用水路上の蓋の部分は歩道であり車道幅3.8メートルの1.2メートル地点を正当な理由なくジョギング中後方から衝突された歩行者の過失を35%と認めた
【判決の要旨】
「用水路上の蓋」の「縁石線で区別されている」部分は実況見分上の歩道であり、縁石線から3.8メートルの車道幅の1.2メートル地点をジョギングしていて、後方から被告乗用車に衝突された原告につき、「正当な事由なしに…車道側端とはいい難い」地点をジョギングしていた原告の過失割合を35%と認定。
原告の入院につき「希望入院」等「原告の入院に対して否定的な記載」がカルテに見られるが、共済保険が「支払済である」等から、「因果関係のある損害」と認める。
仙台地裁 平成21年7月21日判決(控訴後和解)
事件番号 平成19年(ワ)第1710号 損害賠償請求事件
【事案の概要】
症状固定時64歳男子大卒郵便局職員の原告は、平成16年12月21日午後7時34分頃、宮城県下の道路でジョギング中、後方から被告運転の乗用車に衝突され、外傷性くも膜下出血等で入院10ヶ月、通院11ヶ月で自賠責8級2号、12級13号の併合7級後遺障害を残し、6,288万2,325円を求めて訴えを提起した。
裁判所は、ジョギング中、後方から衝突された原告の過失を35%と認定した。
「用水路上の蓋」の「縁石線で区別されている」部分は実況見分調書上の歩道であり、縁石線からの車道幅3.8メートルの1.2メートル地点は、車道「幅から約3分の1の箇所に相当するのであり、もはや車道側端を通行していたとはいい難い」地点を「正当な事由なしに車道をジョギングしており」夜間、住宅街等「原告の過失割合は、これを35%」と認定した。
原告はくも膜下出血等の受傷であるが、カルテには希望入院、ゴネ、「原告の入院に対して否定的な記載がみられる」が、「共済保険から…治療費の全額について支払済である」等から治療費全額を本件事故と「因果関係の範囲内にあった」と認定した。
入院雑費は日額1,600円で認め、入院中の付添費も日額6,500円で入院期間中認めた。
判 決
原告 甲野太郎
同訴訟代理人弁護士 斎藤正勝
同 小田嶋章宏
斎藤正勝訴訟復代理人弁護士 大竹直嗣
被告 乙山次郎
同訴訟代理人弁護士 小川 正
【主 文】
1 被告は、原告に対し、1,272万2,349円及びこれに対する平成16年12月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを5分し、その4を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
【事実及び理由】
第一 請求
被告は、原告に対し、6,288万2,325円及びこれに対する平成16年12月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、原告が、交通事故(以下「本件事故」という。)により損害を被ったと主張して、被告に対し、不法行為に基づき、その損害(本件事故の日からの遅延損害金を含む。)の賠償を求める事案である。
1 争いのない事実等(証拠等で認定した事実は当該証拠等を文末に掲記)
(1) 本件事故の発生
発生日時 平成16年12月21日午後7時34分ころ
発生場所 宮城県柴田郡<地番略>(以下「本件事故現場」という。)
被告車 被告運転の(ナンバー(略))
事故態様 被告車が、進路前方左側を同一方向にジョギングしていた原告に衝突して、原告を路上に転倒させた。
(2) 原告の傷害
原告は、本件事故により、脳挫傷、外傷性くも膜下出血、頭部打撲傷、左第1趾末節骨骨折及び頸椎骨折の傷害を負った。
そして、原告は、第1頸椎(環椎)と第2頸椎(軸椎)について環軸椎亜脱臼があると診断され、平成18年3月29日、スクリューで椎間関節を固定し、移植骨とワイヤーで後方椎弓間の固定を追加する環軸椎固定術を受けた。
(3) 自賠責保険による後遺障害判断
原告は、自賠責保険において、頸椎部の運動障害については「脊柱に運動障害を残すもの」として自賠等級別表第二第8級第2号(以下単に等級のみを示す。)に該当し、頭部外傷による障害については「局部に頑固な神経症状を残すもの」として第12級第13号に該当し、これらにより併合第7級適用と判断された。
2 争点
(1) 過失相殺割合
(被告の主張)
原告は、夜間、歩車道の区別がある車道で、その側端以外の場所、すなわち歩道縁石線から1.2メートル道路中央寄りの付近をジョギングしており、本件事故は、暗くてこれに気付かなかった被告が、後方から原告を追い抜く際、自車左側のドアミラーを原告に接触させたものであって、原告にも35%の過失があるというべきである。
なお、本件事故現場がスクールゾーンであるとの立証はなく、また「住宅街・商店街等」に該当するような人の横断・通行の激しさはなかった。
(原告の主張)
原告は車道側端部分、すなわち車道の外側線である白線上を中心にジョギングしていた。
本件事故現場の道路左側は、用水路上に渡された蓋が事実上歩道として使用されているにすぎず、道路交通法上の「歩道」には該当しない。また、道路右側には歩道があるが、これを使用するためには道路を2度横断することになり、かえって危険であるから、原告の車道側端通行は「その他やむを得ないとき」(道路交通法10条2項2号)に当たり、車道通行が許されている場合に該当する。
さらに、用水路上の蓋は凹凸が生じており、これを避けて走る必要があったから、原告が車道を走ることはやむを得なかった。
したがって、基本過失割合は原告10、被告90となるところ、本件事故現場はスクールゾーンになっており、「住宅街・商店街等」に該当すること、被告には著しい過失があること、十分な視界が確保されているので「夜間」には該当しないことからすると、最終的な過失割合は、原告0、被告100となる。
(2) 損害額
(原告の主張)
ア 治療費 802万9,487円
原告の治療経過は以下のとおり。なお、このうち(エ)について、被告は当初「認める」と認否しながら、後に一転して、治療として必要かつ相当なものではなく、治療費関係費は損害から控除されるべきと主張するが、自白の撤回に該当し、信義則上許されない。
(ア) 平成16年12月21日から平成17年7月31日 A病院に223日間入院
(イ) 平成17年8月1日から平成18年3月16日 B大学病院に69日間通院
(ウ) 平成18年3月24日から同年5月9日 C病院に47日間入院
(エ) 平成18年5月9日から同年6月3日 A病院に26日間入院
(オ) 平成18年6月3日から同年9月21日 D病院に12日間通院
イ 入院付添費 113万4,000円
1日当たりの近親者付添料を7,000円とし、看護期間を平成16年12月21日から平成17年5月31日までの162日間として計算。
ウ 入院雑費 47万3,600円
1日当たりの入院雑費を1,600円とし、入院日数を296日として計算。
エ 通院交通費 42万4,950円
オ 休業補償 1,679万2,320円
原告は、本件事故当時、E郵便局の局長として勤務しており、本来平成20年3月31日の退職予定日まで勤務可能であったが、本件事故により、平成17年3月31日をもって、退職を余儀なくされた。
本件事故前の日給が2万6,238円であったところ、休業日数を平成16年12月21日から平成18年9月21日までの640日間として計算。
カ 入通院慰謝料 412万円
入院10ヶ月及び通院11ヶ月に相当する慰謝料。
キ その他 10万円
関係各機関へ提出する文書費用、診察料(皮膚科、泌尿器科等)など。
ク 後遺障害逸失利益 4,600万4,158円
(ア) 平成18年9月22日から平成20年3月31日まで 1,780万7,232円
上記オのとおり、原告は、本来、平成20年3月31日の退職予定日まで勤務可能であったが、平成17年3月31日をもって退職を余儀なくされたのであり、以下の計算式のとおり計算。
(計算式)2万6,238(事故前日給)×365(日数)×1.8594(2年のライプニッツ係数)=1,780万7,232
(イ) 平成20年4月1日から 2,819万6,926円
原告は、平成20年4月1日時点で65歳であったところ、以後の就労の蓋然性は十分に認められる。したがって、平成16年簡易生命表によれば65歳男性の平均余命は18.21年なので、就労可能年数を平均余命の2分の1である9年とし、平成16年賃金センサス男性大卒65歳以上の平均賃金を基礎とし、後遺障害併合第7級による労働能力喪失率を56%として、以下の計算式のとおり計算。
(計算式)708万4,000(平均賃金)×0.56(労働能力喪失率)×7.1078(9年のライプニッツ係数)=2,819万6,926
ケ 後遺障害慰謝料 1,100万円
コ 年金の逸失利益 227万7,617円
原告は、現在、年間304万4,400円の年金を支給されているが、この金額は、平成15年4月から2年間勤務を継続したことを前提として計算されている。しかし、本件事故がなければ平成20年3月末日まで5年間勤務できたのであるから、本来得られた年金額を計算すると年間323万9,243円となる。
したがって、本件事故のため、年間19万4,843円の年金が減額されたこととなるところ、本来の年金支給開始時である平成20年4月1日時点で原告は65歳であり、平均余命が18.21年であることから、以下の計算式のとおり計算。
(計算式)19万4,843(年間の減額分)×11.6895(18年のライプニッツ係数)=227万7,617
サ 弁護士費用 470万円
シ 損害額合計 9,505万6,132円
ス 既払額 3,217万3,807円
セ 残額 6,288万2,325円
(被告の主張)
ア 治療費
当初、(ア)は認め、(イ)は通院日数は60日であり、(ウ)及び(エ)は認め、(オ)は不知(ただし、平成18年6月9日から同年9月28日の13日通院と思われる。)と認否していたが、平成18年3月29日の環軸椎固定術後のA病院における入院リハビリは、カルテに「『ゴネ』て入院しようとしていることは明らか」など記載されており、治療として必要かつ相当なものではない。
イ 入院付添費
医師の指示により看護が必要であったこと及び近親者が付き添ったことについては不知、損害額については争う。
ウ 入院雑費
入院日数は295日である。損害額については争う。
エ 通院交通費
認める。
オ 休業補償
事故前の日給単価は認め、休業期間は不知。脳挫傷・環軸椎脱臼骨折の症状固定日は平成18年6月26日である。
カ 入通院慰謝料
争う。
キ その他
事実関係不知。
ク 後遺障害逸失利益
事故前日日給単価は認め、その他の事実関係は不知、損害額は争う。
(ア) 平成18年9月22日から平成20年3月31日まで
平成20年3月31日までの労働能力喪失率が100%となるはずがない。
(イ) 平成20年4月1日から
原告には再就職の蓋然性はなく、万一、蓋然性があったとしても、退職共済年金の一部支給停止制度によって、収入はかなり低い額となった。また、仮に原告主張のとおり症状固定日を64歳時の平成18年9月22日とした場合でも、労働能力喪失期間は、64歳の平均余命である18.99年の2分の1である9年、すなわち73歳までとなる。
そして、原告の頸椎部の後遺障害を第8級第2号とした自賠責の認定は認定基準に反するもので誤りであり、また、その労働能力喪失率を45%とするのは実態にそぐわない。原告の頸椎の後遺障害による労働能力喪失率は20%(第11級相当)とするのが妥当であり、頭部外傷による後遺障害と総合した全体の労働能力喪失率も27%(第10級相当)が相当である。
ケ 後遺障害慰謝料
争う。
コ 年金の逸失利益
事実関係について不知、損害額について争う。原告が勤務を続けられたとして逸失利益を請求しながら、あわせて退職年金を受給できたとするのは二重取りというほかない。
サ 既払金
認める。
第三 争点に対する判断
1 争点(1)(過失相殺割合)について
(1) 原告の通行箇所
ア 本件において、歩行者たる原告が車道を通行していたことは、当事者間に争いがない。
イ 原告は、本件事故現場の進行方向左側にある部分は歩道ではなく、用水路上の蓋が事実上歩道として使用されているにすぎないと主張する。
しかし、同現場の写真からは、進行方向左側にある部分は、車道から一段高くなっており、縁石線で区別されているのであって、これを管理するF町も回答書において「歩道」と表現し、司法警察員作成の実況見分調書でも「歩道」と記載されていることからすれば、この部分は道路交通法上の歩道というべきである。
したがって、歩行者である原告としては、原則として、歩道を通行しなければならなかったこととなる(道路交通法10条2項)。
ウ これに対し、原告は、本件事故当時はジョギングをしていたところ、上記の用水路上の蓋には凹凸が生じ、所々に堰が設けられているから、足に余計な負担が掛かって故障することを避けるため、やむを得ず車道を走った旨主張する。
しかしながら、原告がたまたま歩道上にある堰を避けるために車道に出たところで自動車と接触したというのであればともかく、本件事故現場に堰はなく、相当程度西側に戻ったところに堰が設置されているというにすぎない。また、上記の用水路上の蓋についてみても、著しい凹凸までは見当たらず、少なくとも「道路工事等のため歩道等を通行することができない」(道路交通法10条2項2号)場合に準ずる程度にまで通行が困難ということはできない。
したがって、上記原告の主張によっても、原告が車道を通行していた事実を正当化することは困難である。
エ もっとも、原告が車道のどの部分を通行していたかについて、原告は、車道の外側線である白線上(証拠(略)によると歩道縁石線から0.6メートル道路中央寄り)を中心にジョギングしていたと主張する一方、被告は、歩道縁石線から1.2メートル道路中央寄りの付近をジョギングしていたと主張する。
この点、原告は、本人尋問において、上記主張に沿う供述をするほか、同人の供述調書にもこれに沿う記載がある。また、被告が立会をした実況見分調書には、原告が外側線である白線から0.3メートル、すなわち歩道縁石線からだと0.9メートル道路中央寄りの部分にいたとの指示説明が記載されており、被告の供述調書にもこの指示説明に沿った記載がある。
しかし、本件事故現場には、歩道から車道にかけてゆるやかなスロープがあり、その前後には同様のスロープが一定程度の間隔で連続して複数設置されている上、そのスロープの先端は歩道縁石線から道路中央寄りへ1.2メートルの位置にあることが認められる。そのため、仮に、原告の主張どおり、原告が歩道縁石線から0.6メートル道路中央寄りの部分をジョギングしていたとすると、原告はスロープがある度にスロープへの上り下りを繰り返していたことになるが(実際、原告本人はそのように供述している。)、上記ウのように、用水路上の蓋のわずかな凹凸上のジョギングであっても故障のおそれがあると主張する原告が、はたしてこのような、右斜め下に傾斜しているスロープの上り下りを繰り返しながらジョギングしていたものとはにわかに考え難い。しかも、仮に原告の主張どおりだとすると、被告車も、原告に衝突するまでの間、左側部のタイヤがスロープを上り下りしていたことになるが、自動車の運転者が、少し道路中央寄りを進行すればこのような上り下りを容易に避けられるにもかかわらず、あえてスロープの上り下りを繰り返して進行していたものともにわかに考え難い(原告本人も、一般論として、本件事故現場では自動車は道路中央寄りを走ると述べる。)。
そして、被告が立会をした実況見分調書についてみても、同調書の見取図にはスロープの記載はなく、その見分が午後8時から午後8時50分までという夜間にされたことも併せ考慮すると、この調書及びこれに基づく供述調書(略)の記載をもって、原告も被告車もともにスロープを上り下りして進行し、その結果、歩道縁石線から0.6ないし0.9メートル道路中央寄りの部分で衝突したとの事実を直ちに認めることは困難である。
なお、上記実況見分調書の見取図には、外側線である白線から0.3メートル、すなわち歩道縁石線からだと0.9メートル道路中央寄りの部分に、「毛髪ようのもの」があったとの記載があるが、仮にこれが本件事故によって抜けた原告の毛髪であるとしても、被告車が原告の体の右側又は右腕に衝突し、もって原告が左前方に倒れ、衝突地点よりも歩道寄りの部分に毛髪が抜け落ちたとも考えられるのであって(実際、上記実況見分調書の見取図には、原告の体の右後ろから衝突したような記載がある。)、上記判断を左右するに足りない。
以上によれば、原告も被告車もともにスロープを避けて進行していたと認めるのが相当であって、そのスロープの先端が歩道縁石線から道路中央寄りへ1.2メートルの位置にあることからすれば、原告は、歩道縁石線から1.2メートル道路中央寄りの箇所をジョ
ギングしていたものというべきである。
そして、本件事故現場の歩道縁石線から車道中央線までの幅が3.8メートルであることに照らせば、原告がジョギングしていたのは、その端から約3分の1の箇所に相当するのであり、もはや車道側端を通行していたとはいい難い。
オ したがって、本件では、原告が、正当な事由なしに車道をジョギングしており、その箇所は車道側端とはいい難い部分であったということができる。
(2) スクールゾーン等
本件証拠上、本件事故現場がスクールゾーンに指定されていることを認めるに足りる証拠はない(なお、原告が提出する写真に撮影されているのは、スクールゾーンを示す交通標識ではなく、横断歩道を示す交通標識と解される。)。
また、本件証拠上、本件事故現場において人の横断・通行が激しいことや、人の横断・通行が頻繁に予測される場所であることを認めるに足りる証拠はない。本件事故現場の写真を見る限りは、本件事故現場は落ち着いた住宅街というべきであって、歩行者等もほとんど見当たらず、また、実況見分調書でも「交通閑散」とされている。
したがって、これらの諸点を過失相殺率の減算修正要素とすべきとの原告の主張は理由がない。
(3) 夜間
本件事故が平成16年12月21日午後7時34分ころに発生した事実は当事者間に争いがないところ、証拠(略)によれば、当日の日の入り時刻は午後4時20分であり、本件事故が発生したのは日の入りから3時間以上も経過した後である。そして、本件事故現場が街灯等の照明によって歩行者の発見が容易であったことを認めるに足りる証拠はなく、むしろ、実況見分調書では、道路条件として「暗」とされていることからすれば、本件事故が夜間に生じたことをもって、過失相殺率の加算修正要素とするのが相当である。
(4) 著しい過失
原告は、被告が助手席にいた母親との会話に夢中になり、本件事故直前まで原告の存在に気付かなかったとして、これを著しい過失と評価すべき旨主張する。
しかし、原告の上記主張事実を前提としても、被告の過失はなお通常の過失の範囲内にとどまるものというべきであって、本件証拠上、被告が完全に脇見をしたまま被告車を運転したなどの事実は認めるに足りず、その他酒気帯び運転等の著しい過失と評価すべき事実の主張もないことからすれば、本件において、被告に著しい過失があったと評価することは困難である。
(5) 小括
以上のとおり、原告は正当な事由なしに車道をジョギングしており、その箇所は車道側端とはいい難いこと、本件事故現場のスクールゾーンの指定や人の横断・通行の激しさを認めるに足りる証拠はないこと、本件事故は夜間に生じており、歩行者の発見は容易ではなかったことなどを総合考慮すると、本件事故における原告と被告の過失割合は、これを35対65とするのが相当である。
2 争点(2)(損害額)について
(1) 治療費
ア 原告が主張する治療費のうち、平成18年3月29日の環軸椎固定術後のA病院における入院リハビリ分を除いた部分については、被告も争わないか、弁論の全趣旨により認められる(もっとも、通院期間や通院日数につき、当事者間の主張には若干の違いがある。)。
イ 一方、上記入院リハビリ分については、被告は当初認める旨の認否をしていたが、後に治療として必要かつ相当なものではないと主張して、自白の撤回をし、原告はこれに対して異議を述べている。
そこで検討するに、確かに、A病院のカルテには、平成18年5月11日の欄に「本人の希望入院である。話のハシバシに、入院しないと保証(お金が)ない」「『ゴネ』て入院しようとしていることは明らか」と記載されているなど、原告の入院に対して否定的な記載が見られる。
しかしながら、これらの記載以上に、原告の同病院への入院が、まったく不必要であり、本件事故との相当因果関係の範囲外にあることを確定的に認定するに足りる証拠は見当たらない。むしろ、被告が加入している共済保険からは、上記入院における治療費を含め、原告が主張する治療費の全額について支払済みである事実(当事者間に争いがない。)に照らすと、共済保険においても、1度は、原告の上記入院が本件事故との相当因果関係の範囲内にあったと判断していたともいい得る。
したがって、被告の上記自白の撤回には理由がない。
ウ 以上によれば、原告の主張する治療費802万9,487円については、その全額が本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。
(2) 入院付添費
本件証拠上認められる原告の傷害の程度及び弁論の全趣旨によれば、原告の近親者付添費用は本件事故と相当因果関係のある損害であるというべきところ、その額を1日当たり6,500円とし、また付添の必要な日数を162日間として、以下の計算式のとおり105万3,000円とするのが相当である。
(計算式)6,500×162=105万3,000
(3) 入院雑費
1日あたりの入院雑費を1,600円とし、入院日数を被告が認めている295日(なお、原告は296日と主張するが、これは平成18年5月9日のC病院への入院と、同日のA病院への入院とを二重に計上したことによる計算違いであると解される。)として計算すると、入院雑費の額は47万2,000円となる。
(計算式)1,600×295=47万2,000
(4) 通院交通費
通院交通費が42万4,950円であることは当事者間に争いがない。
(5) 休業補償
まず、原告の症状固定日につき、被告は脳挫傷・環軸椎脱臼骨折の症状固定日が平成18年6月26日であると主張するが、原告の後遺障害はこれに限られず、原告の通院は平成18年9月21日まで継続していたのであるから(上記(1)参照)、原告の症状固定日も平成18年9月21日とするのが相当である。
そして、これに、原告が平成17年3月31日に退職したことや、被告の共済保険からの既払金の算出根拠等に照らせば、原告の休業期間は、平成16年12月21日から平成18年9月21日までの640日間とするのが相当である。
したがって、原告の事故前の日給を2万6,238円(当事者間に争いがない。)とすると、原告の休業補償の額は、1,679万2,320円となる。
(計算式)2万6,238×640=1,679万2,320
(6) 入通院慰謝料
上記(1)による原告の入通院期間(入院10ヶ月、通院11ヶ月)その他本件証拠上認められる原告の傷害の程度等に照らすと、かかる入通院による慰謝料は、これを320万円とするのが相当である。
なお、原告は、被告側には極めて不誠実な対応があり、これを慰謝料額において斟酌すべきであると主張するが、その内容は、もっぱら本件訴訟における応訴態度を問題としているところ、被告の本件における主張立証活動が通常程度のものを超えて著しく不誠実であったとまではいうことができないのであって、これをことさら入通院慰謝料の算定において大きく捉えるべきではない。
(7) その他
原告の傷害の程度及び治療期間等に照らせば、原告の文書費用及び診察料等につき、本件事故と相当因果関係のある損害額としては、これを10万円とするのが相当である。
(8) 後遺障害逸失利益
ア 原告の労働能力喪失率
(ア) 前記争いのない事実等のとおり、原告は、自賠責保険において、頸椎部の運動障害につき「脊柱に運動障害を残すもの」として第8級第2号に該当し、頭部外傷による障害につき「局部に頑固な神経症状を残すもの」として第12級第13号
に該当し、これらにより併合第7級適用と判断されている。
そして、このうち頸椎部の運動障害について第8級第2号と認定した理由につき、後遺障害等級認定票には、頸椎部の運動障害は本件事故による環軸椎脱臼骨折に伴い環軸椎固定術が施行されていることが原因であり、画像上は主要運動の一方である回旋が不可と捉えられることなどが記載されている。
また、上記自賠責保険の後遺障害診断書はA病院の丙川三郎医師(以下「丙川医師」という。)が作成したところ、同医師作成の書面にも、原告は頸椎又は胸腰椎に脊椎圧迫骨折を残しており、そのことがエックス線写真等により確認できること、頸椎又は胸腰椎に脊椎固定術が行われたこと、項背腰部軟部組織に明らかな器質的変化が認められることのいずれの要件も満たしている旨の記載がある。
さらに、本件訴訟での鑑定において、鑑定人は、原告の頸椎可動域を測定した上、一般論として、環軸椎固定術を行った場合、前後屈は52%(47度)、側屈は49%(27度)、回旋は86%(84度)程度減少しても不自然とはいえず、このように障害された場合、回旋はほぼ不可能な印象を与えると判断している(平成21年1月7日付け鑑定書)。
以上によれば、自賠責保険の認定どおり、原告の後遺障害は、原告の頸椎部の運動障害が第8級第2号に該当し、頭部外傷による障害が第12級第13号に該当し、これらにより併合第7級が適用されるのであって、原告の後遺障害による労働能力喪失率は、これを56%とするのが相当である。
(イ) これに対し、被告は、上記鑑定が前提とした情報は原告からのものであるとして、原告は賠償欲求が強いこと、平成18年9月21日及び平成19年2月15日の診察時に比べて平成20年12月3日の鑑定のための診察時には可動域の数値が大幅に下回っていたことなどから、原告による可動域コントロールの可能性を示唆し、上記鑑定の信用性を否定する。
しかしながら、上記2(1)イにおけるカルテの記載等から、直ちに原告の賠償欲求が通常人に比して著しく高いとまではいうことができないばかりか、仮に原告の賠償欲求が高かったとしても、そのことから直ちに、原告がA病院の診察時において、自ら頸椎の可動域を過小にコントロールし、もって医師である丙川医師を欺き、真実に反する測定をさせたとまで断定することには、なお躊躇があるといわざるを得ない。実際、本件証拠中の各医療記録においても、原告がかかる可動域のコントロールをしたことを直接うかがわせる記載は見当たらない。
もっとも、確かに、平成18年9月21日の丙川医師による診察では頸椎可動域は前屈20度、後屈30度、右屈15度、左屈15度となっており、平成19年2月15日の同医師による診断でも同じ数値となっているところ、平成20年12月3日の鑑定人による診察では前屈5度、後屈5度(他動運動では10度)、右屈5度、左屈5度という低い数値にとどまっている(平成21年1月7日付け鑑定書)。しかしながら、鑑定人は、頸椎の可動域を正確に測定することは簡単ではないとした上、丙川医師による診察時の数値との間に大きな差が生じている原因は不明であるとしつつも、鑑定人による診察での計測結果は平成18年3月14日のレントゲン計測時及び同年6月9日のレントゲン計測時の計測に近いものであったとも説明している(平成21年2月5日付け鑑定書)。結局のところ、丙川医師による診察時と鑑定人による診察時とで可動域の数値が異なっている原因は不明といわざるを得ず、この相違が、鑑定
人による診察時に原告が可動域をコントロールしていたために生じたものであり、ひいては丙川医師による後遺障害診断書のための診察時にも同様のコントロールがあったものと断定するのは、困難といわざるを得ない。
(ウ) なお、被告は、原告の環軸椎固定術によって第1頸椎(環椎)と第2頸椎(軸椎)が固定された後も、脊柱の屈曲・進展は、障害を受けない他の脊柱等により代償されるケースが多く、また、頸部の回旋運動についても、胸腰部の回旋運動によりある程度代償されると主張する。
しかし、上記鑑定において、鑑定人は、頸椎の可動域は椎間板及び椎間関節の動きにより決まるところ、一般に中高年以上では椎間板及び椎間関節は柔軟性を失い、運動によって動きが以前より増大することはほとんど望めないなどの理由から、第2頸椎と第3頸椎以下の部分に代償性可動域の増大は生じないと考えられるとしている。
(エ) また、被告は、原告の看護記録によると相当程度の作業が自立できるとされており、原告の本人尋問によっても、ワープロの操作、起床、洗面、歯磨き、うがい、トイレ、朝食摂取、歩行、列車乗車を単独で行っている上、軽トラックを頻繁に運転し、乗り降りも1人で自由にできていることを指摘する。
しかしながら、本件証拠上、原告の主張する頸椎の運動障害があった場合に、上記作業の実行が完全に不可能であることを認めるに足りる証拠はない。特に、被告は、原告が軽トラックを運転するに当たっては右左折又は後退時に直接目視をしているはずであり、頸椎がほとんど動かないというのは信用できないと主張するが、軽トラックは通常の乗用車に比して運転席の座席が高く視界が良好といえる上、後退時には頸椎を動かさずにバックミラーによって後方確認をしている旨の原告の供述につき、およそ現実性を欠くとして排斥することも困難であって、上記(ア)における判断を覆すには足りない。
イ 平成18年9月22日から平成20年3月31日まで
原告は、本来、平成20年3月31日の退職予定日まで勤務可能であったが、平成17年3月31日をもって退職を余儀なくされたとして、症状固定日の翌日である平成18年9月22日から平成20年3月31日までの逸失利益を主張する。
しかし、原告の計算は、上記2年間の収入がまったく得られないことを前提としているところ、原告の後遺障害による労働能力喪失率は上記アのとおり56%であり、100%ではないのであるから、得られなくなった収入の全額を逸失利益ととらえるべきではない。
また、原告は、労働能力喪失期間を、2年間として計算しているところ、原告は平成20年3月31日時点では65歳であるから、症状固定日の翌日当時の64歳から65歳までの1年間として計算するのが相当である。
したがって、原告の事故前の日給を2万6,238円とし、労働能力喪失率を56%とし、1年のライプニッツ係数を0.9524とすると、以下のとおり510万7,766円となる。
(計算式)2万6,238×365×0.56×0.9524=510万7,766
ウ 平成20年3月31日から
まず、原告は教育ローンを借り入れており、その返済が平成27年2月まで続くこと、原告の退職金のうち約2,300万円が住宅ローンの返済に充てられたことなどの諸事情に照らすと、原告の主張するとおり、原告には郵便局の退職予定日である平成20年3月31日後も就労する蓋然性があったことが認められる。
そして、これに基づく逸失利益を算定するに当たっては、退職前の収入額に照らし、原告には退職後も少なくとも平均賃金が得られる蓋然性があったというべきである。被告は、民間会社に再就職した場合の退職共済年金の一部支給停止制度により、社会通念上、退職共済年金の額が減らされてまで民間企業から収入を得ようとすることは考え難いと主張するが、かかる社会通念を裏付けるに足りる証拠はない。
また、原告の労働能力喪失期間については、原告は症状固定日の翌日である平成18年9月22日当時64歳であったところ、平成18年簡易生命表に基づく64歳の平均余命は19.22年であることから、その2分の1である9年後の73歳まで就労可能であったとし、定年時の65歳から73歳までを再就職に係る労働能力喪失期間とするのが相当である。
以上を前提に、基礎収入を賃金センサス平成18年第1巻第1表企業規模計・男性・大学大学院卒・65歳以上の平均賃金644万0,100円とし、労働能力喪失率を56%とし、9年のライプニッツ係数を7.1078とし、1年のライプニッツ係数を0.9524とすると、65歳からの再就職に係る逸失利益については、以下のとおり2,219万9,179円となる。
(計算式)644万100×0.56×(7.1078-0.9524)=2,219万9,179
(9) 後遺障害慰謝料
原告の後遺障害の内容及び程度にかんがみると、原告の後遺障害慰謝料としては、これを1,000万円とするのが相当である。
(10) 年金の逸失利益
原告は、本来は65歳で退職する予定であったところ、本件事故により62歳での退職を余儀なくされ、この早期退職により毎年の退職年金が年額19万4,843円減少したとして、平均余命までの逸失利益を主張する。
しかしながら、本件証拠上、原告の労働能力が56%の限度で喪失した事実は上記(8)アのとおり認められるものの、これを超えて、原告の就労がおよそ不可能であったとまでは認めるに足りないのであり、原告の62歳での退職(休業補償として認定した症状固定日までの休業を除く。)が本件事故と相当因果関係を有するとはいい難いのであって、ましてや、かかる退職により、原告の受給する退職年金が年額19万4,843円の割合で減少したことまで、本件事故と相当因果関係の範囲内にある損害であると認めることは困難である。
したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の上記主張は理由がない。
(11) (1)から(10)までの合計 6,737万8,702円
(12) 過失相殺後の額
上記(11)の額に、原告と被告の過失割合を35対65として過失相殺をすると、過失相殺後の額は4,379万6,156円となる。
(13) 既払金
既払金が3,217万3,807円であることは、当事者間に争いがない。
(14) 既払金控除後の額((12)から(13)を差し引いた額) 1,162万2,349円
(15) 弁護士費用
本件事故の内容、本訴の事案の難易、経過、認容額等その他の本件に現れた諸般の事情にかんがみると、本件事故と相当因果関係を有する弁護士費用の額は、110万円をもって相当とする。
(16) 損害額合計((14)と(15)の合計) 1,272万2,349円
第四 結論
よって、原告の請求は、被告に対し、不法行為に基づき、1,272万2,349円及びこれに対する不法行為の日(本件事故の日)である平成16年12月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから棄却し、なお仮執行免脱宣言は相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成21年6月18日)
仙台地方裁判所第2民事部
裁判官 廣瀬 孝