タクシーの釣り銭袋を取ろうとして、誤って運転席ドアを開け原告自動二輪車衝突は予測し得ない原告に過失はないとした事案について
【判決の要旨】
自動二輪車が、信号待ち停車中のタクシーの右側を通過しようとした際、タクシーの運転席ドアが開いて衝突した事案で、タクシー運転手は釣銭を取ろうとして誤ってドアが開いたこと、ハザードランプも点灯していなかったこと、信号待ち停車で運転席ドアが開くことは予測し得ない事態であったことから、自動二輪車の過失はなしとした。
神戸地裁 平成23年1月12日判決
事件番号 平成21年(ワ)第2946号 損害賠償請求事件
<出典> 自保ジャーナル・第1847号
(平成23年6月9日掲載)
判 決
原告 甲野太郎
同訴訟代理人弁護士 赤木文生
同 道上 明
同 伊藤信二
同 井上 篤
同 木村倫太郎
同 中野宗一郎
同 浅利慶太
被告 乙山次郎
被告 C会社
同代表者代表取締役 丙川三郎
上記両名訴訟代理人弁護士 吉村 弦
同 中村 真
同 大島智子
同 松原由尚
【主 文】
1 被告らは、原告に対し、連帯して、408万5,217円及びこれに対する平成18年11月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを5分し、その3を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
【事実及び理由】
第一 請求
被告らは、原告に対し、連帯して、656万8,401円及びこれに対する平成18年11月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、原告が、その所有する普通自動二輪車(以下「原告二輪車」という。)を運転して、進路前方に停止する被告乙山の運転する被告C会社(以下「被告会社」という。)所有のタクシー(以下「被告タクシー」という。)の右側方を通過しようとした際、乙山が被告タクシーの運転席ドアを開いたところに衝突して負傷した交通事故(以下「本件事故」という。)について、乙山に対しては民法709条に基づき、被告会社に対しては自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条に基づき、本件事故により被った損害の賠償及び本件事故日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提となる事実(当事者間に争いがないか、あるいは、弁論の全趣旨によって容易に認定することができる。)
(1) 本件交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
ア 日 時 平成18年11月20日午後6時20分ころ
イ 場 所 神戸市<地番略>先路上(以下「本件事故現場」という。)
ウ 事故車両① 普通自動二輪車(ナンバー略。原告二輪車) 上記運転者 原告
エ 事故車両② 事業用普通乗用自動車(ナンバー略。被告タクシー) 上記運転者 乙山次郎 上記保有者 被告会社
オ 事故態様 原告は、本件事故当時、原告二輪車を運転して事故現場近くに差しかかったが、前方に停止していた被告タクシーの右側方を通過して本件交差点を右折しようと進出しようとしたところ、被告タクシーの運転席ドアが開いたため、原告二輪車のハンドルを握っていた左手がその運転席ドアに挟まれる状態で被告タクシーに衝突した。
(2) 被告らの責任原因
ア 乙山の責任
乙山は、その注意義務に違反して、被告タクシーの運転席ドアを開いて本件事故に至らしめた過失があることから、本件事故により原告が被った損害について、民法709条に基づく損害賠償責任を負う。
イ 被告会社の責任
被告会社は、本件事故発生当時、自己のために被告タクシーを運行の用に供していたのであるから、自賠法3条に基づき、本件事故により原告が被った損害を賠償する責任を負う。
(3) 原告の受傷及び治療経過
原告は、本件事故により、左足背・環指挫創、左小指基節骨骨折の傷害を負い、平成18年11月20日から平成19年5月15日まで、E病院に通院し(実通院日数15日)、治療を受けた。
(4) 原告は、平成19年5月15日、本件事故による傷病の後遺障害として、左小指基節骨骨折後の左小指の可動域制限や痛み等が残存し、症状固定したところ、上記後遺障害は、自賠法施行令別表第二後遺障害等級併合第14級に相当するものというべきである。
(5) 損害のてん補
ア 原告は、本件事故による原告の損害(治療費等相当額)のてん補として、被告会社から、24万6,510円の支払を受けた。
イ 原告は、自賠責保険から、自賠責保険金として105万6,130円の支払を受けた。
2 争点
本件の争点は、(1) 本件事故の態様及び過失割合、(2) 原告の損害額(素因減額)であり、争点に対する当事者の主張は以下のとおりである。
(1) 本件事故の態様及び過失割合
(被告らの主張)
本件事故発生場所は、黄色の中央線(追い越しのためのはみ出し禁止)が引かれた片側1車線の南北対面通行道路の南行き車線であり、d線との交差点のすぐ北側の部分である。本件事故は、上記交差点で信号待ちのために原告車両の前方及び後方に数台の車両が停止していたところ、原告が、右折するために、被告タクシーの後方約17メートルの地点から、停止車両の右側方をすり抜けて前方に出ようとした際に発生した。原告は、停止している車列の側方と中央線との間を通行するのに十分な幅がなかったにもかかわらず、無理に側方を通行し、十分に停止車両との距離を開けることなく進行したのであるから、本件事故発生には、原告にも相応の過失があるといわざるを得ない。そして、本件事故当時、原告二輪車が被告タクシーの車体のすぐ直近を走行していたため、はずみでやや開いたのみであった被告タクシーのドア後端部分に接触した。
「運転免許技能試験に係る採点基準の運用について」(平成11年11月1日付警察丁丙発第100号)においては、「側方等間隔不保持」とし「(1)移動物又は人が乗車していることが予想される駐停車車両などの可動物と、おおむね1メートル以上の間隔を保たず又は保とうとしないとき。」を減点の対象としており、これを受けて普通免許取得時の検定においても、駐車車両、停車車両の側方通過時に少なくとも1メートルの側方間隔を保持しなければならないものと指導されている(なお、同通達では「人が乗車していないことが明らかな駐車車両などの不動物」の場合は「0.5メートル以上の間隔」が要求されている。)。これは、人が乗車していないことが明らかである車両を除き、一般的に駐停車車両については、何らかの事情でドアが開いたり、右側に進路変更を行う可能性があると考えられるためである。ところが、原告はこのような側方間隔保持を怠ったまま無理に被告タクシーの右側直近をすり抜けようとして開扉されたドアに接触しているのであり、原告には、被告タクシーの追越しに際しこれと安全な側方間隔を保持すべき注意義務を怠った過失が存在する。原告は、本件事故当時、センターラインと車列との間には、1メートル程度の幅があり、センターラインを超えて走行しなかったと述べるが、仮に、原告が述べるとおりであれば、原動機付き自動二輪車の車体の幅は80センチメートル程度であるから、原告車両と停止車両との間隔はわずか20センチ程度しかなかったこととなる。このように、側方間隔がわずかしかないのに、その直近を通過して前方に出ることは極めて危険な運転行為であるから、車列の後方で信号が変わるのを待つべきであったことはいうまでもない。
(原告の主張)
本件事故は、原告二輪車が、被告タクシーのそばを通過しようとしていたときに発生したものである。本件事故現場は、片側1車線の道路であるので、第2、第3車線は存在しないが、被告タクシーが停車していたのは、「道路左側」ではなく、車線内の右寄りの部分であったから、「単車の運転手が四輪車のドアが開けられることを予測することはより困難」という事情があった。また、本件事故当時、被告タクシーは、「ハザードランプ等合図なし」の状態であったし、乙山は、「直前ドア開放」を行ったものである。これに対し、原告に不利となる修正要素は見当たらない。信号待ちのため車線中央付近で停止中のタクシーについて、客の乗降のために左側ドアが開くことは予想されても、運転席ドアが開くことは予想の範囲を超えるものである。実際、乙山は、ドアを開けようとしていたものではなく、釣銭入れのひもがドアノブの内側に入り込んでいたため、このひもを引っ張ったとき、意図せずに運転席ドアが開いて
しまったものである。原告は、もともとゆっくりとした速度で被告タクシーの横を通過しようとしていたものであるが、その際、運転席ドアが開くことまで予期して注意せよというのは、原告に対して過度な要求であるといえる。したがって、原告には、この注意義務違反は認められない。
被告らが主張する運転免許技能試験の採点基準は、あくまで運転の上手さを審査する技能試験の採点基準であって、道路交通法等で定められた車両運転者の義務の内容をあらわすものではない。また、そもそも上記の採点基準においても、停車車両の側方を通過しようとするときは常に1㍍以上の間隔が必要だとされているわけではなく、この間隔を保つことができないときは徐行すればよいとされているものである。
(2) 本件事故による原告の損害額
(原告の主張)
ア 通院等交通費 5万1,680円
原告は、本件事故により、左足を負傷して車の運転ができなくなった。自賠責保険で認定された通院費は8,230円であるところ、これ以外にタクシー代4万3,450円が発生している。原告が通院に要したタクシー費用8,230円はすべて自賠責保険から支払われた。原告は、原告二輪車を利用して開店準備を行っていたが、本件事故で左足を負傷し、これに乗ることができなくなったので、自宅と店の往復などにもタクシーを利用していた。このように平成18年11月23日から同年12月30日まで、通院以外の用件で利用したタクシー代が合計4万3,450円ということになる。
原告が請求しているタクシー代は、同年11月23日から同年12月30日までのものであるところ、この時期には骨折部が癒合していなかったことはもちろん、癒合組織が生じてさえもいなかったから、ハンドルを強く握る必要がある自動二輪車の運転をすることはできなかったものである。原告は、開店後においても、市場や商店街で可能な仕入れをしたり、店に顔を出したりするため、タクシーを利用する必要があったことはいうまでもない。
イ 文書料 900円
交通事故証明書の交付費用600円と、被害者請求時に必要であった印鑑証明書の交付費用300円の合計額である。
ウ 代替労働関係費 307万7,110円
(ア) 代替労働者の給与 289万円
原告は、平成18年11月22日に飲食店(F店)の営業を開始することとしていたが、本件事故により左手を骨折したことから、同店での調理を行うことができなくなった。そこで、かつての原告の従業員であった丁山を長崎より招聘し、自分の代わりに調理にあたらせた。平成18年12月から平成19年9月までの間、原告は、丁山に対し、給与合計289万円を支払った。
原告は、平成18年11月22日に「F店」を開店すべく準備を進めていた。具体的には、原告自ら、同年10月から神戸市a区にあるHの店舗を賃借し、448万円をかけて内装工事を行った上、店舗で使用する電話の回線工事も行った。また、原告は、万一食中毒等の事故が発生した場合に備えて、開店当初からA保険会社の期間1年間の事業総合保険に加入し、平成19年11月にはこの保険をもう1年間更新した。さらに、原告は、平成18年12月、丁山が長崎県から来てくれた際、同人の当面の住居としてウイークリーマンションを用意するとともに、その後の住まいとなる賃貸住宅も賃借した。原告がF店の経営主体である。
原告が長崎から丁山を呼び寄せたのは、自分が左手と左足を負傷し調理ができない状況下において、調理を任せることができたのは、かつて雇用していた丁山だけだったからである。他方、五郎には調理経験がなかったし、調理師紹介所等から派遣される調理師では腕前にばらつきがある上、月額35万円から40万円の給与や、これと別途の紹介料(月額給与の51%程度)も必要であったため、これらの者に調理を任せることはできなかった。したがって、原告が負傷した自分のかわりに丁山を長崎から呼び寄せ、同人に月額32万円の給与を支払っていたことには必要性と合理性が十分に認められるので、本件事故と同人への給与支払との間には、相当因果関係が認められる。
丁山は、平成18年当時、長崎県で自分の料理店を出そうという計画を進めていたが、原告が無理を言ってF店の仕事を引き受けてもらった。このために、原告の長男が長崎県まで頼みに行くこと、丁山の来神ための交通費を負担すること、同人の当面の住まいや通勤のための自転車を用意することは、いずれも当然であったといえるから、本件事故とこれらの費用との間にも、因果関係が容易に認められるというべきである。
原告は、平成19年3月においても単独での調理はできなかった。原告は、左手指の骨折が完治しない間は、調理をすることができなかった。また、平成19年5月5日のカルテに、重い鍋をもったときや、皿を洗ったときに痛みがあるとの訴えが記載されているが、これは、同年5月時点において、原告が調理を行える状態になかったことを意味する。原告は、平成19年5月15日に症状固定の診断を受けているが、同日に治癒した訳ではなく、左手には後遺障害が残存していたから、症状固定日を迎えたからといって、急に仕事に完全復帰できる状態にあった訳ではない。
丁山に上記金額の給与支払をしたという原告の供述や、原告が作成した給与支払明細書の内容には何ら不自然さはなく、丁山も、上記明細書どおり給与支払いを受けたことが間違いないことを確認している。その支払は十分可能であったし、実際にもその給与の支払いが行われてきた。
(イ) 原告の長男の長崎への交通費・宿泊費 3万7,250円
原告の長男は、丁山に会うため事前に長崎へ行った。その際の新幹線料金2万5,800円、JR料金4,940円、ホテル宿泊料5,800円、タクシー料金710円の合計である。
(ウ) 丁山の交通費 4万820円
丁山の長崎・b市の往復航空券代3万9,800円と空港からのバス代1,020円の合計である。
(エ) 丁山のマンション代 10万4,240円
丁山は、平成18年12月2日から平成19年1月5日まで、当面の住まいとしてウイークリーマンションに居住していたが、その賃貸料である。
(オ) 丁山の自転車代 4,800円
丁山の通勤に必要であった自転車の整備代である。
(カ) 以上小計 307万7,110円
エ 傷害慰謝料 107万円
原告は、本件事故により、左足背・環指挫創、左小指基節骨骨折の傷害を負い、平成18年11月20日から平成19年5月15日まで約6ヶ月間の通院を余儀なくされた。同人の傷病は骨折を伴うものであり軽症ではないことから、慰謝料額は上記金額が相当である。
オ その他の損害(食材の購入費用) 10万5,058円
原告は、平成18年11月22日に飲食店(F店)の営業を開始する予定で、食材を購入して準備に取り掛かっていた。このうち生鮮品など本件事故のために無駄になった食材の購入費用は、次のとおり、合計10万5,058円となる。
(ア) J店での食肉の購入費 1万6,490円
(イ) K店での野菜などの購入費 8,289円
(ウ) L店での豆腐の購入費 600円
(エ) M店での漬物の購入費 4,000円
(オ) Nでの富有柿の購入費 2,835円
(カ) O水産でのタコ、あん肝購入費 4,441円
(キ) O水産でのシシャモ購入費 2,625円
(ク) Pでの干物、調味料、珍味等購入費 5万1,775円
(ケ) K店での野菜などの購入費 1,658円
(コ) K店での野菜などの購入費 350円
(サ) Qでの鶏肉購入費 3,070円
(シ) Pでの干物、調味料、珍味等購入費 8,925円
(ス) 合計 10万5,058円
カ 後遺障害逸失利益 152万9,783円
原告には、左小指の可動域制限を内容とする後遺障害が残存することから、後遺障害等級14級に相当する後遺障害が認定された。原告の将来の逸失利益については、本件事故前の営業収入を基準にできないことから、賃金センサスによる64歳男性の平均賃金をもとに算定した。
原告のF店において、平成18年12月のオープンから、ほぼ毎月200万円を超える売上があったことは、証拠(略)の売上実績のとおりである。原告は、その売上の中から、毎月35万円程度を生活費として費消していることを供述したが、この金額くらいの生活費であれば相当な金額であるということができる。そうだとすると、年間では420万円程度となるので、原告に賃金センサスによる430万円程度の収入があることは確実視できるといってよい。したがって、本件では、この賃金センサスの金額を基礎収入とすることに問題はない。むしろ、神戸の中心で和食の店(証拠(略)のとおり、R等の芸能人もよく訪れる優良店である。)を経営している原告について、給与所得者の平均的給与をもとにした賃金センサスを適用すると、現実の収入よりもかなり低い収入が認定されることになる。
原告の後遺障害認定の理由としては、左手で重量物をもつとき小指に痛みが生じることや、左小指の関節には完全強直とまではいえないまでも可動域制限があることも考慮されている。原告に14級の後遺障害の存在が認定され、上記の症状が現に認められていることに照らすと、その労働能力喪失率を5%以下と考える理由はない。
計算式 430万4,400円×0.05×7.108(64歳のライプニッツ係数)=152万9,783円
キ 後遺障害慰謝料 120万円
原告に14級に相当する後遺障害が残存することは前記のとおりであるところ、原告の後遺障害慰謝料は上記金額が相当である。
ク 素因減額について
被告らは、原告が腰椎変形性脊椎症の診断を受けていることから、減額が必要であると主張するが、原告は、この傷病を原因とする損害を訴求しているものではない。左足のしびれは、左足の受傷部にみられるものであって、腰椎変形性脊椎症に起因するものではない。
ケ 合計 703万4,531円
コ 損害のてん補 105万6,130円
サ 小計 597万8,401円
シ 弁護士費用 59万円
ス 総合計 656万8,401円セ よって、原告は、被告らに対し、連帯して、不法行為又は自賠法3条に基づく損害賠償請求権として、656万8,401円及びこれに対する本件事故日である平成18年11月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告らの主張)
原告の主張は、不知ないし争う。
ア 治療費について
原告は、遅くとも平成19年4月26日までには症状が固定しており、以降の治療については本件事故との必要性及び相当性がない。その余は、てん補済みである。
イ 通院等交通費について
原告の受傷部位は、左足挫創及び左小指の骨折に過ぎないことからすれば、自動二輪車の運転に必要不可欠な部位に受傷はなく、本件事故直後においても、自動二輪車の運転が困難であるとまでは考えられない。原告の左手の小指及び薬指はシーネを装着しているものの、他の指は自由に可動することが可能であるから、ハンドル操作が困難であるとは考えられない。以上からすれば、通院及び通院以外におけるタクシー利用の必要はいずれもなかった。
原告の受傷部位のうち、左足挫創及び環指挫創については、平成18年12月3日に抜糸し、同月14日には治療を終了している。したがって、遅くとも抜糸をした平成18年12月3日以降は、歩行が困難な事情は全く存在せず、公共交通機関の利用が可能である。また、仮に、左手小指の骨折によりハンドル操作が困難であったとしても、左小指基節骨々折についての上記治療経過に照らせば、平成18年12月21日にシーネ(副木)がはずされ、以降は関節を積極的に動かすよう指示されている以上少なくとも同月22日以降は左小指も含めたすべての指を使用してハンドル操作を行うことが可能であった。
また、鍋や食器を自動二輪車で運ぶこと自体困難であり、仮に小指の骨折がなかったとしても、宅配便やレンタカー、引越業者等の利用によって運搬するのが通常であるから、原告の上記主張は極めて不合理である。以上からすれば、通院以外にタクシーを利用せざるを得ない特別の事情はない以上、原告主張の「通院以外のタクシー利用代」金4万3,450円は本件事故との因果関係を欠く。
ウ 文書料について
交通事故証明書の交付費用金600円については不知、印鑑登録証明書交付費用金300円については認める。
エ 代替労働関係費について
原告は、丁山に対し毎月32万円の給与を支払っていたと主張し、その証拠として手書きの給料支払明細書(控)を提出するが、給料支払明細書(控)は、基本給以外の項目に記載が全くなく、極めて不自然であるから信用できない。そのうえ、実際に
毎月金32万円もの現金の授受を裏付ける客観的証拠は一切ない。
また、原告が、丁山に対し、月額32万円の給与を支給することは、F店の売上、仕入や人件費等の経費などを考慮すると、不可能であるといわざるを得ない。
仮に、本件事故当時、原告がF店を営業していたとしても、例えば、神戸市内に住む他の者や、原告の息子である五郎などに依頼すれば足りるのであるから、あえて長崎在住の丁山を神戸市に呼び寄せる必要はなかった。したがって、丁山を呼び寄せるために、原告の長男が長崎へ行った交通費、宿泊費、及び丁山の交通費、ウイークリーマンション代、通勤に必要な自転車の整備費用などと本件事故との間に、相当因果関係が存在しないことは明らかである。
原告は、本件事故による傷害のため、丁山を長崎から呼び寄せて、原告の代わりにF店での調理を担当させたと主張するが、原告は、「S」を約26年間にわたり営業し、常時2、3人で調理師を雇っていたと述べており、このことからすれば、知り合
いの調理師の紹介などにより神戸市内在住の調理師を探すことは十分可能であったといえる。原告は、調理師何人かに電話をしたことはあると述べるのみであり、積極的に神戸市在住の調理師を探した事実は全くうかがわれない。よって、代替労働関係費のうち、長男の長崎への交通費・宿泊費、丁山の長崎・c市間の交通費、丁山のマンション代については、原告が損害を拡大したものであるから、被告は損害賠償の責任を負わない。そして、前記のとおり、丁山以外の者による代替労働が不可能であったとの事情が何らうかがわれない本件においては、原告の主張する上記代替労働関係費は本件事故との因果関係を欠くというべきである。
また、原告の治療経過等からすると、遅くとも平成19年3月以降は単独で調理が可能であったと言わざるを得ない。原告の後遺障害診断書には、症状固定日は平成19年5月15日と記載され、治療は中断されている。したがって、同日以降、代替労働の必要性・相当性がないことは明らかである。以上より、遅くとも平成19年3月以降は代替労働自体の必要性及び相当性を欠き、本件事故との相当因果関係がないことは明らかである。
仮に、本件事故による受傷のため、代替労働の必要があったとしても、平成19年賃金センサス(企業規模計・飲食店・男性・学歴計)によれば、飲食業の所定内平均給与額は月額金27万4,300円となっていることから、かかる金額により代替労働の調達が可能であり、これを超える支払部分については原告が損害を拡大させたものである。よって、少なくとも月額金27万4,300円を超える部分については、損害額から控除するべきである。
オ 傷害慰謝料について
争う。原告の通院実日数は15日に留まっていることから、その傷害慰謝料として相当な額は49万円を上回ることはない。原告の主張する慰謝料額は過大である。
カ 食材の購入費用の損害について
原告が食材を購入したのはF店のオープン予定日(平成18年11月22日)の4日前の同月18日であった。肉・魚類の鮮度は日々劣化するため、オープン4日前に購入したことは、最初から冷凍保存を前提としていたことは明らかである。また、野菜類についても、根菜類等は比較的日持ちがするものである。さらに、干物や珍味、調味料などは明らかに長期保存が可能である。以上からすれば、少なくとも、肉・魚類、干物、珍味、調味料については長期の保存が可能であるため損害から除外されるべきであり、また野菜類のうち3割程度は保存可能な食材であったと考えられるから損害から除外されるべきである。
キ 後遺障害慰謝料について
本件事故による後遺障害慰謝料は、原告の後遺障害が、左小指の可動域制限にすぎず、重量物を持った際に痛みが生じる程度にすぎないことなどからすれば、110万円を上回らないというべきである。
ク 後遺障害逸失利益について
(ア) 基礎収入額
原告は、後遺障害逸失利益の算定にあたり、賃金センサス(平成18年男性・学歴計)の64歳の平均賃金430万4,400円を基礎収入として、後遺障害逸失利益を算定している。本来、後遺障害逸失利益は被害者の実際の収入額を基準として算定すべきである。原告が後遺障害逸失利益を算出する基準とした64歳男性の平均賃金を、原告が得られる蓋然性があると言うことはできない。原告の基礎収入は、多くても年300万円を超えるものとは考えられず、少なくとも、平均賃金から3割程度は減額すべきである。
(イ) 労働能力喪失率
原告の後遺障害が左小指基骨々折を原因とする可動域制限にすぎず、また重量物を持った際に痛みが生じる程度にすぎないこと、「F店」の営業は五郎名義となっていることからすれば、労働能力喪失率が5%に達しているということはできない。左小指の屈伸等の運動に障害はないこと、後遺障害の程度もわずかであること、左小指が調理をする上で、重要な役割を持っていないことに照らせば、ほとんど労働能力を喪失していないといわざるを得ない。したがって、労働能力喪失率は3%程度を超える
ことはない。
(ウ) 労働能力喪失期間
労働能力喪失期間も、特別の事情が存在しない限り、症状固定日の年齢から満67歳までの年数を用いるべきであり、上記喪失期間は長きに失する。また、原告の主張する後遺障害が神経症状の場合は、年を経ることにより症状が緩和・緩解していくことが通常であることから、裁判例上も喪失期間を3年から5年程度に制限するのが一般的である。原告の後遺障害は、左小指基骨々折を原因とする可動域制限であるにすぎず、日常生活上、手指の動作を続けることによって、症状が緩和・緩解し、可動域制限は正常値に近づいていくものと考えられる。したがって、仮に、原告に後遺障害等級14級相当の後遺障害が残存している場合であっても、労働能力喪失期間は3年(ライプニッツ係数:2.7232)を上回らないというべきである。
ケ 素因減額について
原告は、E病院で平成18年11月21日に腰椎部をレントゲン撮影しており(平成19年1月9日付け診療報酬明細書)、同月24日、平成19年1月5日に、腰椎変形性脊椎症との診断を受けた。原告は、平成18年11月27日、同年12月7日、平成19年5月15日と再三にわたり左足のしびれを担当医に訴えており、しびれを改善させるために、平成18年12月14日、同月21日、平成19年1月5日、同月23日、同年3月8日にメチコバール錠を処方されている。腰椎変形性脊椎症は、退行性変化(加齢による変化)により生ずる病変であるから、本件事故が原因となって発生したものであるということはできない。したがって、腰椎変形性脊椎症に対する上記各治療は、本件事故との相当因果関係がない。よって、腰椎変形脊椎症部分について治療がなされていることに照らして、治療費及び傷害慰謝料につき、腰椎変形脊椎症が影響を及ぼしていることは明らかであるから、腰椎変形性脊椎症の治療にかかる部分として、過失相殺の法理に準じて、原告の主張する損害額から少なくとも3割程度減額されるべきである(予備的主張)。
コ 弁護士費用
争う。
第三 当裁判所の判断
1 本件事故の態様及び過失割合について(争点(1))
(1) 前記前提事実(争いのない事実等)、証拠(略)を総合すれば、以下の事実が認められる。
ア 本件現場付近の状況等
本件事故現場の概況は、別紙図面記載のとおりである。本件事故現場は、南北にほぼ直線の片側1車線の道路(以下「本件道路」という。車道は幅員5.3メートルであり、はみ出し禁止の交通規制が行われていた。)であり、見通しは良好である。同所の最高速度は、50キロメートル毎時とされている。なお、本件事故当時の天候は曇りである。
イ 本件事故の状況等
乙山は、本件事故当日、被告タクシーを運転して被告会社の業務に従事しており、本件道路を南に向かって走行していた。そして、本件事故現場に差しかかった地点で信号待ちのために停止した(図面乙の地点。被告タクシーの停止位置は本件道路の中央線から1.1メートル離れた位置であった。)。
原告は、原告二輪車を運転して、本件道路を被告タクシーの後方から南に向かって走行してきたところ、本件事故現場に差しかかったところで、信号待ちで停車している車両が存在したことから、前方の交差点で右折をするために、停車車両の右側方(西側)を時速約10キトメートルの速度で通過して、前方の交差点まで進出しようとした。
これに対し、乙山は、被告タクシーを前記位置に停止した後、釣り銭袋を取ろうとしてそのはずみで運転席側のドアを約50ないし60センチメートル開いてしまった。その際、前記のとおり、被告タクシーの右側方を通過しようとした原告の運転する原告二輪車
の前かごと原告の左足及び左手の小指と薬指が運転席ドアに接触した(図面①の地点)。
(2) 前記認定の本件事故に至る経緯及びその態様に照らすと、乙山は、前方の交差点の手前で信号待ちで被告タクシーを停止したが、その停止位置は本件道路の中央線から1.1メートル離れていたため、自動二輪車等であれば被告タクシーの右側方を通過することが可能な状態であったから、運転席ドアが開放され、自動二輪車等が開いたドアに衝突することを防止すべき注意義務があったのにこれを怠り(被告タクシーの右側方を通過しようとする自動二輪車等があるか否かを確認し、自動二輪車等が開いたドアに衝突するようなことを防止すべき義務)、その注意義務に違反して運転席ドアを開いて本件事故に至らしめた過失があるといわなければならず、乙山は、本件事故により原告が被った損害について、民法709条に基づく損害賠償責任を負う。
また、被告会社は、自賠法3条(但し、物損については民法715条)に基づく損害賠償責任を負う立場にあることは自認しているところ、乙山の無過失の抗弁などは主張していないから、被告会社も、乙山と連帯して、本件事故により原告が被った損害を賠償する責任を免れるものではない。
(3) 過失相殺の当否
被告らは、本件事故について、原告にも過失があったと主張して、過失相殺を求める。そこで検討するに、前記認定の本件事故の態様等に照らすと、原告が本件事故当時に原告二輪車を運転していた速度及びその進行経路については、前記認定のとおりであり(被告タクシーの停止位置は黄色の中央線から1.1メートル離れた場所であった。)、また、被告タクシーが停止したところ、その右側方に空隙があったため、後続二輪車がその間を通過しようとすることはその当否はともかく、追越し禁止の区域において道路交通法にいう追越しに該当する行為をしたということはできないものの、安全性を欠く行為であり、側方間隔が十分でないならば、被告タクシーの後方で待機すべきであったのではないかと指摘することができる。
そこで、原告が原告二輪車を運転して被告タクシーの右側方を通過しようとしたことの当否について検討するに、タクシーが道路の左側に停止すれば、乗客を降ろすことが予想され、そのためにドアが開かれる可能性が高いということはできるが、タクシーが道路において停車中に運転席のドアが開かれることを予想することは困難であるといわなければならない。本件についてみると、原告は、被告タクシーの右側方を通過しようとしたが、それは、被告タクシーが信号待ちのために本件道路の中央線から1.1メートル離れた位置に停止していたからであって、乙山も、本来、被告タクシーの乗客を降ろすためにその位置に停止したわけではなく、信号待ちのために停止した後、釣り銭袋を取ろうとしてはずみで運転席ドアを開いてしまったのであるから、乙山にとってみても、その停止位置で運転席ドアを開くことは、予定外の事態であったということができるが(そのためハザードランプ等の合図はしていない。)、被告タクシーの後方から原告二輪車を運転して被告タクシーの右側方を通過しようとした原告にとってみれば尚更、被告タクシーがその停止位置で運転席ドアを開くことは、予測し得ない事態であったといわざるを得ず、原告が被告タクシーの運転席ドアが開かれることを予想していなかったとしても、本件事案においては、原告に過失があるということはできない。しかも、被告タクシーの運転席ドアが開いたのは原告二輪車が右側方を通過するまさに直近のことであり、原告は、被告タクシーの側方を時速約10キロメートルと徐行して走行していたのであるから、本件事故について、原告には、過失相殺の対象として斟酌し得る過失はないといわざるを得ない。前記に反する被告らの主張は採用し得ない。
2 本件事故による原告の損害額について
(1) 原告の治療経過等について
前記前提事実等、証拠(略)によれば、次の事実が認められる。
ア 原告は、本件事故により、左足背・環指挫創、左小指基節骨骨折の傷害を負い、平成18年11月20日から平成19年5月15日(症状固定)まで、E病院に通院し(実通院日数15日)、治療を受けた。
イ 原告は、平成19年5月15日、本件事故による傷病の後遺障害として、左小指基節骨骨折後の左小指の可動域制限や痛み等が残存し、症状固定したところ、上記後遺障害は、自賠法施行令別表第二後遺障害等級併合第14級に相当するものというべきである。
ウ 左足背挫創、環指挫創の治療経過等
原告のE病院における診療録には、平成18年11月20日付けで、左足の切創部分について、「縫合した」との記載があり、また、左薬指の切創について、「縫合した」との記載がある。そして、平成18年12月3日付けで、「全抜糸」と記載がある。原告の左足、左手薬指は、平成18年12月14日まで「Wound(傷) clean(洗浄)」が繰り返されていること、その後は傷口の洗浄はされていないことがうかがわれる。
エ 左小指基節骨々折の治療経過等
原告の左手小指については、平成18年11月20日、「左基節骨骨折あり」と診断され、上記左薬指の切創とともに骨折部分をシーネ(副木)で固定する治療を受けた。その後、平成18年12月21日に、「シーネoff」とされ、副木による固定が取り除かれた。また、原告は、平成18年12月21日と平成19年1月5日に、リハビリのために関節を動かすよう担当医から指示を受けた。
なお、平成18年12月7日以降、受診の都度、骨折部位のレントゲン撮影がなされており、原告の左小指基節骨々折については、平成19年1月23日の時点で癒合組織が生じ、同年3月8日には骨折部が癒合し、同年4月26日には骨癒合と診断されたことがうかがわれる。
また、E病院での診療録には、平成19年3月8日に「症状特にない。」と、同月23日に「ADL(日常生活活動)上は支障-(なし)」と、同年4月26日に「ADL(日常生活活動)上日常生活に問題ない→終診」との記載がある。
原告は、担当医に対し、平成19年5月15日、「重い鍋を持った」際、「皿を洗っている」際に、「pain+(有り)」と訴えたことがうかがえる。
オ 腰椎変形性脊椎症の治療経過等
原告は、E病院において、平成18年11月21日、腰椎部をレントゲン撮影し、同月24日、平成19年1月5日、腰椎変形性脊椎症との診断を受けた。原告は、平成18年11月27日、同年12月7日、平成19年5月15日に、左足のしびれを担当医に訴え、そのしびれを改善させるために、平成18年12月14日、同月21日、平成19年1月5日、同月23日、同年3月8日にメチコバール錠を処方された。
(2) 原告の損害について
ア 治療費 24万6,510円
被告らは、前記のとおり、過失相殺を主張しているところ、前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件事故による原告の傷害の治療による損害は、上記のとおりと認められる。したがって、24万6,510円が本件事故による治療費として認めるの
が相当である。
被告らは、原告は、遅くとも平成19年4月26日までには症状が固定しており、以降の治療については本件事故との相当因果関係がないなどと主張するが、前記治療経過等に照らし、採用しないこととする。
イ 通院等交通費 5万1,680円
前記認定事実等、証拠(略)によれば、原告は、本件事故により、左足を負傷して車等の運転ができなくなったこと、原告が通院に要したタクシー代は自賠責保険で認められた8,230円であったこと、原告は、原告二輪車を利用してF店の開店準備を行っていたが、本件事故により左足を負傷し、原告二輪車に乗車することが困難となったので、原告宅とF店の往復などにも実際にタクシーを利用していたこと、平成18年11月23日から同年12月30日までの間に、通院以外に利用したタクシー代が合計4万3,450円であったことなどが認められる。
原告は本件事故日である平成18年11月20日には既に開業準備自体を終えていたこと、さらに、仕入れについても、当時、原告は息子である五郎に業務の補助をさせていたこと、原告の受傷部位のうち、左足挫創及び環指挫創については、平成18年12月3日に抜糸し、同月14日には治療を終了していること、また、左小指基節骨々折についての前記治療経過に照らすと、平成18年12月21日にシーネ(副木)がはずされ、以降は関節を積極的に動かすよう指示されていたことなどを指摘することができる。
しかしながら、前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故により、その手足を負傷したことで、二輪車等による移動を制限されたこと、仕入れについては原告でないと品の良し悪しの見定めが十分できないという事情や、他の従業員等が仕入れに慣れていないという事情もあったので、原告はタクシーを利用することで仕入れを行っていたこと、原告の左足の傷害は、出血がひどく、そのため、原告は、治療開始後も、長距離を歩行する際、左足に痛みを感じたので、タクシーを利用する必要があったこと、原告は、本件事故により、左手を骨折する傷害も負い、ハンドル操作を伴う自動二輪車を運転することは非常に困難であったこと、さらに、原告がF店の開店準備のために店に赴く際には、店で使用する鍋や食器などを運ぶ必要があったこと、原告が請求しているタクシー代は、同年11月23日から同年12月30日までのものであるところ、この時期には原告の骨折部が癒合しておらず、癒合組織が生
じていなかったことなどが認められる。
以上の事実を総合し、本件事案を考慮して、原告が主張する通院等交通費については、本件事故と相当因果関係のある損害と認めることとする。
ウ 文書料 900円
前記前提事実等、証拠(略)によれば、原告が、交通事故証明書の交付費用600円、印鑑証明書の交付費用300円の合計900円を要したことが認められ、これを本件交通事故と相当因果関係のある損害と認める。
エ 代替労働関係費 192万820円
証拠(略)によれば、原告は、平成18年11月22日に飲食店F店を開店すべく準備を進めていたこと、具体的には、原告自ら、同年10月から神戸市a区内の店舗を賃借し、448万円をかけて内装工事を行った上、その店舗で使用する電話の回線工事も行ったこと、開店当初からA保険会社の期間1年間の事業総合保険に加入し、平成19年11月には、同保険を1年間更新したことなどが認められる。F店の平成20年の確定申告が五郎名義でされていることなどから同店の経営主体が原告ではないとの指摘もあるものの、前記認定の事実に、五郎には飲食店経営の経験がなく、原告が将来的には子の五郎に同店を引き継がせようとの考えをもっていたことなどに照らすと、原告が本件事故直後から自営でF店の営業をしていたものということができる。
前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時、F店の開店を準備し、これを自営で営む予定であり、本件事故後、実際に営業を開始したこと、原告は、以前、Tにおいて、長年にわたり「S」を自営で経営していたこと、原告は、主に調理を担当し、仕入等も担当していたこと、原告は、本件事故後、前記受傷(左手の骨折等)のため調理等の業務を行うことができなくなったために、F店を任せられる人材を探したこと、丁山は、かつて原告が経営していた上記「S」で雇用していた者であったので、開業後の店の雰囲気にもよく合い、店の味を任せることができ、売上金の管理も委ねることができると原告が判断したこと、そこで、本件事故当時、長崎に在住していた丁山を同店に呼び寄せ、自己の代わりに調理等にあたらせたこと、丁山は、原告の経営するF店で雇用され平成19年8月まで上記業務を担当していたこと、その後は、原告とその従業員である息子らによって、営業が継続されていること、丁
山を雇い入れて原告が行うべき業務を担当させたことなどによりF店の営業収入は確保することができたことなどが認められる。また、原告の子の五郎にはこれまでに調理経験がなかったこと、U調理士紹介所の回答によると、原告の店舗(F店)程度の規模における調理士の給与が、月額35万円から40万円ほどと考えられること、給与とは別に紹介料(月額給与の51%程度)が必要となること、調理師紹介所等から派遣される調理師ではその腕前にばらつきがあるとも考えられることなどもうかがわれる。
ところで、原告の提出するF店の売上台帳によると、平成18年12月から平成19年8月までの売上の平均額は、月額223万4,769円となることがうかがわれること、F店の売上総利益については、平成20年度の確定申告書の記載によると、売上1,855万4,240円に対して仕入が862万2,711円とされており、仕入の売上に占める割合は、約46.47%となることが認められることに照らすと、F店の1ヶ月あたりの売上総利益は、平均して月額約120万円となること、原告は、F店の従業員として、子の五郎、妻、妻の妹、パートタイマー1名を雇用していたところ、相当額の人件費を要することなどが認められ、原告が丁山に対し、月額32万円の給与を支払うことは困難であり、上記の他原告の丁山に対する給与の支払を裏付ける客観的な証拠はないといわざるを得ないという被告らの指摘がある。
しかしながら、証拠(略)を総合すると、原告は、丁山に対し、平成18年12月から平成19年8月までの間、手渡しで月額32万円の給与の支払をしてきたことがうかがわれ(丁山も給与支払明細書記載のとおり、月額32万円の給与の支払を受け
たとしている)、前記認定のF店の売上金額等に照らすと、丁山に対する月額32万円の支給が必ずしも困難なものとはいえないし、その金額についても不合理なものと断ずることはできない。
したがって、原告の丁山に対する給料賃金の月額32万円は相当な代替労働費であるというべきあるところ、前記認定の事実によれば、本件事故後の平成18年12月から平成19年9月までの間、原告は、丁山に対し、給与合計289万円を支払った(平成18年12月分は28万円を、平成19年1月から同年8月までは各月額32万円を、平成19年8月に賞与として5万円を支給。)ことが認められる。そして、前記認定の原告の傷害の部位、程度、治療の経緯等を考慮すると、原告が同年5月には調理を行っていたことがうかがわれること、原告は平成19年5月15日に症状固定の診断を受けたことが認められるから、原告の業務内容等を考えると症状固定した5月までの代替労働費の支払が、必要かつ相当なものとして、本件事故と相当因果関係があると認められる。また、前記のとおり、原告は、丁山を長崎から呼び寄せたところ、長崎からb市までの往復航空券代3万9,800円と空港からのバス代1,020円の合計4万820円については、前記に照らし、本件事故と相当因果関係のある損害であると認めることとするが、原告が代替労働関係費として主張するその余の損害(原告の長男の長崎への交通費・宿泊費、丁山のマンション代、丁山の自転車代)については、本件事故と相当因果関係のある損害ということはできない。
したがって、代替労働費は、次の計算式により、192万820円となる。
計算式 28万円(平成18年12月分)+32万円×5ヶ月+4万820円=192万820円
オ 傷害慰謝料 90万円
前記の原告の通院期間(合計約6ヶ月間(実通院日数13日間))、治療内容等を考慮すれば、原告の傷害慰謝料は90万円であるとするのが相当である。
カ その他の損害(食材の購入費用) 5万2,529円
前記のとおり、原告は、平成18年11月22日に飲食店(F店)の営業を開始する予定で、下記の食材を購入してその準備に取り掛かっていたが、本件事故により、その開店が遅れたために費消することができなかったことがうかがわれるところ、購入した食材の性質等を考慮して、その購入費の合計額の50%相当額を本件事故と相当因果関係のある損害と認めることとする。
記
(ア) J店での食肉の購入費 1万6,490円
(イ) K店での野菜などの購入費 8,289円
(ウ) L店での豆腐の購入費 600円
(エ) M店での漬物の購入費 4,000円
(オ) Nでの富有柿の購入費 2,835円
(カ) O水産でのタコ、あん肝購入費 4,441円
(キ) O水産でのシシャモ購入費 2,625円
(ク) Pでの干物、調味料、珍味等購入費 5万1,775円
(ケ) K店での野菜などの購入費 1,658円
(コ) K店での野菜などの購入費 350円
(サ) Qでの鶏肉購入費 3,070円
(シ) Pでの干物、調味料、珍味等購入費 8,925円
キ 後遺障害逸失利益 74万5,418円
前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、原告は、症状固定時、満63歳の男性であること、平成20年分のF店こと五郎の確定申告書によれば、F店の所得金額は160万8,384円であり、青色申告特別控除前の所得金額は225万8,384円であること、原告は、F店は当初から赤字を覚悟で経営していたことなどがうかがわれ、原告が今後年430万4,400円(平成18年賃金センサス男性労働者・産業計・企業規模計・学歴計の60歳~64歳の平均賃金)の収入を得られる蓋然性は低いところではあるが、前記の原告の本件事故前の職業や稼働内容・飲食店の開業直前に本件事故に遭遇したこと、同店開業後の平成18年12月から平成19年8月までの毎月の売上がほぼ毎月200万円であったとうかがわれることなどを考慮して、上記平均賃金の80%の344万3,520円を原告の基礎収入とするのが相当である。
また、前記の原告の後遺障害の内容・程度(後遺障害等級14級)や原告の年齢に照らすと、症状固定後、労働能力を5%喪失したものということができ、また、労働能力喪失期間を5年間(ライプニッツ係数4.3294)とするのが相当である。
なお、被告らは、原告の労働能力喪失率が5%に達しているとはいえず、原告の左小指の屈伸等の運動に障害がなく後遺障害の程度もわずかであること、調理をする上で重要な役割を持っていないことなどを理由に原告の労働能力喪失率が3%程度を超えることはない旨主張するが、前記認定事実に照らし、原告の労働能力喪失率が5%を下回るとまではいえず、被告らの上記主張は採用することができない。
上記を前提に、原告の逸失利益を求めると、次の計算式のとおり、74万5,609円となる。
344万3,520円×4.3294×0.05=74万5,418円(円未満切捨て。以下同様。)
ク 後遺障害慰謝料 110万円
前記後遺障害の内容、程度に加え、前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、原告は、就労上、日常生活上、種々の困難があることが認められ、その他、本件に顕れた一切の事情を総合考慮すると、原告に対する後遺障害慰謝料としては、110万円とするのが相当である。
ケ 素因減額について
被告らは、原告には腰椎変形性脊椎症の既往症があり、本件事故が原因となって発生したものであるということはできないから、治療費及び傷害慰謝料につき、腰椎変形性脊椎症の治療にかかる部分として、原告の主張する損害額から少なくとも3割程度減額されるべきである旨主張する(予備的主張)。
そこで検討するに、前記認定の事実等によれば、原告には、本件事故以前に指摘されているように、腰椎変形性脊椎症の既往症があったことがうかがわれること、本件事故後の治療経過に少なからず影響していると考えられなくはないことなどを指摘することができるが、前記認定の本件事故の態様・衝突の程度、原告の受傷の部位・程度、治療経過や本件事故による受傷だけでも同程度の障害が残存した蓋然性も相当程度あるということができること、本件事故による原告の後遺障害は、前記のとおり、左小指基節骨骨折後の左小指の可動域制限や痛み等が残存したことによるものであることなどを考慮して、被告らの素因減額の主張は採用しないこととする。
ケ 損害のてん補
前記のとおり、原告の損害合計額501万7,857円から、前記の損害のてん補額合計130万2,640円を控除すると、371万5,217円となる。
コ 弁護士費用 37万円
本件の事案の内容、審理の経過及び認容損害額等に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、37万円と認めるのが相当である。
(3) まとめ
したがって、原告は、被告らに対し、不法行為又は自賠法3条に基づき、408万5,217円及びこれに対する不法行為の日である平成18年11月20日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
第四 結論
以上によれば、原告の被告らに対する請求は、主文の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成22年10月15日)
神戸地方裁判所第1民事部
裁判官 岡田慎吾