2歳児の店舗駐車場での礫過死は被害者側の過失1割と認定し、固有慰謝料含め死亡慰謝料2,800万円認めた
【判決の要旨】
ショッピングモール駐車場内の走行スペースで飲食しながら座り込んでいた2歳男児Aが、被告普通乗用車に礫過され死亡したとする事案につき、被告は「被告車両の運転席に座ってその前方を確認したところ、人影は視認しえず被告車両に備え付けられていた衝突防止ソナーも鳴らなかったため、左斜め前方向に向かって発進し、Aに衝突、同人を礫過した」と事故態様を認め、被告はAを礫過したことを争うが、「被告車両が発進して停止した後被告車の下からAが発見されたこと」等から、「被告車両がAを礫過したことに疑いの余地はない」と認定。2歳男児Aの死亡慰謝料につき、本人分2,400万円認め、両親各144万4,444円、兄111万1,112円の固有慰謝料を認め、合計2,800万円認定した。
福岡地裁 平成27年5月19日判決(確定)
事件番号 平成25年(ワ)第2793号 保険代位金請求事件(甲事件)
平成25年(ワ)第2813号 損害賠償請求事件(乙事件)
<出典> 自保ジャーナル・第1947号
判 決
甲事件原告 X保険会社
(以下「原告保険会社」という。)
同訴訟代理人弁護士 西田 稔
同 西田靖子
同 恒川元志
同 平井敬三
同 中島正博
乙事件原告兼乙事件原告甲野三郎親権者父 甲野一郎
(以下「原告一郎」という。)
乙事件原告兼乙事件原告甲野三郎親権者母 甲野花子
(以下「原告花子」という。)
乙事件原告 甲野三郎
(以下「原告三郎」という。)
乙事件原告ら訴訟代理人弁護士 宮田卓弥
同 桑原 淳
同 高藤基嗣
甲・乙事件被告 乙山次郎
(以下、単に「被告」という。)
同訴訟代理人弁護士 村山 崇
同 渡邉 陽
【主 文】
1 被告は、原告一郎に対し、2,376万2,338円及びうち2,165万4,435円に対する平成25年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告花子に対し、2,376万2,337円及びうち2,165万4,435円に対する平成25年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告三郎に対し、106万3,366円及びうち96万9,037円に対する平成25年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告は、原告保険会社に対し、598万4,043円及びこれに対する平成25年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
6 訴訟費用は、甲・乙事件を通じ、これを90分し、その80を被告の負担とし、その4を原告一郎の負担とし、その4を原告花子の負担とし、その1を原告三郎の負担とし、その余を原告保険会社の負担とする。
7 この判決は、1項ないし4項に限り、仮に執行することができる。
【事実及び理由】
第一 請求
1 甲事件
被告は、原告保険会社に対し、735万3,550円及びこれに対する平成25年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 乙事件
(1) 被告は、原告一郎に対し、2,679万9,500円及びうち2,425万8,500円に対する平成25年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被告は、原告花子に対し、2,679万9,500円及びうち2,425万8,500円に対する平成25年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 被告は、原告三郎に対し、198万3,000円及びうち179万5,000円に対する平成25年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、被告運転の普通乗用自動車と亡甲野太郎(以下「亡太郎」という。)間の交通事故に関し、原告一郎との間で締結されていた人身傷害補償保険契約に基づいて保険金を支払った原告保険会社が、被告に対し、亡太郎の相続人が被告に対して有する損害賠償請求権(代位)に基づいて、735万3,550円及びこれに対する保険金支払日の翌日である平成25年8月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め(甲事件)、亡太郎の父母である原告一郎及び原告花子が、被告に対し、各2,679万9,500円及びうち2,425万8,500円に対する不法行為日後である同日から支払済みまで同割合による遅延損害金の支払を求め、亡太郎の兄である原告三郎が、被告に対し、198万3,000円及びうち179万5,000円に対する同日から同割合による遅延損害金の支払を求めた(乙事件)という事案である。
1 争いのない事実等
(1) 事故の発生
下記事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
記
日 時 平成23年11月14日
場 所 福岡県<地番略>駐車場(以下「本件駐車場」という。)内(以下「本件事故現場」という。)
被害者 亡太郎
付近の車両 普通乗用自動車(以下「被告車両」という。)
同運転者 被告
態 様 被告車両の下部から亡太郎が発見された(なお、被告車両が轢過したかどうかには争いがある。)。
(2) 亡太郎の死亡等
ア 亡太郎は、平成23年11月14日、肺挫傷、外傷性血気胸、後頭骨骨折、脳挫傷の傷害を負い、これにより、死亡した。
イ 原告一郎は亡太郎の父、原告花子は亡太郎の母、原告三郎は亡太郎の兄である。
(3) 責任原因
被告は、被告車両を自己のために運行の用に供していた者である。
(4) 保険契約
原告一郎は、原告保険会社との間で、次の人身傷害補償保険契約を結んでいた。
保険期間 平成21年12月26日から平成24年12月26日
被保険者 亡太郎を含む
(5) 人身傷害保険金の支払
原告保険会社は、原告一郎及び原告花子に対し、平成25年8月1日、人身傷害保険金1,117万5,000円を支払った。
(6) 治療費の既払
亡太郎の治療費45万6,660円は、被告において支払済みである。
2 争点
(1) 事故態様
(原告保険会社、原告一郎、原告花子及び原告三郎(以下、まとめて「原告ら」という。)の主張)
本件事故は、被告車両が駐車スペースから走行スペースに進入した際、亡太郎を轢過したというものである。
被告は、本件事故現場において、駐車スペースから被告車両を発進させるに当たり、乗車前に安全確認を行った上、発進時に前方左右の安全確認を十分に行い、徐行にて発進すべき義務を負っていたにもかかわらず、これらを怠ったものである。
(被告の主張)
被告車両が亡太郎を轢過したことは、不知。被告には、子供を轢いたり、何かにタイヤが乗り上げた感覚はない。
仮に、被告車両が亡太郎を轢過したとしても、被告は、被告車両に乗り込む前、店舗から被告車両前方を歩いたが、その際、被告車両周辺に亡太郎はおらず、本件事故直前における亡太郎の位置・動静を被告車両運転席から目視することはできない。被告は、左前方を含む周辺の安全を確認し、被告車両に搭載されている衝突防止ソナーも鳴らなかったことを確認の上、被告車両を発進させたのであるから、被告には本件事故について過失は存しない。仮に過失があるとしても、被告の過失割合は5割を超えない。
(2) 損害
(原告らの主張)
ア 治療費 45万6,660円
イ 入院付添費 6,500円
ウ 入院雑費 1,500円
エ 葬儀関係費 181万8,004円
オ 逸失利益 2,204万9,254円
基礎収入 529万8,200円
生活費控除率 50%
ライプニッツ係数 8.3233
(計算式)
529万8,200×(1-0.5)×8.3233=2,204万9,254(1円未満切り捨て)
カ 傷害慰謝料 2万3,000円
キ 死亡慰謝料 2,400万円
ク 弁護士費用 478万9,000円
ケ 近親者固有慰謝料
原告一郎 330万円
原告花子 330万円
原告三郎 220万円
(被告の主張)
治療費は認め、その余の損害は争う。
(3) 損害の填補
(被告の主張)
被告は、亡太郎の葬儀において、15万円を交付したので、同金員は既払として控除されるべきである。
(原告一郎、原告花子及び原告三郎の主張)
被告は、葬儀会場の受付に強引に15万円を渡して帰っただけであり、これは香典の趣旨で交付されたものである。もっとも、原告一郎、原告花子及び原告三郎としては、上記のとおり強引に預けられたものであるから、被告において返還を求めるのであれば、直ちに返還する用意がある。
第三 当裁判所の判断
1 争点(1)(事故態様)について
争いのない事実等、証拠(略)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
(1) 本件事故現場は、本件駐車場内であり、その概況は、別紙交通事故現場見取図(以下「別紙図面」という。)のとおりである。本件駐車場内の車両及び人の交通量は頻繁である。
平成23年11月14日(以下、本(1)項中の時刻は、すべて同日である。)、原告花子は、亡太郎を連れて「B店」で買い物を済ませた後、本件駐車場に移動し、自己の運転してきた車両(以下「花子車両」という。)に荷物を積み込んだ。同じころ、被告は、被告車両の前を歩行して、別紙図面①地点に駐車中の被告車両の右後部ドアを開けて買い物袋を後部座席に置いて同ドアを閉めた後、右前部ドアを開けて運転席に乗り込んだ。
原告花子が上記荷物積み込みに際して、一時亡太郎から目を離したところ、亡太郎は花子車両のドア付近から本件駐車場の走行スペースである別紙図面【ア】地点に移動し、パンを食べながらそこに座りこんだ。被告は、被告車両の運転席に座ってその前方を確認したところ、人影は視認しえず、被告車両に備え付けられていた衝突防止ソナーも鳴らなかったため、左斜め前方向に向かって発進したところ、亡太郎に衝突し、同人を轢過した。進行途中、被告は、女性の悲鳴を聴き、別紙図面②地点でブレーキをかけ、別紙図面③地点に停車し、車外に出たところ、亡太郎は別紙図面【イ】地点に転倒していた。その周辺の路面には、別紙図面記載のとおり、血痕が付着し、パンが散乱していた。衝突防止ソナーは、背の低いものには反応しないことがある。
以上のとおり認められる。
これに対し、被告は、被告車両が亡太郎を轢過したことを争うが、被告が被告車両の前を横切る際には亡太郎は別紙図面【イ】地点に倒れていなかったこと、被告が被告車両を発進させる前には周囲から悲鳴を聴いてはいないこと、被告車両が発進して停止した後被告車両の下から亡太郎が発見されたことを総合すれば、被告車両が亡太郎を轢過したことに疑いの余地はない。
(2) 以上のとおり、本件事故は、幼児等いわゆる交通弱者を含む人の往来も多い駐車場内での交通事故である。ひとたび幼児と自動車との間で事故が発生すれば、幼児の生命を奪う等の重大な結果をもたらすことは、当然に予想される。
そうすると、被告は、このような大きな危険を内包する被告車両を発進させようとする以上、被告車両に乗り込み、これを進行させるまでの過程において、周囲に幼児の有無を確認した上で、発進進行までの間に幼児が死角に入りこんでしまう可能性を念頭に置き、その有無・動静に注意しておく義務があるところ、被告は、これを怠ったまま漫然と被告車両を発進させた過失があると認められる。他方、被害者側である原告花子においても、事故の発生防止を車両運転者の注意にのみ委ねるのではなく、亡太郎の動静に注意しておく義務があったところ、これを怠ったものと認められる。上記事故態様に基づき、両者の過失を対比すると、過失割合は、被告が9、原告花子が1の関係にあると認められる。
2 争点(2)(損害)及び争点(3)(損害の填補)について
(1) 損害額(過失相殺前)
ア 治療費 45万6,660円
治療費が標記のとおりであることについては、当事者間に争いがない。
イ 入院付添費 6,500円
原告は、本件事故による入院付添費として標記金額を要したと認められる(弁論の全趣旨)。
ウ 入院雑費 1,500円
原告は、本件事故による入院雑費として標記金額を要したと認められる(弁論の全趣旨)。
エ 葬儀関係費 150万円
葬儀費用は、150万円の限度で本件事故と相当因果関係にあると認められる。
オ 逸失利益 2,192万1,907円
亡太郎は、本件事故当時2才の男子であり、本件事故に遭わなければ、18才から67才まで稼働することができたと認められるから、本件事故当時である平成23年における産業計・企業規模計・学歴計男子労働者(全年齢)の賃金センサスである526万7,600円を基礎とし、生活費控除率を5割として、ライプニッツ式計算法により、年5分の割合による中間利息を控除して、同稼働期間内の逸失利益の現価を算出すると、2,192万1,907円となる。
(計算式) 526万7,600×(1-0.5)×8.3233=2,192万1,907(1円未満切り捨て)
カ 傷害慰謝料 2万3,000円
本件事故の態様、傷害の程度その他本件に表れた一切の事情を考慮すると、亡太郎の傷害慰謝料は2万3,000円が相当である。
キ 死亡慰謝料等 合計2,800万円
本件事故の態様、亡太郎の年齢、家族状況その他本件に表れた一切の事情を考慮すると、亡太郎の死亡慰謝料は2,400万円、近親者固有慰謝料は、原告一郎及び原告花子が144万4,444円、原告三郎が111万1,112円とするのが相当である。
(2) 損害額(過失相殺後)
ア 過失相殺後
(1)に掲げた損害額の合計は5,190万9,567円であるところ、上記1の次第で1割の過失相殺を行うと、4,671万8,610円(1円未満切り捨て)となる。この内訳は、原告一郎及び原告花子については、各2,285万9,305円、原告三郎については、100万円である。
イ 損害の填補及びこれに伴う諸計算
(ア) 治療費
亡太郎の治療費45万6,660円は、被告において支払済みであるから(争いのない事実等(6))、これを損害全体額のうち亡太郎の損害から控除すると、控除後の損害全体額は4,626万1,950円となる。この内訳は、原告一郎及び原告花子については、各2,263万0,975円、原告三郎については、100万円となる。
(イ) 被告主張の15万円(争点(3))
被告は、亡太郎の葬儀において、15万円を交付したので、同金員は既払として控除されるべきであると主張するが、同金員が交付された場面及びその金額に照らすと、これをもって損害を填補する性質のものと認めることはできない。
(ウ) 弁護士費用
原告一郎、原告花子及び原告三郎は、既払治療費を控除した後の残元金に弁護士費用を加算した後の元金を基準として人身傷害保険金支払までの遅延損害金を請求する。
そこで、人身傷害保険金による損害填補を判断する前の段階で弁護士費用について判断するに、本件事故の態様、本件の審理経過、認容されるべき額等に照らし、弁護士費用は原告一郎、原告花子及び原告三郎関係の合計で400万円をもって相当と認める。弁護士費用の内訳は、原告一郎、原告花子については、各195万円、原告三郎については、10万円とする。
既払治療費を控除した後の損害全体額の残元金(4,626万1,950円)に弁護士費用(400万円)を加算すると、5,026万1,950円となる。この内訳は、原告一郎及び原告花子については、各2,458万0,975円、原告三郎については、110万円となる。
(エ) 人身傷害保険金
原告一郎及び原告花子は、原告保険会社から、平成25年8月1日、1,117万5,000円の人身傷害保険金の支払を受けているが(争いのない事実等(5))、これは損害のうち被害者側の過失割合による部分(519万0,957円)に充当され、次いで残余の598万4,043円(1,117万5,000円-519万0,957円)が被告の過失割合による元金部分に充当される(なお、598万4,043円の充当の内訳については、原告一郎及び原告花子に対して、各292万6,540円、原告三郎に対して、13万0,963円とする。)。
そうすると、平成25年8月1日終了時点の損害全体額の残元金は4,427万7,907円(5,026万1,950円-598万4,043円)となる。
上記内訳は、原告一郎及び原告花子については、各2,165万4,435円、原告三郎は96万9,037円となる。
(オ) 人身傷害保険金支払までの遅延損害金
平成23年11月14日から平成25年8月1日まで(627日、なお、平成24年はうるう年である。)の5,026万1,950円に対する年5分の割合による遅延損害金は431万0,134円(1円未満切り捨て)である。
上記遅延損害金の内訳は、原告一郎は210万7,903円、原告花子は210万7,902円、原告三郎は9万4,329円となる(なお、上記内訳を算出するにあたっては、1円未満の端数が生ずるが、当該端数は、原告一郎と原告花子との関係では、乙事件訴状における当事者欄掲記の順に従い、原告一郎に寄せることとした。)。
(カ) 人身傷害保険金支払時の残元金及び遅延損害金
したがって、平成25年8月1日終了時の損害全体額の残元金及び遅延損害金の合計は4,858万8,041円(4,427万7,907円+431万0,134円)である。
上記の内訳は、原告一郎は2,376万2,338円、原告花子は2,376万2,337円、原告三郎は106万3,366円となる。
(3) 原告一郎、原告花子及び原告三郎の請求関係
以上の次第で、原告一郎は、被告に対し、2,376万2,338円及びうち2,165万4,435円に対する平成25年8月2日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を、原告花子は、被告に対し、2,376万2,337円及びうち2,165万4,435円に対する同日から支払済みまで同割合による遅延損害金を、原告三郎は、被告に対し、106万3,366円及びうち96万9,037円に対する同日から支払済みまで同割合による遅延損害金をそれぞれ請求しうる。
(4) 原告保険会社の請求関係
原告保険会社が平成25年8月1日に支払った人身傷害保険金は、上記(2)イ(エ)のとおり、そのうち598万4,043円が被告の過失割合による元金部分に充当される。
したがって、原告保険会社は、被告に対し、598万4,043円及びこれに対する平成25年8月2日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を請求しうる。
なお、被告は、原告保険会社が原告一郎及び原告花子と被害者過失分であることを合意して1,117万5,000円を支払ったのであるから、原告保険会社は保険代位請求権を有しないと主張するが、当該法的主張の前提となる事実自体を認めるに足りる証拠はない。
3 結論
よって、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成27年4月21日)
福岡地方裁判所第5民事部
裁判官 山口浩司