殺を考慮するべき原告の過失は認められない。
第四 損益相殺 ▲111万6,415円
被告と自動車共済契約を締結したC共済a本部は、B整形外科に対し、原告の平成23年3月31日までの治療費として、合計111万6415円を支払った(上記第二-1(3)ウ)。
これは、損益相殺の対象と認められる。
第五 弁護士費用 5万円
本件事案の内容、審理経過、認容額等を考慮して、原告の弁護士費用の内5万円を、被告に負担させる。
(口頭弁論終結日 平成25年12月10日)
京都地方裁判所
裁判官 永野公規