3級3号高次脳機能障害を残す78歳男子の近親者付添介護費を介護施設入所までの通算2,087日分、日額4,000円で認めた
【判決の要旨】
自賠責3級3号高次脳機能障害を残す78歳男子(会社代表者)の休業損害について,会社の規模(資本金1000万円),株主構成(親族以外の株主なし),役員構成(親族で構成),従業員の有無及び数(17名。従業員の給与・手当等は概ね300万円程度から800万円程度),経営実態に照らし,被害者の基礎収入を,役員報酬年額1,140万円の6割に相当する年額864万円を労務対価部分として,日額2万3671円と認めるのが相当,とした事案。
東京地裁 平成26年10月29日判決(確定)
事件番号 平成25年(ワ)第22584号 損害賠償請求事件(第1事件)
平成26年(ワ)第8242号 損害賠償請求事件(第2事件)
<出典> 自保ジャーナル・第1936号
(平成27年2月26日掲載)
判 決
第1事件原告 甲野花子
(以下「原告花子」という。)
第1事件原告 甲野春子
(以下「原告春子」という。)
第1事件原告 丙川夏子
(以下「原告丙川」という。)
第1事件原告 甲野秋子
(以下「原告秋子」という。)
第1事件原告 丁山冬子
(以下「原告丁山」という。)
上記5名訴訟代理人弁護士 高柳 馨
第2事件原告 戊田松子
(以下「原告戊田」という。)
同訴訟代理人弁護士 西尾好記
第1、2事件被告 乙山次郎
(以下「被告乙山」という。)
第1、2事件被告 Y会社
(以下「被告会社」という。)
同代表者代表取締役 己川三郎
上記両名訴訟代理人弁護士 阿部一夫
【主 文】
1 被告らは、原告花子に対し、連帯して3,388万1,053円及びこれに対する平成19年2月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、原告春子、原告丙川、原告秋子及び原告丁山に対し、連帯して各677万6,210円及びこれに対する平成19年2月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告らは、原告戊田に対し、連帯して677万6,210円及びこれに対する平成19年2月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は、第1、2事件を通じ、これを2分し、その1を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
6 この判決は、第1項から第3項までに限り、仮に執行することができる。
【事実及び理由】
第一 請求
1 第1事件
(1) 被告らは、原告花子に対し、連帯して6,910万6,183円及びこれに対する平成19年2月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被告らは、原告春子、原告丙川、原告秋子及び原告丁山に対し、連帯して各1,338万1,236円及びこれに対する平成19年2月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 第2事件
被告らは、原告戊田に対し、連帯して1,338万1,236円及びこれに対する平成19年2月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、甲野太郎(以下「太郎」という。)が歩行中に被告会社が所有し被告乙山が運転する普通貨物自動車(以下「被告車」という。)に衝突された交通事故(以下「本件事故」という。)について、太郎の相続人である原告らが、被告乙山に対しては民法709条に基づき、被告会社に対しては自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条に基づき、連帯して、(1)原告花子については損害賠償金6,910万6,183円及びこれに対する本件事故発生日である平成19年2月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を、原告春子、原告丙川、原告秋子及び原告丁山については各損害賠償金1,338万1,236円及びこれに対する上記の日から支払済みまで、上記割合による遅延損害金の支払を求め(第1事件)、(2)原告戊田については損害賠償金1,338万1,236円及びこれに対する上記の日から支払済みまで上記割合による遅延損害金の支払を求める(第2事件)事案である。
1 前提事実(括弧内に証拠を記載した事実以外は争いがない。)
(1) 被告乙山は、平成19年2月15日午前4時55分頃、被告会社所有の被告車を運転し、埼玉県鳩ヶ谷市<地番略>道路において、右折先の安全を過失しないまま進行した過失により、対面信号機の青色信号に従い横断歩道を横断歩行中の太郎
に被告車を衝突させた(本件事故)。
(2) 被告乙山は、民法709条に基づき、運行供用者である被告会社は、自賠法3条に基づき、本件事故により原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。
(3) 太郎は、本件事故により脳挫傷、急性硬膜下血腫、急性硬膜外血腫、顔面裂傷、眼窩底骨折の傷害を負い、次のとおり入院を繰り返し(入院期間145日)、平成22年3月1日症状固定の診断を受け、損害保険料率算出機構(以下「損保料率機構」という。)から自動車損害賠償保障法施行令別表第二(以下「後遺障害等級表」という。)3級3号に該当すると判断された。
ア B大学病院
平成19年2月15日から同年3月14日まで入院(28日)
イ C病院
平成19年3月14日から同年4月21日まで入院(39日)
平成19年11月26日から平成20年1月30日まで入院(66日)
平成20年4月1日から同年4月12日まで入院(12日)
(4) 本件事故により太郎が受けた損害のてん補として、任意保険金1,988万1,139円が支払われた。
(5) 太郎は、平成25年3月8日、胃癌により死亡し、太郎の妻である原告花子及び子である原告春子、原告丙川、原告秋子、原告丁山及び原告戊田は、太郎の本件事故による損害賠償請求権を相続により取得した。
2 争点及びこれについての当事者の主張
(1) 太郎の損害及び損害額
(原告らの主張)
太郎は、本件事故により受けた傷害により後遺障害等級表3級3号に該当する後遺障害を残して平成23年3月1日症状固定した。
本件事故による太郎の損害は次のとおりである。
ア 治療費 1,014万6,664円
イ 入院雑費 22万3,500円
ウ 近親者付添介護費 1,669万6,000円
日額8,000円×2,087日(本件事故日から太郎が介護施設に入所した平成24年11月3日の前日まで)
エ 自宅改造費 331万8,800円
オ 休業損害 4,619万1,781円
太郎は、本件事故当時、株式会社Dの代表取締役会長として、月額120万円の役員報酬を得ており、うち少なくとも月額100万円は労務対価であるから、休業損害は、基礎収入を月額100万円(年額1,200万円)とし、休業期間を1,405日(太郎に報酬が支給されなくなった平成19年4月26日から症状固定日である平成23年3月1日まで)として、4,619万1,781円(1,200万円÷365日×1,405日=4,619万1,781円)が相当である。
カ 逸失利益 4,255万2,000円
原告は、症状固定当時83歳(平均余命6.86年)であり、逸失利益は、基礎収入を年額1,200万円とし、労働能力喪失率を100%とし、労働能力喪失期間を4年として算定した4,255万2,000円(1,200万円×100%×3.5460(4年のライプニッツ係数)=4,255万2,000円)が相当である。
キ 慰謝料
2,240万円(傷害分250万円、後遺症分1,990万円)
ク 弁護士費用 1,216万4,760円
(被告らの主張)
ア 原告らの主張ア(治療費)は認める。同イ(入院雑費)、同ウ(近親者付添介護費)、同エ(自宅改造費)は争う。
近親者付添介護費の日額は4,000円を超えるものではない。
イ 同オ(休業損害)、同カ(逸失利益)は争う。
太郎の症状固定時期は、遅くとも平成20年1月21日である。
太郎の収入のほとんどは利益配当の実質を有しており、仮に労務対価部分があるとしても、賃金センサス男性・学歴計・年齢別の金額を超えるものではない。
ウ 同キ(慰謝料)は認める。
エ 同ク(弁護士費用)は争う。
(2) 原告花子の損害及び損害額
(原告花子の主張)
原告花子は、夫である太郎が本件事故により重大な傷害を負って後遺障害等級表3級3号の後遺障害が残り、病院及び自宅での付添療養看護を行った。
これによる原告花子固有の損害は次のとおりである。
ア 近親者慰謝料 200万円
イ 弁護士費用 20万円
(被告らの主張)
原告花子の主張は争う。
第三 当裁判所の判断
1 争点(1)(太郎の損害及び損害額)について
(1) 積極損害
ア 治療費 1,014万6,664円
当事者間に争いがない。
イ 入院雑費 21万7,500円
入院期間は145日であり(前提事実)、日額1,500円×入院期間145日の限度で認める。
ウ 近親者付添介護費 834万8,000円
前提事実、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) 太郎(本件事故当時78歳)は、平成19年2月15日、横断歩道を歩行中に右折中の被告車(普通貨物自動車)に衝突される本件事故に遭い、脳挫傷、急性硬膜下血腫、頭蓋骨骨折、前額部挫創、上目瞼裂創、頬部皮膚剥脱創、上口腔前底裂創、左眼窩底骨折、両手打撲、腰部打撲の傷害を負い、同日からB大学病院に入院し、家族の者が連日付き添い、同年3月14日、同病院を退院し、同日、C病院に入院し、同月29日、C病院脳神経外科医師庚山四郎(以下「庚山医師」という。)により水頭症手術が施行された。
太郎は、手術後、水頭症は改善したが、硬膜下血腫は増悪し、同年4月21日にC病院を退院した後も外来に通院していた。
(イ) 庚山医師は、平成19年9月21日、太郎について、平衡障害、注意障害があり、500㍍程度の歩行は可能であるが、1人での歩行は危険であり、記銘力低下、状況判断能力の低下もあるなどと診断し、同月28日、捜査機関の照会に対し、同年7月ころから太郎の症状が固定しているため、経過観察中であると回答した。
太郎は、その後、症状が悪化し、C病院に再入院し、3回のシャント再建術が施行され、症状が改善し、平成20年1月21日、庚山医師により、脳挫傷後遺症、外傷後水頭症について症状固定の診断がされ、同月30日、退院した。庚山医師作成の傷害保険後遺障害診断書には、障害内容の増悪・緩解の見通しなどについて、「緩やかな増悪の見通し」と記載されている。
(ウ) 太郎は、その後、腹部創より膿の排出が認められ、平成20年4月1日C病院に入院し、右VPシャントが抜去され、同月12日、退院した。
(エ) 平成23年3月1日、同病院脳神経外科医師辛田五郎(以下「辛田医師」という。)により、脳挫傷、外傷後水頭症、急性硬膜下血腫について症状固定の診断がされた。
辛田医師作成の自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書には、太郎の認知症、自発性低下、失禁の症状について、障害内容の増悪・緩解の見通しなどについて、「症状は、ほぼ固定しており、回復は期待できない。」と記載されている。辛田医師作成の「神経系統の障害に関する医学的意見」には、左右の上肢は正常であるが、脚力低下に伴う移動能力の低下により転倒のリスクは高いこと、身の回り動作能力も屋内外の歩行及び階段昇降以外は自立していること、認知・情緒・行動障害については、日常生活の大きな支障にはなっておらず、見守りがあれば日常生活動作は大体自立できている旨の記載がある。
太郎は、平成24年1月16日、損保料率機構から後遺障害等級表3級3号に該当すると判断された。
(オ) 太郎は、平成24年11月3日、介護施設に入所した。
上記認定事実によれば、太郎の高次脳機能障害の原因である脳挫傷後遺症、外傷後水頭症について、担当医である庚山医師により平成20年1月21日に症状固定の診断がされ、その後は、経過観察中に腹部創より膿の排出が認められて右VPシャントが抜去されたにとどまり、脳外傷による高次脳機能障害の治療がされ、症状の改善がみられたなどの事実は認められないから、辛田医師による平成23年3月1日症状固定診断前の平成20年1月21日には、治療効果が期待できない状態に達して症状固定していたものと認めるのが相当である。そして、上記認定の同日以降の診療経過及び太郎の症状の推移に鑑みると、庚山医師が症状固定診断当時に緩やかな増悪の見通しと診断したことが上記認定を揺るがすものではない。
近親者付添介護費については、太郎の症状の推移、後遺障害の程度(後遺障害等級表3級3号)及び付添の必要性の程度に鑑みると、本件事故日から介護施設に入所するまでの原告ら主張の2,087日を通算し、症状固定の前後を通じ、入通院及び日常生活において、日額4,000円の限度で近親者による随時の声掛け、見守り看護の必要があったものと認め、834万8,000円(日額4,000円×2,087日=834万8,000円)を本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
被告らは、太郎には本件事故前からアルツハイマー型認知症があり、アリセプトを内服していたと主張し、B大学病院医師作成の平成23年7月30日付け「頭部外傷後の意識障害についての所見」には「元々アルツハイマー型認知症有り」、同医師作成の同年10月4日付け「照会・回答書」には「初診時内服薬にアリセプト有り」との記載がある。
しかし、同医師は、アリセプトを内服していたことについて、初診時の診療録の記載を参照して作成したと説明し、上記文書には「現時点では、それ以前の症状は不明」との記載もあるところ、本件事故前の太郎の症状の有無・程度や診療経過を裏付ける的確な証拠がないことに鑑みると、上記文書によって太郎が本件事故前からアルツハイマー型認知症に罹患していたことを直ちに認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって、被告らの主張は採用できない。
エ 自宅改造費 331万8,800円
証拠(略)によれば、自宅改造費331万8,800円を本件事故との相当因果関係のある損害と認める。
(2) 消極損害
ア 休業損害 641万4,841円
証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、太郎は、昭和35年、各種鉄鋼製缶作業等を目的とする株式会社Dの代表取締役社長に就任し、平成5年、原告丙川に代表取締役社長の座を譲って代表取締役会長となり、本件事故当時、週3、4日通勤し、年額1,440万円(月額120万円)の役員報酬を平成19年4月25日まで支給されたこと、同会社の資本金は1,000万円であり、親族以外の株主はなく、取締役も親族で構成されていたこと、本件事故当時の従業員数は17名(役員を含む。)であり、従業員の給料・手当等(賞与等を除く。)は概ね300万円程度から800万円程度であったこと(原告丙川の夫である丙川六郎の平成19年分の給料・手当等は、822万3,600円である。なお、同人は、平成24年4月20日、取締役に就任した。)が認められる。
上記認定の会社の規模、株主構成、役員構成、従業員の有無及び数、経営実態に照らし、太郎の基礎収入を、役員報酬年額1,440万円の6割に相当する年額864万円を労務対価部分として、日額2万3,671円(年額864万円÷365日=2万3,671円(円未満切捨て。以下同じ。))と認めるのが相当である。
そして、太郎に対する役員報酬の支給がされなくなった平成19年4月26日から上記認定の脳挫傷等による高次脳機能障害の症状固定日である平成20年1月21日までの271日間について休業の必要があったものと認め、641万4,841円(日額2万3,671円×271日=641万4,841円)を本件事故と相当因果関係のある損害と認める。
イ 逸失利益 3,063万7,440円
太郎は、症状固定当時79歳(平均余命9.02年)であり、本件事故当時の就労状況、後遺障害の内容・程度等に照らし、逸失利益は、基礎収入を年額864万円とし、労働能力喪失率を100%(後遺障害等級表3級3号)とし、労働能力喪失期間を4年として算定した3,063万7,440円(864万円×100%×3.5460(4年のライプニッツ係数)=3,063万7,440円)と認めるのが相当である。
(3) 慰謝料 2,240万円(傷害分250万円、後遺症分1,990万円)
当事者間に争いがなく、本件事故の態様、受傷内容、診療経過、後遺症の内容・程度その他一切の事情に照らし、原告主張額を認める。
2 争点(2)(原告花子の損害及び損害額)について
上記認定の太郎の受傷内容及び後遺障害の程度に照らすと、本件事故による太郎の慰謝料とは別に、民法711条所定の生命侵害の場合にも比肩し得べきものとして近親者慰謝料を認めることはできない。
3 損害のてん補
太郎の損害額は、①積極損害2,203万0,964円(治療費1,014万6,664円、入院雑費21万7,500円、近親者付添介護費834万8,000円、自宅改造費331万8,800円)、②消極損害3,705万2,281円(休業損害641万4,841円、逸失利益3,063万7,440円)及び③慰謝料2,240万円(傷害分250万円、後遺症分1,990万円)の合計8,148万3,245円となる。
既払いの任意保険金1,988万1,139円について、太郎の同額の損害の元本に充当すると、損害賠償債務元本残額は6,160万2,106円となる。
4 弁護士費用
本件事案の内容、審理の経過等の諸事情を考慮し、弁護士費用のうち616万円を本件事故と相当因果関係のある損害と認める。
5 相続
太郎の損害合計6,776万2,106円(弁護士費用相当額616万円を含む。)の損害賠償債権について、原告花子は2分の1である3,388万1,053円、その余の原告らは各10分の1である677万6,210円を相続することになる。
6 よって、原告らの請求は、被告乙山に対しては民法709条に基づき、被告会社に対しては自賠法3条に基づき、連帯して、(1)原告花子については損害賠償金3,388万1,053円及びこれに対する本件事故発生日である平成19年2月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を、原告春子、原告丙川、原告秋子及び原告丁山については各損害賠償金677万6,210円及びこれに対する上記の日から支払済みまで上記割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余はいずれも理由がないから棄却し(第1事件)、(2)原告戊田については損害賠償金677万6,210円及びこれに対する上記の
日から支払済みまで上記割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし(第2事件)、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成26年10月15日)
東京地方裁判所民事第27部
裁判官 有冨正剛