車両保険金等を支払った被保険車両ロータスの左後部の大きな損傷はレース場競技会参加中のスピンによると保険免責とし不当利得返還請求を認容した
【判決要旨】
①Yに被保険車両ロータスの修理費等の保険金を支払った甲損保は、損傷は自動車レース場での競技スポーツ走行中の接触事故だったとして、不当利得返還請求の訴えを提起した事案につき、「本件車両の損傷の状況は、後方からの入力により生じたものがほとんどであって、本件事故の態様とは整合せず、また、当該損傷の部位(高さ)やハブハウジング部分等の損傷も、本件現場の状況によっては説明することができないものである。これに対し、当該損傷が別件事故によって生じたものと考えれば、その状況は、全て合理的なものとして是認することができるものであると考えられる(工学鑑定の専門家である証人Bは、別件事故の具体的な態様について、本件車両がスリップし、時計回りにスピン回転しながら、その左前部が進行方向右側のガードレールに衝突したことにより、左前方からの力を受けてフロントバンパーの左角部の割損が生ずるとともに、衝突部位を中心として車体が右方向に回転した際、後方からの力を受けてフロントバンパーがレンズの前方に移動し、その後、本件車両が更に時計回りにスピン回転しながら後退し、左後部がガードレールに衝突したことにより、本件車両の左後部の損傷が生じたものと考えられる旨の内容の鑑定書及び意見書を提出し、同旨の内容をその証人尋問において証言している。これらの鑑定書、意見書及び証言の内容は、特段、不合理な点は存在しないし、本件車両の損傷の状況や認定した別件事故に係る事故記録の記載とも合致するものであるから、別件事故の態様は、当該内容に沿ったものであったものであると推認することができる。)」と認定し、「本件事故が発生し、本件保険契約に基づく保険金の支払の対象となった本件車両の損害が本件事故により発生したものとは認めることができず、むしろ、当該損害は、本件保険契約において免責の対象となる別件事故によって発生したものというべきである」として、Yは、「法律上の原因なく、甲損保から受領した保険金相当額の利得を得たものであるから、甲損保に対し、同額の金銭を不当利得として返還すべき義務を負う」として免責を認め、返還請求を認容した。
②Yは、「①本件事故の目撃者がいないこと、②Yが、甲損保代理人らに対し、受領済み保険金の3分の1くらいを支払って和解できるのかという話を出したこと、③本人尋問において、多少の場当たり的な供述があったことなどから、本件事故において本件車両の損傷が生じたとするYの供述の信用性を否定することはできないと主張する。しかし、②の経緯のみによって、Yが本件事故によって本件車両の損傷が生じたのではないことを認めたとはいえないものの、①については、有限会社Cの従業員らの記憶に疑問があるとしても、本件事故を目撃した第三者の存在がうかがわれないことは、Yの供述の裏付けとなり得る重要な事情が認められないということを意味するのであり、③については、相当程度時間が経過していることやYが工学鑑定の専門家ではないことなどを考慮したとしても、Yの供述の信用性を低下させる事情であるといわざるを得ず、これらを併せてみれば、その信用性は低いというべきである」として、「Yの請求を認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する」と判決した。
東京高裁 平成27年7月17日判決(確定)
事件番号 平成27年(ネ)第1008号 不当利得返還請求控訴事件
1審 東京地裁 平成27年1月27日判決
事件番号 平成25年(ワ)第6641号 不当利得返還請求事件
【事案の概要】
被保険車両ロータスが損傷し、車両修理費の保険金を支払った甲損保は、Y申告の犬の飛び出しを避けてのガードレール衝突が虚偽であり、別件自動車レース場でのスポーツ走行中の事故により生じた損傷として、不当利得返還請求の訴えを提起した。
1審裁判所は、甲損保の請求を認容した。
別件事故の態様は、「自動車レース場のコース上でスポーツ走行中の被告運転の本件車両が、雨天の中を時速80キロメートルないし100キロメートル程度の速度で直進進行中、水溜まりでスリップを起こして時計回りにスピンをし、コース外の芝生上に進入して、別紙2の【×】地点において、その左側面を進行方向右側のガードレールに衝突させたというものであった」と認定した。
車両の損傷の状況と本件事故態様との整合性について、「本件車両がその後方からの力を受けることは考え難いものの、認定した本件車両の損傷は、その内容に鑑みると、フロントバンパー左角部の破断及び亀裂を除くと、そのほとんどが後方からの入力により生じたものと推認することができるものである。この点に関し、Yは、フロントバンパー左角部の損傷は、本件車両の左前角部分が本件現場のガードレールに衝突し、その衝撃でフロントバンパーに割損と亀裂が生じ、固定されていたフロントバンパー左部分が外れた結果、レンズの前にフロントバンパーが飛び出すような状態となったものであり、後方から前方への入力があったものではない旨を主張する。しかしながら、当該フロントバンパーの割損及び亀裂によってフロントバンパーが前方に外れてしまうということは、その発生機序として合理的なものとは考え難いから、Yの当該主張を採用することはできない」とし、「上記認定の後方からの入力により生じた本件車両の損傷は、Yの主張する本件事故の態様とは整合しないものというほかない」として、「本件現場のガードレールには、青色塗料の付着やタイヤとの接触痕がみられたほかは、目立った損傷は認められないのであって、このことは、本件車両と当該ガードレールが接触し、又は衝突したということ自体と整合しないものである」と認定した。
甲損保の保険金返還請求につき、「本件車両の損傷の状況は、後方からの入力により生じたものがほとんどであって、本件事故の態様とは整合せず、また、当該損傷の部位(高さ)やハブハウジング部分等の損傷も、本件現場の状況によっては説明することができないものである。これに対し、当該損傷が別件事故によって生じたものと考えれば、その状況は、全て合理的なものとして是認することができるものであると考えられる(工学鑑定の専門家である証人Bは、別件事故の具体的な態様について、本件車両がスリップし、時計回りにスピン回転しながら、その左前部が進行方向右側のガードレールに衝突したことにより、左前方からの力を受けてフロントバンパーの左角部の割損が生ずるとともに、衝突部位を中心として車体が右方向に回転した際、後方からの力を受けてフロントバンパーがレンズの前方に移動し、その後、本件車両が更に時計回りにスピン回転しながら後退し、左後部がガードレールに衝突したことにより、本件車両の左後部の損傷が生じたものと考えられる旨の内容の鑑定書及び意見書を提出し、同旨の内容をその証人尋問において証言している。これらの鑑定書、意見書及び証言の内容は、特段、不合理な点は存在しないし、本件車両の損傷の状況や認定した別件事故に係る事故記録の記載とも合致するものであるから、別件事故の態様は、当該内容に沿ったものであったものであると推認することができる。)」と認定し、「本件事故が発生し、本件保険契約に基づく保険金の支払の対象となった本件車両の損害が本件事故により発生したものとは認めることができず、むしろ、当該損害は、本件保険契約において免責の対象となる別件事故によって発生したものというべきである」として、Yは、「法律上の原因なく、甲損保から受領した保険金相当額の利得を得たものであるから、甲損保に対し、同額の金銭を不当利得として返還すべき義務を負う」として免責を認め、返還請求を認容した。
Y控訴の2審裁判所も1審を支持、免責を認容した。
Yは、「①本件事故の目撃者がいないこと、②Yが、甲損保代理人らに対し、受領済み保険金の3分の1くらいを支払って和解できるのかという話を出したこと、③本人尋問において、多少の場当たり的な供述があったことなどから、本件事故において本件車両の損傷が生じたとするYの供述の信用性を否定することはできないと主張する。しかし、②の経緯のみによって、Yが本件事故によって本件車両の損傷が生じたのではないことを認めたとはいえないものの、①については、有限会社Cの従業員らの記憶に疑問があるとしても、本件事故を目撃した第三者の存在がうかがわれないことは、Yの供述の裏付けとなり得る重要な事情が認められないということを意味するのであり、③については、相当程度時間が経過していることやYが工学鑑定の専門家ではないことなどを考慮したとしても、Yの供述の信用性を低下させる事情であるといわざるを得ず、これらを併せてみれば、その信用性は低いというべきである」として、「Yの請求を認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する」と判決した。
2審判決
控訴人 乙山次郎
同訴訟代理人弁護士 横山耕平
同 浅田 忠
同 福下大地
被控訴人 X保険会社
同代表者代表取締役 壬川七郎
同訴訟代理人弁護士 高橋達朗
同 山崎真紀
同 森下真佐哉
同 瀬間健治
同 三浦謙一郎
同 中井宏平
同 渡辺郁子
同 柴山将一
同 篠原秀太
同 立元貴紀
同 高橋祐二朗
同 西原宗勲
同 堀 剛
同 田邉幸太郎
【主 文】
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
【事実及び理由】
第一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。
第二 事案の概要
1 本件は、保険会社である被控訴人が、控訴人に対し、控訴人と被控訴人との間の損害保険契約(自動車保険契約)に基づき車両保険金646万円及び対物賠償保険金5万2,500円を支払ったところ、その損害が保険金支払の対象とはならない自動車レース場において発生した事故により生じたものであり、控訴人において、支払の根拠となった保険事故が存在しないのに、それが存在したかのごとき事実と異なる事故報告をしたのであるから、被控訴人は保険金支払義務を免責されるとして、控訴人に対し、不当利得に基づき、利得金合計651万2,500円及びこれに対する請求日の翌日である平成23年9月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原審が被控訴人の請求を認容したところ、控訴人が控訴した。
2 前提事実並びに争点及び当該争点に関する当事者の主張は、次項のとおり当審における控訴人の主張を付加するほか、原判決「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」2及び3に記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決4頁14行目の「事件」を「事故」と、同9頁11行目の「生成した」を「生じた」と、同11頁15行目から同16行目にかけての「本件ガードレール」を「本件現場のガードレール」と、同12頁19行目の「レッカー」を「レッカー車」とそれぞれ改める。
3 当審における控訴人の主張
(1) 本件車両の損傷の状況と本件事故の態様との整合性について
ア 本件車両に対する入力方向について
(ア) 本件車両のフロントバンパー左部分には、バンパー自体が前方にずれて移動した形跡はなく、仮にバンパーがレンズより前に出ているとすれば、フロントバンパーの割損及び亀裂により空間が生じたことが原因である。
したがって、左前部のフロントバンパーの損傷状態を理由に本件車両に後方からの入力があったと認定することはできない。
(イ) 本件車両は、本件事故によりハブハウジング部分及びフランジ部分が破壊され、左後輪が極めて不安定な状態でバックさせられ、さらに、後方からウインチでレッカー車の荷台に引き上げようとしては降ろしといったことを繰り返されており、その際にタイヤ及びハブが前方に移動して生成された痕跡並びにリアサスペンションのロアアームが後方からの力で曲がった痕跡が生じた可能性が高い。
また、本件車両は、左後輪が固定されておらず歪んでおり、真っ直ぐにレッカー車の荷台に載らず、引き上げようとしては降ろしといったことを繰り返されたのであるから、レッカー車の荷台の外枠部分と本件車両の左後部とが接触した可能性があり、その際に本件車両のオーバーフェンダーが後方から押されて前方に脱落した可能性もある。
したがって、本件車両の左後部の損傷は、本件事故後の態様と矛盾しない。
イ ガードレールの損傷が軽微であることについて
本件現場のガードレールがスチール(鋼鉄)製であるのに対し、本件車両の車体はFRP(繊維強化プラスチック)製であり、両者が接触した場合に、プラスチックである車体に一定の損傷が生じ、スチールであるガードレールに目立った損傷が生じないのは、当然のことである。
しかも、本件においては、本件現場のガードレールに全く損傷が認められないということではなく、写真によると、同ガードレールの下辺部分に、本件車両のバンパー及びボディーの色に近い損傷が認められる。
したがって、本件車両と本件現場のガードレールの材質等を考慮すると、同ガードレールに本件車両のバンパー及びボディーの損傷に対応する損傷が認められるといえる。
ウ 本件車両の損傷の高さについて
確かに、本件車両のタイヤの幅と本件現場の側溝の幅からすれば、同タイヤが同側溝に深く落ち込むということは考え難い。
しかし、仮に側溝の蓋が斜め45度の状態であったとしても、まず、本件車両は、溝蓋の厚みである10センチメートル以上の段差を落下した直後に、溝蓋の厚みである10センチメートルを乗り上げることになり、その落下、乗り上げ、落下の際に、激しい上下動が生じることは容易に想像できる。そして、上記の蓋が、斜め45度ではなく、垂直に近い角度で立てかけられていたのであれば、より激しい上下動が生じることになる。
このような激しい上下動によって、本件車両の左側部が15センチメートル程度跳ね上がり、地上高約45センチメートルから約80センチメートルまでに位置する本件現場のガードレールのビーム部により、本件車両の地上高30センチメートルの位置に損傷が生じることも十分にあり得る。
エ 本件車両のハブハウジング部分及びハブ部分の割損について
辛田六郎作成の鑑定書8頁においては、本件車両の左後部の損傷につき解析がされており、「後方下側から突き上げるように相手物体が衝突している」、「相手物体が不動であれば…後部が上から下に落下するときに衝突した「反作用」で損傷が生成されたと推定される」と結論付けられている。
とすれば、本件車両のハブハウジング部分及びハブ部分の割損は、本件車両の左後輪部分が、直接、本件現場のガードレールや側溝に激突したものではなく、上記ウのとおり、落下、乗り上げ、落下の際に衝突した反作用により生じたものであることは明らかである。
(2) 本件車両の損傷の状況と別件事故の態様との整合性について
ア 本件車両のハブハウジング部分及びハブ部分の割損について
本件車両の左後部の損傷については、上記(1)エのとおり、辛田六郎作成の鑑定書において、相手物体が不動であれば、本件車両の後部が落下するときに衝突した「反作用」で損傷が生成されたと推定されるとされているところ、被控訴人が主張するように、別件事故において本件車両の左後部がCレース場のガードレールに衝突したとしても、上記の「反作用」が生じることはなく、本件車両の左後部において発生した損傷を説明することができない。
また、上記の別件事故の態様によりハブハウジング部分及びハブ部分の割損が生じるほどの衝撃があったのであれば、左リアフェンダー及び左リアバンパー部分は大破するはずである。ところが、本件車両において、左リアフェンダー及び左リアバンパー部分に認められる損傷は、擦過痕やリアバンパー左角部の割損の程度である。
イ 本件車両の損傷の高さについて
Cレース場のガードレールは、形状が凸凹であり、地上高約34センチメートルから約43センチメートルまでの部分と地上高約50センチメートルから約64センチメートルまでの部分は凹部となっている。
そして、被控訴人が主張する別件事故の態様は、本件車両がスリップし、時計回りにスピン回転しながら、その左前部が進行方向右側のガードレールに衝突し、衝突部位を中心として車体が右方向に回転し、さらに時計回りにスピン回転しながら後退し、左後部がガードレールに衝突したというものである。しかし、このような態様のなかで、ガードレールと接触したとされる本件車両の左側部分において、激しく上下動をするような事情は存しない。仮に、激しい上下動が生じるとすれば、本件車両の右側部分である。
したがって、本件車両の損傷の高さとCレース場のガードレールの凸部の位置の高さには齟齬がある。
(3) 控訴人の供述の信用性について
ア 被控訴人作成の報告書においては、本件現場付近に所在する有限会社Rの従業員らに本件事故の状況や事故処理の状況を目撃した者がいない旨の聴取り調査の結果が記載されている。
しかし、上記の調査は本件事故の日から約1年10ヶ月が経過した平成21年11月18日に行われたもので、従業員らの記憶はかなり減退した状態であったといえる。
そもそも、本件事故は、車両同士が激突したものではなく、ガードレールに激突したものでもないことから、本件事故の現場から70ないし80メートルの地点にある会社の従業員らが本件事故の存在に気づかなかったとしても、何ら不自然なことではない。
また、控訴人は、本件事故直後、警察官に申告をして交通事故証明書の発行を受けており、株式会社Jの丁山四郎に事故現場に来てもらい、本件車両をレッカー車で修理工場に運んだのであるから、本件車両が、しばらくの間、本件現場に停まっていたことは明らかである。にもかかわらず、従業員らは、そのような記憶はないなどと述べているのであるから、その供述の信用性は乏しい。
したがって、本件事故の目撃者がいないことを根拠として、控訴人の供述の信用性を否定することはできない。
イ 控訴人は、被控訴人代理人らから和解の提案をされたのに対し、仮に裁判と
なった場合に弁護士費用として200万円の費用が必要となるのであれば、裁判を回避し早期に解決するため、それを和解金として支払うことも考えた上で、受領済みの保険金額の3分の1くらいを支払って和解できるのかという話をしたが、返還を申し出たものではない。
したがって、保険金の不正請求の事実を認めたものではなく、上記の経緯を根拠として、控訴人の供述の信用性を否定することはできない。
ウ 控訴人の本人尋問は、本件事故の日から6年半余り経過した後に実施されたものであり、しかも、控訴人は、本件車両を運転していたのであるから、本件事故の状況について正確に再現することを求めるのは、そもそも無理がある。
そして、控訴人は、できる限り正確に本件事故の状況を再現しようとしたが、工学鑑定の専門家ではないため、時にはその再現が工学鑑定と矛盾する結果となることもある。
したがって、多少の場当たり的な供述があったとしても、本件事故において本件車両の損傷が生じたとする控訴人の供述の信用性を否定することはできない。
第三 当裁判所の判断
1 当裁判所も、控訴人の請求は理由があるものと判断する。その理由は、次のとおり補正し、次項のとおり当審における控訴人の主張に対する判断を加えるほか、原判決「事実及び理由」欄の「第三 当裁判所の判断」1ないし5に記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決15頁5行目「4ミリメートル」の前に「約」を加える。
(2) 原判決27頁12行目の「問題がある」の次に「上、上記のとおり後日作成されたものとうかがわれる領収証(上記1(2)及び(6)の認定事実)の作成に関与した可能性がある」を加える。
2 当審における控訴人の主張に対する判断
(1) 本件車両の損傷の状況と本件事故の態様との整合性について
ア 本件車両に対する入力方向について
控訴人は、①本件車両左前部のフロントバンパーには前方にずれて移動した形跡はなく、それがレンズより前に出ているとすれば、割損及び亀裂により空間が生じたことが原因であるから、本件車両に後方からの入力があったと認定することはできず、②本件車両は、本件事故後、左後輪が極めて不安定であったところ、そのような状態でバックさせられ、後方からレッカー車の荷台に引き上げようとしては降ろしといった動作を繰り返されたことで、左後部の損傷が生じた可能性があると主張する。
しかし、①については、報告書8頁の図6【D】及び同21頁の図25【F】並びにそれらの元となった写真を見れば、ライトのレンズよりも後方にあってこれを固定している部分がレンズの前に出てきており、フロントバンパーが本来の位置よりも前にせり出していることを確認することができる。そして、割損及び亀裂により空間が生じたことでそのような状態になったとは考え難く、後方からの入力により移動したと考えるのが自然である。
また、②については、控訴人の供述及び陳述書並びに丁山四郎作成の平成27年3月28日付け「レッカー時の状況報告」と題する書面において、これに沿う部分があるものの、控訴人及び丁山四郎とも本件車両が損傷するに至った状況を実際に見ていたわけではなく、推測の域を出るものではないから、上記供述等に基づきレッカー車の荷台に引き上げる動作が原因で本件車両左後部の損傷が生じたと認めることはできない。
したがって、控訴人の上記主張はいずれも採用することができない。
イ ガードレールの損傷が軽微であることについて
控訴人は、本件車両と本件現場のガードレールの材質等を考慮すると、同ガードレールに本件車両のバンパー及びボディーの損傷に対応する損傷が認められると主張する。
しかし、スチール(鋼鉄)製の本件現場のガードレールとFRP(繊維強化プラスチック)製の本件車両の車体とでは、前者の方が後者よりも硬度が高いとしても、上記ガードレールが写っている報告書14頁の図14【C】の写真及び辛田六郎作成の意見書16頁の写真25において、本件車両の塗装の剥離に相応するシルバーの塗装が付着した損傷を認めることはできない。したがって、控訴人の上記主張を採用することはできない。
ウ 本件車両の損傷の高さについて
控訴人は、本件現場の側溝の蓋の厚みが約10センチメートルあることから、本件車両が、蓋の上からそれが斜めになった箇所に移動する際にタイヤが約10センチメートル以上落下し、さらに、蓋上に移動する際に約10センチメートル乗り上げるから、激しい上下動が生じ、蓋が斜め45度ではなく、垂直に近い角度で立てかけられていたのであれば、より激しい上下動が生じることになって、本件車両の地上高30㌢㍍の位置に損傷が生じることもあり得ると主張する。
しかし、原審において控訴人本人は、溝にタイヤが落ちたのではなく、蓋に乗り上げたと供述しているのであって、上記主張はこの供述とも齟齬しており、控訴人のこの点についての主張及び供述が変転していることからしても、控訴人主張のような経緯で本件車両に損傷が生じたというのは疑問といわざるを得ない。
したがって、控訴人の上記主張を採用することはできない。
エ 本件車両のハブハウジング部分及びハブ部分の割損について
控訴人は、戊田五郎の鑑定書を根拠に、本件車両のハブハウジング部分及びハブ部分の割損は、本件現場の側溝を通過した際の激しい上下動によって生じたものであると主張するが、上記ウで検討したとおり、本件現場において、本件車両にそのような上下動が生じたと認めることはできないから、控訴人の上記主張は、その前提を欠くものであって、採用することができない。
(2) 本件車両の損傷の状況と別件事故の態様との整合性について
ア 本件車両のハブハウジング部分及びハブ部分の割損について
控訴人は、①別件事故において、本件車両の左後部がCレース場のガードレールに衝突したとしても、戊田五郎作成の鑑定書にいう「反作用」が生じることはないから、本件車両の左後部において発生した損傷を説明することができず、また、②ハブハウジング部分及びハブ部分に割損が生じるほどの衝撃があったのであれば、左リアフェンダー及び左リアバンパー部分も大破するはずであるが、それらに生じた損傷は擦過痕やリアバンパー左角部の割損の程度であるから、本件車両の損傷と別件事故の態様とは整合しないと主張する。
しかし、①については、控訴人の指摘する戊田五郎作成の鑑定書8頁の「反作用」に係る記述は、リアバンパー左端部の割損についてのものであって、ハブハウジング部分及びハブ部分の割損についてのものではないから、控訴人の主張はその前提を欠く。
また、②については、原審証人辛田六郎は、同証人の想定するシミュレーションでは、別件事故においてガードレールに衝突してハブハウジング部分が割損したときにボディーにそれほどの損傷がない旨証言しており、事故の態様によって、必ずしも左リアフェンダー及び左リアバンパー部分が大破するとは限らないと考えられる。
したがって、本件車両の損傷が別件事故の態様と整合しないとはいえないから、控訴人の上記主張を採用することはできない。
イ 本件車両の損傷の高さについて
控訴人は、被控訴人が主張する別件事故の態様において本件車両が激しく上下動をするような事情は存せず、仮に激しい上下動が生じるとすれば、本件車両の右側部分であるから、本件車両の損傷の高さとCレース場のガードレールの凸部の位置の高さには齟齬があると主張する。
しかし、原審証人戊田五郎も証言するとおり、本件車両が別件事故においてコース外に逸脱し、ガードレールに衝突するまでの間、本件車両の車体の上下動が生じることは十分にあると考えられ、その上下動によって、本件車両の左側部分が上記ガードレールの凸部と接触した可能性はあるというべきである。
したがって、控訴人の上記主張を採用することはできない。
(3) 控訴人の供述の信用性について
控訴人は、①本件事故の目撃者がいないこと、②控訴人が、被控訴人代理人らに対し、受領済み保険金の3分の1くらいを支払って和解できるのかという話を出したこと、③本人尋問において、多少の場当たり的な供述があったことなどから、本件事故において本件車両の損傷が生じたとする控訴人の供述の信用性を否定することはできないと主張する。
しかし、②の経緯のみによって、控訴人が本件事故によって本件車両の損傷が生じたのではないことを認めたとはいえないものの、①については、有限会社Rの従業員らの記憶に疑問があるとしても、本件事故を目撃した第三者の存在がうかがわれないことは、控訴人の供述の裏付けとなり得る重要な事情が認められないということを意味するのであり、③については、相当程度時間が経過していることや控訴人が工学鑑定の専門家ではないことなどを考慮したとしても、控訴人の供述の信用性を低下させる事情であるといわざるを得ず、これらを併せてみれば、その信用性は低いというべきである。
第四 結論
よって、控訴人の請求を認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成27年5月14日)
東京高等裁判所第24民事部
裁判長裁判官 高野 伸
裁判官 渡邉和義
裁判官 國分隆文
1審判決
原告 X保険会社
同代表者代表取締役 己川一郎
同訴訟代理人弁護士 高橋達朗
同 山崎真紀
同 森下真佐哉
同 瀬間健治
同 三浦謙一郎
同 中井宏平
同 渡辺郁子
同 柴山将一
同 篠原秀太
同 立元貴紀
同 多田 猛
被告 乙山次郎
同訴訟代理人弁護士 横山耕平
同 浅田 忠
【主 文】
1 被告は、原告に対し、651万2,500円及びこれに対する平成23年9月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 この判決は、仮に執行することができる。
【事実及び理由】
第一 請求
主文と同旨である。
第二 事案の概要
1 事案の要旨
本件は、原告を保険者とし、被告を被保険者とする損害保険契約(自動車保険契約)に基づいて原告から被告に対して支払われた車両保険金646万円及び対物賠償保険金5万2,500円について、原告が、被告に対し、その支払の根拠となった保険事故が存在せず、保険金支払の対象とされた被保険自動車の損害が保険金支払の対象とはならない自動車レース場において発生した事故により生じたものである旨を主張し、不当利得返還請求として、上記の各保険金の合計額に相当する651万2,500円及びこれに対する返還を求めた日の翌日である平成23年9月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 前提事実(争いのない事実又は括弧内で掲記する証拠若しくは弁論の全趣旨によって容易に認めることができる事実)
(1) 保険契約の締結
損害保険業を営む原告は、被告との間で、被告を被保険者とする次の内容の損害保険契約(自動車保険契約)を締結した(以下この損害保険契約を「本件保険契約」という。)。(弁論の全趣旨)
ア 保険期間 平成19年12月14日から平成20年12月14日まで
イ 被保険自動車 ロータスエスプリ(登録番号・略以下「本件車両」という。)
ウ 保険金額 車両保険650万円、対物賠償保険無制限
エ 支払条項 車両保険については、偶然な事故によって被保険自動車に生じた損害に対し、修理費、あるいは、修理費が車両保険金額を超える場合は同額を支払う。また、代車費用につき、日額3,000円、期間は30日を上限として支払う。
対物賠償保険については、被保険者が負担すべき法律上の損害賠償責任の額を支払う。
(2) 保険事故の発生の通知
ア 被告は、原告に対し、平成20年1月19日午前6時51分頃、次のとおりの内容で、保険事故が発生した旨の通知をした(以下この原告による通知に係る事故を「本件事故」という。)。
(ア) 事故発生年月日 平成20年1月19日午前6時35分
(イ) 事故発生場所 埼玉県川越市<地番略>(以下「本件現場」という。)
(ウ) 事故の状況 被告が本件車両を運転中、丁字路に差し掛かり、本来左へ行こうとしていたが、犬が飛び出してきて右方へ回避をした。その際に、ガードレールと本件車両の左後部が接触し、反動で本件車両の前部も接触した。
イ 被告は、同年2月4日までに、上記ア(ウ)の本件事故の状況に関し、蓋が外れた側溝に本件車両のフロント及びリアのタイヤを衝突させた旨の説明を付加した。
(3) 保険金の支払
原告は、被告に対し、本件保険契約に基づく本件事故に係る保険金として、平成20年2月29日に対物賠償保険金5万2,500円(ガードレールの修理費相当額)を、同年8月29日に車両保険金646万円(車両修理費相当額637万円及び代車費用相当額9万円)をそれぞれ支払った。
(4) 本件事故に先立つ事故の存在
被告は、平成19年10月27日、B県に所在する自動車レース場である「Cレース場」において開催された「Dフェスティバル」というイベントの「E」との名称のスポーツ走行に本件車両を用いて出場した。被告は、当該スポーツ走行中に、本件車両をスピンさせ、本件車両の左側面を進行方向右側のガードレールに衝突させるという事故を発生させた(以下この事件を「別件事故」という。)。
(5) 免責条項
本件保険契約には、次の免責条項の定めがある。
ア 保険契約者又は被保険者は、保険契約締結の後、被保険自動車を競技、曲技若しくは試験のために使用し、又は被保険自動車を競技、曲技若しくは試験を行うことを目的とする場所において使用する場合には、書面をもってその旨を原告に通知し、承認の請求を行わなければならない(本件保険契約の契約約款第7章第1節第4条第1項)。
イ 原告は、上記アに定める場合が生じた時(当該場合の発生が保険契約者又は被保険者の責に帰すことのできない事由によるときは、その発生を知った時)からその事実がなくなる時まで(上記アの書面を受領した後を除く。)の間に生じた事故による損害に対しては、保険金を支払わない(同条第2項)。
(6) 支払済み保険金の返還請求
原告は、平成23年8月12日、東京簡易裁判所に対し、被告を相手方とする上記(3)の支払済みの保険金の返還を求める不当利得返還請求調停の申立てを行い、当該申立てに係る申立書は、遅くとも、同年9月15日までには、被告に到達した。
3 争点及び当該争点に関する当事者の主張
本件の争点は、保険金の支払の対象となった本件車両の損害が本件事故により発生したものであるかどうかであり、当該争点に関する当事者の主張は、次のとおりである(原告は、被告の主張する本件事故の態様を前提とした上で、本件事故によって本件車両の損害が生ずることはない旨を主張しているので、まず(1)において被告の主張する本件事故の態様を摘示し、次いで(2)において原告の主張を摘示し、更に(3)において当該原告の主張に対する被告の反論を摘示することとする。)。
(1) 本件事故の態様に関する被告の主張
本件車両の損害は、本件事故によって生じたものであるところ、本件事故の態様は、次のとおりである(ただし、本件事故の発生から5年以上の期間が経過していることからすれば、発見の位置、速度、ブレーキを踏んだ位置等を正確に再現することは不可能であるから、被告の説明内容に物理的・工学的にみて多少の不合理な点があるからといって、本件事故の発生の可能性が皆無であるということはできない。)。
① 別紙1のA地点(以下のA地点からG地点までは、いずれも別紙1のA地点からG地点までの各地点を意味するものとして用いる。)まで時速約50キロメートルで走行してきたところ、前方左側(別紙1の「犬」と表示した地点)に犬を発見したため、ブレーキを踏んだ。制動開始地点は、A地点の少し先の地点である。
② B地点でハンドルを右に約45度転把した。
③ C地点辺りで本件車両のハーフスピンの状態が開始した。その後、ブレーキを緩めた。
④ ハンドルを右に切った後、左後輪が左に流れたことから、D地点で修正のためにハンドルを左に約45度切った。
⑤ ハーフスピンの状態が継続しながら、E地点で左後輪が蓋の開いていた側溝(別紙1の(ア)地点)に落ち、蓋と衝突しながら、蓋に乗り上げた。
⑥ その後、少し右に傾いたり、左に傾いたりしながら、ほぼガードレールと並走状態で進行し、F地点で、左前輪、左後輪の順で蓋の開いていた側溝(別紙1の(イ)地点)に落ち、蓋と衝突しながら、蓋に乗り上げた。この時の速度は、時速約30キロメートルであった。
⑦ そのまま、G地点まで前進し、一旦停止したが、他の車両の通行の妨げとならないよう、H地点まで後退し、停止した。
(2) 原告の主張
本件事故が発生した事実はなく、本件車両の損害は、保険金支払の免責となる別件事故により発生したものである。
ア 本件事故が発生した事実がないことについて
(ア) 上記(1)の被告主張に係る本件事故の態様によれば、本件事故における本件車両の旋回半径は10メートルであるから、その限界旋回速度(カーブを曲がりきることのできる最高速度)は、路面が乾燥した状態(摩擦係数0.7)で時速30キロメートルである。そして、被告の主張によれば、本件車両は、ガードレールと正面衝突することなく、カーブを曲がりきっているのであるから、時速30キロメートル以下に減速してカーブの旋回を開始したことになる。そのような状況下で、A地点でブレーキを踏み、C地点でハーフスピンを開始したのであれば、本件車両は、ハーフスピンの開始後、約5メートルで停止することが可能であり、本件現場のガードレールに衝突することはあり得ない。
被告はC地点でハーフスピンを開始した後ブレーキを緩めた旨を主張するが、仮にブレーキを緩めたとしても、ハーフスピン状態の時のタイヤはブレーキを最大限踏んだのと同じ効果あるいはそれ以上の制動効果を生じさせるのであり、ハーフスピンが終了するまでの間は継続して制動状態にあったことになるから、本件車両は、遅くとも、D地点付近で停止してしまうことになる。
(イ) 運転者が危険を感じてから危険回避行動を執るまでには、約0.8秒の反応時間(空走時間)があるから、被告が主張するように、本件車両がA地点まで時速約50キロメートルで走行していたとすると、被告がA地点で危険を感じてからブレーキを踏むまでの間に、本件車両は約11.12メートルも進行してしまうことになる。しかし、各地点間の距離は、A地点及びB地点の間が6.2メートル、B地点及びC地点の間が5.4メートル、C地点及びD地点の間が3.7メートルであるから、A地点で危険を感じてブレーキを踏んだとしても、被告が主張するように、B地点でハンドルを右に切り、C地点でハーフスピンが開始した後、D地点でハンドルを左に切り直すといった一連の回避行動を執ることは、到底不可能である。
(ウ) 本件車両の左後部には地上高35㌢㍍の箇所に、左前部には地上高30センチメートルの箇所にそれぞれ損傷が生成されているが、本件現場のガードレールのビーム部の高さは下端が45センチメートルであり、全く整合しない。
被告は、本件車両が蓋が開いていた側溝に落ちた旨を主張するが、蓋の大きさ(縦40センチメートル、横60センチメートルの長方形)及び本件車両のタイヤ幅(29.5センチメートル)からすれば、蓋が開いていたとしても、本件車両が側溝に落ちることはあり得ない。
(エ) 本件車両の左リアホイール部分には、硬い鋳鉄製のハブハウジング及びそのフランジ部分(タイヤを取り付ける部分)にまで損傷が存在しているが、このような損傷は、上記部分に直接かつ非常に大きな荷重が作用しない限り、生ずることはない。しかしながら、本件現場のガードレールには、ポール部も含めて、倒れ、曲がり等の損傷は、見受けられない。
(オ) 本件車両の左リアフェンダーには、幅約8センチメートルの黒いゴム状の擦過痕が車両後部まで認められているが、本件現場のガードレールに黒いゴム状の物体は存在せず、上記擦過痕を本件現場で生成することは不可能である。
また、本件車両の塗装色はシルバーであるが、平成20年1月28日に撮影された写真によれば、本件現場のガードレールには、青色塗料が付着しており、シルバー色の塗料は付着していない。
(カ) 被告の主張によれば、本件事故は本件車両が前進状態の時に発生したものであるから、これにより本件車両に生ずる損傷の入力方向は、前方から後方へ向けたものとなるはずである。
しかしながら、実際には、本件車両の損傷の入力方向は、後方から前方に向けたものとなっている。例えば、本件車両のフロントバンパーはレンズの前に飛び出しているが、これは、フロントバンパーに後方から前方にかけての力が作用したことを示すものである。さらに、本件車両の左後部には、①タイヤが前方に移動して生じた痕跡、②サスペンションの部品であるハプが前方に移動して生じた痕跡、③リアサスペンションのロワーアームに後方からの力で曲がった痕跡、④オーバーフェンダーの後面の痕跡、⑤オーバーフェンダーが後方から押されて前方に外れた痕跡等、車両の後退時に生じた損傷を多く確認することができる。したがって、これらの損傷が前進状態の時に生じたものとみることはできない。
イ 本件車両の損害が別件事故により発生したものであることについて
(ア) 別件事故が発生したCレース場のガードレールは、厚さ4ミリメートルであり、最も強度が高いレールを3枚使用した重厚な構造である。当該ガードレールの高さは、下端が地上高約5センチメートル、上端が地上高約110センチメートルであり、本件車両の損傷部位の高さと整合する。
(イ) 本件車両の左前部には、車体左横(9時方向)からの力で生じた損傷を確認することができるし、フロントバンパーは、後方からの力によって前方に移動している。これらの損傷は、車両左前部が固定物に衝突し、当該部分を中心として車体が右方向に回転した際に生ずる損傷である。
また、上記ア(カ)のとおり、本件車両の左後部には、①タイヤが前方に移動して生じた痕跡、②サスペンションの部品であるハブが前方に移動して生成した痕跡、③リアサスペンションのロワーアームに後方からの力で曲がった痕跡、④オーバーフェンダーの後面の痕跡、⑤オーバーフェンダーが後方から押されて前方に外れた痕跡等、車両の後退時に生ずる損傷を多く確認することができる。
(ウ) 上記(ア)及び(イ)によれば、本件車両は、Cレース場のコースを直進進行中に車体が時計回り方向(右方向)にスピンをし、その結果、車両が約120度程度回転した状態で左前部がガードレールに衝突し、車体左前部を中心に車体が更に時計回り方向(右方向)にスピンをし、左後部がガードレールに衝突したと考えるほかない。
ウ その他の事情について
以上のア及びイに加え、被告が本件事故の態様やその前後の行動、別件事故による本件車両の損害の修理等について合理的理由なく説明を変遷させていること、当該修理についての領収証等の提出を拒否してきたこと、本件現場付近に所在する事業所の従業員らに本件事故を目撃した者がいないこと、被告が原告代理人弁護士らとの面談において受領済みの保険金額の3分の1を返還するとの和解案を提示したことなど、多くの不自然、不合理な事情が存することからも、本件事故は存在せず、本件車両の損害が保険金支払の免責となる別件事故により生じたものであることは、明らかである。
(3) 原告の主張に対する被告の反論
ア 上記(2)アの原告の主張に対する反論
(ア) 同(ア)及び(イ)の主張について
限界旋回速度は、ハーフスピンを開始する速度ともいい得るところ、本件車両は、カーブに進入した時点で限界旋回速度を超えていたからこそ、ハーフスピンが開始したのであり、ハーフスピンを利用することにより、本件ガードレールを大破させずにカーブを曲がりきったのである。したがって、本件車両が限界旋回速度以下でカーブに進入したことを前提とする原告の主張は、失当である。
また、被告は、C地点でハーフスピンを開始した後、ブレーキを緩めているのであるから、本件車両がE地点でなお時速30キロメートル程度で走行していたということも、十分あり得るし、ハーフスピン状態で、原告が主張するような制動効果が生ずることはない。
本件事故の態様に関する被告の主張は、必ずしも正確な記憶に基づくものではなく、仮に、本件車両が時速40キロメートルでカーブに入り、ハーフスピンを開始して制動効果が生じ、時速30キロメートルに減速したのであれば、本件現場のカーブを曲がりきることができることになるから、原告の主張は、失当である。
(イ) 同(ウ)の主張について
本件車両の地上高45センチメートル以下の部分においても、被告が一貫して説明するとおり、左前輪及び左後輪が蓋の外れた側溝に落ちた際に、側壁と接触して損傷し、又は本件車両が側溝の蓋に乗り上げるような形となった際に、本件現場のガードレールと接触して損傷する可能性は十分にあり得る。また、本件事故当時、側溝の蓋は路面から7センチメートル程度出ていたものであり、そのような状態の側溝の上を時速30キロメートル近くで走行すれば、本件車両に15センチメートル程度の激しい上下動が生ずることは容易に想定し得る。
(ウ) 同(エ)の主張について
本件車両のハブハウジングは、鋳鉄製ではなく、アルミニウム製であるから、上記ハブハウジングが硬い鋳鉄製であることを前提とする原告の主張は、失当である。
また、本件車両と本件現場のガードレールとの接触は、被告が一貫して説明するとおり、激しいものではなかった。しかも、本件車両のバンパーの材質は樹脂であり、車体の材質もFRP(繊維強化プラスチック)であるから、接触対象物の損傷は、極めて軽微なものとなる。したがって、本件現場のガードレールの損傷が軽微であることをもって、本件車両と当該ガードレールが接触した事実を否定することはできない。
さらに、本件車両の左リアサスペンション部分の損傷は、本件ガードレールとの衝突により生じたものではなく、被告が当初から一貫して説明するとおり、本件車両の左前輪及び左後輪が側溝に落ち、衝突しながら乗り上げる際に生じたものと考えられる。このような事故状況は、本件車両の損傷につき、左リアサスペンション部分に直接、非常に大きな荷重が作用し、後方下側から突き上げるように相手物体と衝突した際の損傷とする解析結果とも、一致する。
(エ) 同(オ)の主張について
原告が指摘する写真からも、本件現場のガードレールに青色塗料が付着しているとはいえず、むしろ、本件車両の塗装色と同じシルバーに近い色の塗料が付着しているということができる。
(オ) 同(カ)の主張について
本件車両に後方から前方への力が加わった痕跡が存するのであれば、それは、本件車両をレッカー車に引き揚げるため、後方から牽引をした際に生じたものである可能性がある。
また、本件車両の左前角部分の割損は、後方から前方への入力により生じたものではなく、上記部分が直接本件現場のガードレールと衝突したことにより、生じたものである。原告が後方から前方への入力によるものであると主張するフロントバンパー左角部の損傷も、本件車両の左前角部分と本件現場のガードレールが衝突し、その衝撃でフロントバンパーに割損と亀裂が生じ、固定されていたフロントバンパー左部分が外れた結果、レンズの前にフロントバンパーが飛び出すような状態となったものであり、後方から前方への入力があったものではない。
イ 上記(2)イの原告の主張に対する反論
(ア) 別件事故は、本件車両が別紙2のロードコースの第4コーナーを曲がり、時速約80キロメートルで走行中、別紙3に示すとおり、水溜まりでスリップしたため、反転しながらコース外の芝生に進入し、バックの状態で左後部がガードレールに接触した後、右斜めの状態で停止したというものである。
(イ) 別件事故の発生時、本件車両は、キルスイッチが入ってエンジンがストップしたため、レッカーでピットまで移動したが、ピットでキルスイッチを解除したため、自走可能となった。
別件事故後、被告は、本件車両を自走して修理工場(F会社)に入庫し、修理完了後も、自走して戻った。その際は、本件事故後の平成20年1月23日の時点で認められたフロントバンパー左角部の割損、リアバンパー左角部の割損、リアフェンダーの黒いゴム状の擦過痕、左リアホイールの破断、ハブハウジングのフランジ部分の割損はいずれも存在せず、これらの損傷は、いずれも本件事故により生じたものである。
原告の主張を前提とすれば、平成19年10月27日の別件事故で左後部サスペンション部分のハブが完全に割損し、走行不能の状態となったはずの本件車両が、本件事故が発生した平成20年1月19日午前6時35分頃に本件現場まで自走したことになり、全く説明がつかない。
(ウ) 本件車両の左リアサスペンション部分のハブが完全に割損するような損傷が生ずるには、左リアサスペンション部分に直接、非常に大きな荷重が作用しなければならず、しかも、後方下側から突き上げるように相手物体と衝突しなければ、このような損傷は生じない。
しかし、別件事故の態様は上記のとおりであって、本件車両の左後部に直接、非常に大きな荷重が作用する状況にはなく(むしろ、車体が跳ね上がり、上下動により大きな衝撃を受けるのは、本件車両の右側である。)、後方下側から突き上げるように相手物体と衝突する状況でもない。
(エ) 別件事故において、左リアサスペンション部分のハブが完全に割損するような損傷が生じたとすれば、左リアバンパー及びフェンダーは大破し、また、ガードレールにも大きな損傷が認められるはずであるのに、本件車両の左後部にそのような大きな損傷は見当たらない上、別件事故によるCレース場のガードレールの修理費用は2万8,000円であり、極めて軽微な損傷しか生じていない。
(オ) Cレース場のガードレールは形状が凸凹であるところ、地上高約34センチメートルから約43センチメートルまでの部分と地上高約50センチメートルから約64センチメートルまでの部分は、いずれも凹部となっているのであるから、本件車両の上記高さに対応する部分には損傷が生じないはずである。しかし、本件車両の左前部には、地上高約38センチメートルから約43センチメートルまでの箇所にも擦過痕が認められ、地上高約50センチメートルから約64センチメートルまでの箇所にもバンパー割損を含む比較的大きな損傷が生じており、また、リアバンパー部分の割損は、地上高60センチメートルである。
このように、本件車両の損傷部位の高さは、Cレース場のガードレールの高さとは、全く整合しない。
ウ 上記(2)ウの原告の主張に対する反論
被告は、本件事故の態様につき、本件事故直後から現時点に至るまで、おおむね、蓋が外れた側溝に左前輪及び左後輪が落ちた(衝突した)旨を説明しており、この説明に変遷や矛盾はなく、むしろ一貫しているということができる。
その他の被告の説明は、本件事故から数年が経過した後のものであることから、多少の記憶違いがあっても、不自然ではない。被告が原告から別件事故による本件車両の修理に関する領収証の提出を求められたのは平成22年8月27日であり、別件事故から2年10ヶ月が経過していたことから、被告が領収証等を廃棄してしまっているのも当然であり、意図的に提出を拒んでいるものではない。なお、上記修理を行った業者は、被告宛てに発行した領収証の控えを所持している。
被告は、本件事故後、現場に到着した警察官に申告をし、交通事故証明書が発行されている。また、本件車両が自走不能となったことから、株式会社Jの癸山に本件現場に来てもらい、レッカー移動し修理工場に運んだ上で修理が行われている。したがって、本件事故後、本件現場付近に本件車両が停止していたことは、明らかである。
第三 当裁判所の判断
1 上記第二の2の前提事実のほか、括弧内で掲記する証拠又は弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
(1) 別件事故の態様等(被告本人)
ア 別件事故の態様は、自動車レース場のコース上でスポーツ走行中の被告運転の本件車両が、雨天の中を時速80キロメートルないし100キロメートル程度の速度で直進進行中、水溜まりでスリップを起こして時計回りにスピンをし、コース外の芝生上に進入して、別紙2の【×】地点において、その左側面を進行方向右側のガードレールに衝突させたというものであった。
イ 上記アのガードレールは、最も強度の高い厚さ4ミリメートルのレールを3枚使用した構造であり、その上端の高さは地上高約110センチメートル(各レールの幅は、35センチメートルである。)で、下端の高さは地上高約5センチメートルである。
ウ 別件事故後、本件車両は、再スタートをすることができず、被告は、スポーツ走行を中断した。
エ Cレース場の運営会社である株式会社Gが保管している「Dフェスティバル」に係る事故記録である「ロードコース事故記録記入用紙」には、別件事故の当日に発生した事故の報告内容が「スピン」、「オーバーラン」、「横転」、「クラッシュ」等の分類により記載されているところ、別件事故については、「クラッシュ」として記載されている。
オ スポーツ走行の主催者である株式会社Hは、株式会社Gに対し、別件事故によるガードレールの修理費用として、2万8,000円(消費税別)を支払った。
(2) 本件事故の発生時刻に係る通知の内容
上記第二の2(2)のとおり、被告の原告に対する平成20年1月19日午前6時51分頃にされた本件事故の発生の通知においては、本件事故の発生日時が同日午前6時35分とされているが、被告は、警察に対しても、本件事故の通知をしているところ、本件事故に係る交通事故証明書においては、本件事故の発生日時が同日午前6時59分頃とされている。
(3) 本件現場の状況
ア 本件現場は、a方面からb方面に向かう道路(以下「本件道路」という。)と国道c号線に至る道路とが交差する信号機による交通整理の行われていない丁字路交差点である。
イ 本件道路には、b方面に向かって左側端に幅約70センチメートル、深さ約34センチメートルの側溝が設けられている。その蓋は、縦約40センチメートル、横約60センチメートル、高さ約10センチメートルであり、蓋が正常に閉まった状態においては、蓋が路面から約1センチメートル路面より上に出る状態となり、蓋を側溝内に斜め45度に落とし込んだ状態で生ずる路面の隙間は、幅約20センチメートルとなる。
ウ 上記イの側溝の更に外側には、ガードレールが設置されている。そのビーム部の上端の高さは地上高約80センチメートルで、下端の高さは地上高約45センチメートルであり、地上高約45センチメートルから下にはポール部以外にビーム部等はない。
エ 平成20年1月28日午後1時頃の時点において、上記ウのガードレールには、タイヤとの接触痕があるほかは目立った損傷は認められず、別紙1の(イ)地点付近のビーム部の上辺部及び下辺部に青色塗料の付着がみられた。また、当該時点において、上記イの側溝の蓋のうち1つが別紙1の(イ)地点付近で側溝内に斜めに落ち込んだ状態にあった。
(4) 本件車両の損傷の状況等
ア 本件車両は、平成20年1月19日頃、自力走行不能の状態で、本件現場から約10キロメートル離れた場所にある株式会社Jの整備工場にレッカー車で搬送された。
イ 同月23日の時点における本件車両の損傷の状況は、以下のとおりである。
(ア) 左前部の損傷の状況
なお、aからcまでの損傷箇所の上端の高さは地上高約65センチメートルで、下端の高さは地上高約30センチメートルである。
a フロントバンパー左角部の破断及び亀裂
b フロントバンパー左側面の面接触痕
c フロントバンパー左角部のレンズ前方への飛び出し
(イ) 左後部の損傷の状況
a ハブハウジング部分及びハブ部分の割損
b ホイールハウス内のタイヤ及びハブとの接触痕(タイヤ及びハブが前方に移動して生成された痕跡)
c リアサスペンションのロワーアームが後方からの力で曲がった痕跡
d オーバーフェンダー後面の痕跡
e オーバーフェンダーが後方から押されて前方に脱落した痕跡
f リアバンパー左角部の擦過痕及び割損(損傷箇所の上端の高さは地上高約75センチメートルで、下端の高さは地上高約35センチメートルである。)
g 左リアフェンダーに水平方向に幅約8センチメートルの黒いゴム状の擦過痕、その上辺(車両後端部まで)に水平方向に鋭い擦過痕、左テールランプに同様の擦過痕
(5) 原告に対する匿名の通報
平成20年11月21日、原告のお客様相談室宛てに、被告と個人的な付き合いがあると称する者から、匿名で、被告が別件事故による損害を公道での事故と偽って保険金を請求し、保険金が支払われている旨の電話による通報があった。原告は、この通報を受け、本件事故及び別件事故の調査を開始した。
(6) 別件事故に関する被告の説明の内容等
ア 被告は、平成21年10月5日の原告の調査員による面談調査に対し、別件事故による本件車両の損傷を修理した工場につき、一旦は「K会社」という名称である旨を述べ、また、左リアのボディを修理し、修理代は「9万8,000円ぐらい」ないし「10万円弱」であった旨を回答したが、その後、当該工場が「L板金かもしれない」と訂正した。さらに、被告は、上記の回答の後、原告の調査員に対し、「サーキットでの事故の請求はしていない。サーキット場での事故であれば保険金請求できないことは知っているし、そのようなことはしない。」、「そのことは平成20年1月3日にPでのMクラブ(オフ会)に出ているので、そのことで証明できる。」旨を述べた。
イ 被告は、原告代理人である高橋達朗弁護士及び三浦謙一郎弁護士(以下「原告代理人ら」という。)作成に係る平成22年8月17日付けの「ご通知書」と題する書面による照会に対し、同月27日付け書面により、①別件事故による本件車両の損傷の修理に関する修理代金見積書等を探したが、既に廃棄していると思うこと、②当該修理を行ったのは「S県d町<地番略>」所在の「F会社」という名称の修理工場であり、担当者は丙川三郎(以下「丙川」という。)であること、③その修理代金が10万円ぐらいであること、④当該修理工場への搬入日時をはっきりと覚えていないが、平成19年12月から平成20年1月初旬であり、修理完了日時も平成19年12月から平成20年1月初め頃であること、⑤修理代金を現金で支払ったことをそれぞれ回答した。
ウ 原告代理人らは、上記イの被告の回答を踏まえ、平成22年11月8日付けの「ご通知書」と題する書面をもって、上記イ②の「d町」はe町の誤りと考えられるが、同町に<地番略>という地番の土地の存在を確認することができず、また、当該地番の付近の地番の地域に「F会社」という名称の修理工場の存在も確認することができなかったこと、「K会社」又は「L板金」という名称の修理工場の存在も確認することができなかったことを指摘した上で、再度の照会を行った。これに対し、被告は、同年12月1日付け書面により、①別件事故による損傷の修理を「F会社」という名称の修理工場で行ったことは間違いないこと、②「F会社」の所在地がe町<地番略>であること、③「K会社」という名称の修理工場とは連絡がつかず、閉社していると思うこと、④「L板金」とは、「N会社」ないし「L板金工業所」のことであり、以前に塗装を行ったと思うが、本件とは関係がなく、原告の調査員の対応が大変失礼なので教えたくないし、対応してほしくないこと、⑤3つの修理工場名を挙げたのは、被告が複数の車両を所有しており、別件事故による損傷の修理を行った修理工場がどこであったか覚えていなかったので、可能性のある修理工場名を挙げたにすぎないこと、⑥平成20年1月3日のPでのオフ会に参加したかどうかも定かではなく、原告の調査員に対しては、参加したかもしれないと言っただけであり、上記オフ会の詳細については、原告の対応が大変失礼なので教えたくないことをそれぞれ回答した。
エ 丙川は、原告からの照会に対し、平成24年1月4日付けの「損傷状況照会兼回答書」と題する書面により、①別件事故による本件車両の損傷を自らが修理したこと、②修理箇所は左フロントフェンダー部及び左リアフェンダー部であるが、その際には上記(4)の本件車両の損傷は生じていなかったこと、③修理金額が17万円から18万円ぐらいであること、④被告が本件車両を自走して修理工場に搬入したことをそれぞれ回答した。
オ 丙川は、その証人尋問において、別件事故による本件車両の損傷の修理費用が17万円から18万円ぐらいで、その支払を現金で受領しており、領収書を発行したと思うこと、被告から領収書の再発行を求められたことはないことを証言している。
カ 被告は、その本人尋問において、①上記アの面談調査の際に修理を「K会社」で行ったと述べたことはなく、見積りを取ったと述べたにすぎないし、修理を行った業者は言いたくないと言ったこと、②「K会社」からは、修理はできないということで、見積りが出なかったこと、③「L板金」からも見積書は受領しておらず、口頭で50万円と言われたこと、④原告の対応が失礼であったので、最初は「F会社」の名前を出さなかったが、最終的に「F会社」の名前を出したのは、裁判になるかもしれないので言わないといけないと思ったからであること、⑤修理代金は10万円ぐらいだったと思ったが、左リアが10万円で、左フロントが7、8万円であり、最初に10万円を支払って、残りは後で支払ったのかもしれないが、覚えていないこと、⑥庚山の証言が多分間違っており、修理代は10万円ぐらいであると記憶していること、⑦平成20年1月13日のPでのオフ会に行ったかどうかは覚えていないことを供述している。
キ 被告は、上記カの本人尋問を実施した第2回口頭弁論期日(平成26年9月9日)の後、第3回口頭弁論期日(同年11月18日)において、庚山から受け取ったとする平成19年12月9日付け領収証(「エスプリBP内金」として10万5,000円を領収した旨の内容となっている。」及び同月24日付け領収証(「エスプリBP代」として7万円を領収した旨の内容となっている。)を証拠(略)として提出している。当該領収書は、いずれも、Q株式会社が販売するカーボン複写式の領収証用紙(品番略)を使用して作成されたものであるが、原告代理人において同社に確認したところ、当該品番の領収証用紙が販売されていたのは、昭和55年から平成元年までの間及び平成22年以降であり、平成2年から平成21年までの間に販売されていた領収証用紙の品番が「(品番略)」であるとの回答であった。
(7) 本件現場付近に勤務する者らの供述
原告従業員が本件現場付近に所在するB会社の従業員から聴取したところ、同社は本件事故当日(土曜日である。)も営業しており、その従業員も同日午前6時30分頃に出勤していたものの、本件事故の状況や事故処理の状況を目撃した者はいない旨を述べている。
(8) 被告による和解金額の提示
被告は、平成23年3月2日、原告代理人らとの面談協議において、原告代理人らから、受領済みの保険金の任意の返還を打診され、その3分の1の金額の金銭を返還する旨を申し出たが、原告が受諾しなかった。(被告本人)
2 上記第二の2の前提事実及び上記1で認定した事実に基づき、争点について検討する。
本件においては、被告は、上記第二の3(1)及び(3)のとおり、本件車両の損害が本件事故により発生したものである旨を主張し、その陳述書及び本人尋問において、これに沿う内容の供述をしている。これに対し、原告は、同(2)のとおり、本件事故の存在自体を否定し、本件車両の損害が別件事故により発生したものである旨を主張している。もっとも、本件事故について、同乗者や目撃者の供述、事故の状況を撮影した物証等は存在しない(別件事故についても、事故の発生の事実自体は当事者間に争いがないものの、別件事故によって本件車両の損害が生じたことについては、その直接の裏付けとなる目撃者の供述や物証等は存在しない。)。
そこで、まず、上記1(4)で認定した本件車両の損傷の状況と被告が主張し、供述する本件事故の態様とが整合するものであるかどうかについて検討し(下記3)た上で、次に、その他の事情をも踏まえ、被告の上記供述の信用性について検討する(下記4)こととする。
3 本件車両の損傷の状況と本件事故の態様との整合性について
(1) 上記第二の3(1)の被告が主張する本件事故の態様によれば、本件車両が本件現場の側溝を通過し、及びガードレール等と接触し、又は衝突したとすれば、本件車両が前進する状態で通過し、及び接触し、又は衝突したものと考えるほかない。そうすると、本件車両がその後方からの力を受けることは考え難いものの、上記1(4)イで認定した本件車両の損傷は、その内容に鑑みると、フロントバンパー左角部の破断及び亀裂(同(ア)a)を除くと、そのほとんどが後方からの入力により生じたものと推認することができるものである。
この点に関し、被告は、フロントバンパー左角部の損傷は、本件車両の左前角部分が本件現場のガードレールに衝突し、その衝撃でフロントバンパーに割損と亀裂が生じ、固定されていたフロントバンパー左部分が外れた結果、レンズの前にフロントバンパーが飛び出すような状態となったものであり、後方から前方への入力があったものではない旨を主張する。しかしながら、当該フロントバンパーの割損及び亀裂によってフロントバンパーが前方に外れてしまうということは、その発生機序として合理的なものとは考え難いから、被告の当該主張を採用することはできない。
したがって、上記認定の後方からの入力により生じた本件車両の損傷は、被告の主張する本件事故の態様とは整合しないものというほかない。
(2) 上記1(3)ウ及びエで認定したとおり、本件現場のガードレールには、青色塗料の付着やタイヤとの接触痕がみられたほかは、目立った損傷は認められないのであって、このことは、本件車両と当該ガードレールが接触し、又は衝突したということ自体と整合しないものである。また、そもそも、上記1(3)ウで認定したとおり、当該ガードレールのビーム部は地上高約45センチメートルから約80センチメートルまでに位置しているのであって、同(4)イで認定した本件車両の損傷部位の高さが地上高30センチメートルから生じていることからすると、この損傷が当該ガードレールから生じたものと考えることも困難といわざるを得ない。
この点に関し、被告は、①本件車両の車体の材質はFRP(繊維強化プラスチック)であり、接触対象物の損傷は極めて軽微なものとなるから、本件現場のガードレールに対する損傷が軽微であることをもって、本件車両と当該ガードレールが接触した事実を否定することはできないし、②本件車両の損傷は、本件車両の左前輪及び左後輪が本件現場の蓋の外れた側溝に落ちた際に本件車両が側溝の蓋に乗り上げるような形となり、又は本件車両が側溝の上を走行した際に15㌢㍍程度の激しい上下動が生じたことにより、生成された可能性がある旨を主張する。しかしながら、本件車両の車体がFRP製であることを勘案したとしても、本件現場のガードレールに目立った損傷が生じていないことを合理的に根拠付けるものとは解し難いから、被告の上記①の主張は、採用することができない。また、本件現場の側溝及びその蓋の状況は上記1(3)イで認定したとおりであるところ、証拠(略)によれば、本件車両のタイヤの幅は約29.5センチメートルであると認められるから、仮に、被告が主張するように本件現場の側溝の蓋が外れていたとしても、本件車両のタイヤが側溝に深く落ち込むということはないものと推認することができる(被告自身も、本人尋問において、このことを自認する旨の供述をしている。)のであり、本件車両の左前輪及び左後輪が側溝に落ちたとは考えられない。また、その他本件現場の状況からしても、被告が主張するような激しい上下動が生ずるものとは、到底考えられない(なお、被告は、本人尋問において、原告代理人からの反対尋問に対して答える中で、突如として、側溝の蓋が路面から7センチメートル程度浮き上がっていたとか、高さ約10センチメートルのブロックがあり、それに乗り上げたなどと供述するに至っているが、その供述に至る経過に照らし、到底採用することはできない。)。したがって、被告の上記②の主張も、採用することができない。
(3) 上記1(4)イ(イ)aで認定した本件車両の左後部のハブハウジング部分及びハブ部分の割損は、その内容に照らし、これらの部分に極めて大きな荷重が加わったことにより生じたものと推認することができる。しかしながら、本件全証拠を精査しても、本件現場のガードレール、側溝、側溝の蓋等について、このような荷重が加わったことをうかがわせるような形跡は、全く認められない。
この点に関し、被告は、本件車両のハブの材質がアルミニウムである旨を主張するが、そうであったとしても、被告が主張し、又は供述する程度の衝撃(被告の主張する本件車両をレッカー車に引き揚げるための牽引作業の際の衝撃を含む。)によってハブが損傷してしまうというのであれば、本件車両は、到底、車両としての使用に耐えないものというほかないから、被告の当該主張を採用することはできない。
(4) 上記(1)から(3)までにおいて説示するとおり、本件車両の損傷の状況は、後方からの入力により生じたものがほとんどであって、本件事故の態様とは整合せず、また、当該損傷の部位(高さ)やハブハウジング部分等の損傷も、本件現場の状況によっては説明することができないものである。
これに対し、当該損傷が別件事故によって生じたものと考えれば、その状況は、全て合理的なものとして是認することができるものであると考えられる(工学鑑定の専門家である証人辛田六郎は、別件事故の具体的な態様について、本件車両がスリップし、時計回りにスピン回転しながら、その左前部が進行方向右側のガードレールに衝突したことにより、左前方からの力を受けてフロントバンパーの左角部の割損が生ずるとともに、衝突部位を中心として車体が右方向に回転した際、後方からの力を受けてフロントバンパーがレンズの前方に移動し、その後、本件車両が更に時計回りにスピン回転しながら後退し、左後部がガードレールに衝突したことにより、本件車両の左後部の損傷が生じたものと考えられる旨の内容の鑑定書及び意見書を提出し、同旨の内容をその証人尋問において証言している。これらの鑑定書、意見書及び証言の内容は、特段、不合理な点は存在しないし、本件車両の損傷の状況や上記1(1)エで認定した別件事故に係る事故記録の記載とも合致するものであるから、別件事故の態様は、当該内容に沿ったものであったものであると推認することができる。)。
この点に関し、被告は、①別件事故の態様からは、本件車両の左後部に極めて大きな荷重が加わるという状況にはなく(むしろ、車体が跳ね上がり、上下動により大きな衝撃を受けるのは、本件車両の右側である。)、後方下側から突き上げるように相手物体と衝突する状況でもないこと、②別件事故において本件車両の左リアのハブ部分が完全に割損するような損傷が生じたとすれば、左リアのバンパー及びフェンダーは大破し、また、ガードレールにも大きな損傷が認められるはずであるのに、本件車両の左後部にそのような大きな損傷は見当たらない上、別件事故によるCレース場のガードレールの修理費用は2万8,000円であり、極めて軽微な損傷しか生じていないこと、③Cレース場のガードレールは、形状が凸凹であり、地上高約34センチメートルから約43センチメートルまでの部分と地上高約50センチメートルから約64センチメートルまでの部分は凹部となっているのであるから、別件事故において、本件車両の上記の高さに対応する部分には損傷が生じないはずであることを主張する。
しかしながら、被告の主張する別件事故の態様(第二の3(3)イ(ア))は、これに沿う内容の供述を被告自身がしているというだけで、客観的な裏付けを欠くものであるから、被告の上記①の主張は、採用することができない。また、別件事故は、自動車レース場において、雨天の高速走行中に発生したものであり、上記認定の別件事故の態様からすれば、本件車両の左後部がガードレールと衝突した際、左リアサスペンション部分に極めて大きな衝撃が加わったとしても何ら不自然ではないし、他方において、当然のことながら、Cレース場のガードレールは、一般公道におけるガードレールとは異なり、強固な構造である(上記1(1)イの認定事実)から、ガードレールの損傷が軽微であることも、何ら不自然なことではないということができる。したがって、被告の上記②の主張も、採用することができない。さらに、上記認定の別件事故の態様からすれば、本件車両がガードレールに衝突する際に激しく上下動したことは、容易に推認することができるのであって、本件車両の静止時における損傷の部位とガードレールの凸部の位置の高さにそごが生じたとしても、何ら不合理なものではないから、被告の上記③の主張も、採用することができない。
(5) 以上のとおり、本件車両の損傷の状況は、本件事故の態様との整合性を欠くものといわざるを得ず、かえって、証拠により認定することのできる別件事故の態様と整合するものというべきである。
4 その他の事情をも踏まえた被告の供述の信用性について
上記3で検討したとおり、被告の供述する本件事故の態様が本件車両の損傷の状況と整合しないことに加え、本件事故の発生時刻や別件事故による本件車両の損傷の修理の依頼先、修理代金の額に関する被告の供述が合理的な理由なく変遷しており、しかも、被告が証拠として提出した領収証が後日作成されたものであることがうかがわれること(上記1(2)及び(6)の認定事実)、本件現場付近に所在する事業所の従業員に本件事故の状況や事故処理の状況を目撃した者も全くいないこと(上記1(7)の認定事実)、被告が原告代理人らとの面談協議において、受領済みの保険金額の3分の1を返還する旨を申し出ていること(上記1(8)の認定事実)、さらに、被告がその本人尋問において本件事故の態様について場当たり的な供述に終始していることなどの諸事情を踏まえると、保険金支払の対象となった本件車両の損傷が本件事故により発生したとの被告の供述は、採用することができない。
なお、上記1(6)エ及びオのとおり、証人丙川は、別件事故の修理を自らが行っており、その際には上記1(4)で認定した本件車両の損傷は生じていなかった旨を述べている。しかしながら、その証言の内容は、業として自動車修理を行っているにもかかわらず、修理に際しての写真等を何ら残さなかったというのであり、不合理といわざるを得ないものであるし、また、別件事故と同じイベントに参加していたことを原告代理人から指摘を受けるまで隠しているなど、その供述態度には問題があることからすれば、上記の供述を採用することは、困難である。
また、被告は、本件車両が別件事故によって走行不能になったのであれば、本件車両が本件事故の当時に本件現場に存在していたことの説明がつかない旨を主張しているが、走行不能となった車両を移動させる方法が種々考えられることは明らかであるから、当該主張を採用することもできない。
5 そうすると、本件事故が発生し、本件保険契約に基づく保険金の支払の対象となった本件車両の損害が本件事故により発生したものとは認めることができず、むしろ、当該損害は、本件保険契約において免責の対象となる別件事故によって発生したものというべきである。
したがって、被告は、法律上の原因なく、原告から受領した保険金相当額の利得を得たものであるから、原告に対し、同額の金銭を不当利得として返還すべき義務を負う(民法(明治29年法律第89号)第703条)。
第四 結論
以上によれば、原告の請求は、理由がある。
よって、原告の請求を認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法(平成8年法律第109号)第61条を、仮執行の宣言につき同法第259条第1項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
なお、仮執行の免脱の宣言については、相当でないから、これを付さない。
(口頭弁論終結日 平成26年11月18日)
東京地方裁判所民事第26部
裁判長裁判官 江原健志
裁判官 川崎聡子
裁判官 齊藤隆広