ケンカの後、乗用車の屋根にしがみつき、走行する加害車を蹴り回すなどしていた被害者に4割の過失相殺が適用された事例
【判決の要旨】
ささいなケンカの後、乗用車のルーフによじ登られ、フロントガラスを蹴破られたことに腹を立て、振り落とそうと15分間にわたり時速100キロで走行したり急ブレーキで急停車したり発進したり、ジグザグ運転で走行したりして振り落した加害運転者に民法709条責任が認められた。「しゃくっちゃれ」「落としちゃれ」と申し向けた加害車同乗者に民法719条、709条責任、発進しようとした加害車に飛び乗り、走行する加害車を蹴り回すなどしていた被害者に4割の過失相殺が適用された事例。
大阪地裁 昭和63年6月30日判決
事件番号 昭和62年(ワ)第7775号
<出典> 自保ジャーナル・判例レポート第79号-No.1
主 文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
(以下略)
事実の要旨
被害者は、昭和60年8月17日午前2時15分頃、ケンカの末飛び乗った被告占部運転の加害乗用車(保有者被告大村、同乗者被告槙野、向井)の屋根に乗っている被害者を振り落そうと、15分間にわたり100キロに加速したり急ブレーキを踏んだり解除し、ジグザグ運転したりしたため、路上に転落、脳挫傷等で死亡。
よって被害者の両親は左記金額を求めて訴えを提起。
逸失利益 2,152万8,836円
(19歳男子、会社勤務、59年センサス学歴計同年齢平均から生活費50%を控除し、67歳までホフマン式で算定)
慰謝料 1,500万円
葬儀費用 100万円
弁護士費用 300万円
よって各金2,202万4,418円を請求。
理 由
一 事故の発生
(証拠略)を総合すれば、被告占部は、昭和60年8月17日午前2時15分ころ、占部車を運転し、その屋根上に亡哲也を乗せたまま広島県尾道市西則末町12番45号先路上を走行中、同人を路上に転落させて脳挫傷等の傷害を負わせ、同月21日午後3時30分、同人を右傷害により死亡するに至らせたことが認められ(被告占部が右日時、場所において、占部車の屋根の上に亡哲也を乗せたまま占部車を運転して走行中、同人を路上に転落させたことは、原告らと被告大村を除くその余の被告らとの間において争いがない。)右認定を覆すに足りる証拠はない。
二 責任
1 被告占部
前掲各証拠によれば、被告占部は、同月17日午前2時ころ、自車を同市高須町1,193番地の八尾道トラックステーション東方約50メートルの道路上に停車させ、自車に同乗していた被告槙野、同向井ら5名とともに他の自動車に乗っていた亡哲也ら4名と喧嘩をしたが、その後右被告らを同乗させて占部車を運転し、再発進して間もなく、自車のトランクの上に亡哲也が乗り、屋根に手を掛けて自車にしがみついているのに気づいたことが認められる。
したがって、被告占部は、直ちに自車を停止させ、占部車から同人が転落するのを未然に防止すべき注意義務があったものというべきである。
しかるに、前掲の各証拠を総合すれば、被告占部は、自車を停止させず、速度を時速約100キロメートルに上げたりしながら、同日午前2時15分ころまでの間、同市西則末町12番45号尾道地区消防本部前道路上付近までの約3.4キロメートルにわたって自車を走行させ続けたのみならず、その途中の同町11番4号大浦建設株式会社先、三叉路交差点付近を走行中、自車の屋根によじのぼっていた亡哲也に自車のフロントガラスを蹴破られたことに腹を立てて同人を自車から振り落とそうと決意し、同人を路上に振り落とせば同人が死亡するかもしれないことを認識しながら、前記尾道地区消防本部前路上付近に至るまでの約90メートルにわたり、敢えて自車を時速約40キロメートルの速度でジグザグ運転したり、急ブレーキをかけて急にこれを解除したりしたため、同人を占部車の屋根の上から路上に転落させたことが認められ、これを左右するに足りる証拠はない。
右の事実によれば、被告占部は、民法709条に基づき、本件事故によって生じた後記損害を賠償する責任があることが明らかである。
2 被告槙野、同向井 前掲各証拠によれば、被告槙野、同向井は占部車に同乗していたところ、占部車の屋根に乗っていた亡哲也に自車のフロントガラスを蹴破られたことに腹を立て、他の同乗者とともにこもごも被告占部に対し、「しゃくっちゃれ」「落としちゃれ」などと申し向けたこと、被告占部は、これに呼応して前記のように占部車をジグザグ運転したり、急ブレーキをかけて急にこれを解除したりして亡哲也を路上に転落させたことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
右の事実によれば被告槙野、同向井は、被告占部が未必的な殺意をもって亡哲也を自車の屋根の上から路上に転落させるのを幇助したものというべきであり、民法719条、709条に基づき、本件事故によって生じた後記損害を賠償する責任がある。
3 被告大村
被告大村が本件事故当時占部車を所有していたことは原告らと被告大村との間に争いがない。
したがって、同被告は、占部車を自己のために運行の用に供していたものと推認すべきであり、自動車損害賠償保障法3条に基づき、本件事故によって生じた後記損害を賠償する責任があるものというべきである。
三 損害
(亡哲也分)
1 逸失利益
(証拠略)によれば、亡哲也は、本件事故当時19歳の健康な男子で、訴外新光産業株式会社に勤務し、月額金12万2,600円の給与を得ていたことが認められる。
したがって、同人は、本件事故により死亡しなければ、就労可能な67歳までの48年間にわたり年間147万1,200円の収入を得られたものと推認することができ、同人が右の間に得られたであろう利益の額から50パーセントの割合による同人の生活費を控除し、ホフマン式計算法により年5分の割合による中間利息を控除して同人の逸失利益の本件事故当時における現価を算出すると次の計算式のとおり、金1,774万7,306円となる。
1,471,200円×(1-0.5)×24.1263=17,747,306
2 慰謝料
本件事故により死亡した亡哲也が本件事故により被った精神的、肉体的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額は、金1,500万円と認めるのが相当である。
(原告ら固有分)
3 葬儀費用
(証拠略)によれば、原告らは、亡哲也の葬儀を執り行い、その費用として相当額の支出をしたことが認められるところ、本件事故と相当因果関係に立つ葬儀費用は、原告らそれぞれにつき各40万円と認めるのが相当である。
四 相続による権利の承継(略)
五 過失相殺
前掲各証拠によれば、亡哲也は、前記尾道トラックステーション東方約50メートルの道路上において、発進しようとした占部車のトランクの上に飛び乗り、その屋根によじのぼって走行する占部車を蹴り回すなどしたことが認められ、同人が走行中の占部車のフロントガラスを蹴被ったことは前記認定のとおりである。
してみれば、本件事故の発生については、被害者である亡哲也にも過失のあったことが明らかであり、同人の右過失を斟酌し、前記損害額の4割を減額するのが相当である。
六 損害の填補
抗弁2(注-自賠責保険金2,506万3,350円填補)の事実は当事者間に争いがないので、原告らの被告らに対する前記損害賠償債権は、いずれも填補されて消滅したものというべきである。(以下略)
大阪地方裁判所第一五民事部
裁判官 山下満