【判決要旨】
①原告車がコインパーキングに入場時、スペース内に設置されたフラップ板が上がったままの状態だったために接触、原告車が損傷したことから、本件駐車スペースに瑕疵があったとして損害賠償を求める事案につき、フラップ板はゴミ等により誤感知したものと推認されるが、進路の安全確認は運転手の基本的注意義務であり、通常の運転方法で車両を移動させる限りではフラップ板の状態も認識可能だったこと、本件駐車場入口にフラップ板確認の掲示がされていたこと等から、本件駐車スペースが安全性を欠いていたということはできないとして、スペース内の設置又は保存の瑕疵を否認した。
東京地裁 平成26年11月7日判決
事件番号 平成26年(レ)第398号 損害賠償請求控訴
平成26年(レ)第458号 同附帯控訴事件
1審 東京簡裁 平成26年4月7日判決
事件番号 平成25年(少コ)第2659号
<出典> 判例時報2252号89頁
判 決
控訴人兼附帯被控訴人 Y会社
(以下「控訴人」という。)
同代表者代表取締役 丙川次郎
同訴訟代理人弁護士 久恒三平
同 榊原史乃
被控訴人兼附帯控訴人 甲野一郎
(以下「被控訴人」という。)
【主 文】
1(1) 控訴人の控訴に基づき、原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) 上記部分につき被控訴人の請求を棄却する。
2 被控訴人の附帯控訴を棄却する。
3 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
【事実及び理由】
第一 当事者の求めた裁判
1 本件控訴について(控訴人の控訴の趣旨)
主文1項同旨
2 本件附帯控訴について(被控訴人の附帯控訴の趣旨)
(1) 原判決中被控訴人敗訴部分を取り消す。
(2) 控訴人は、被控訴人に対し、3万9,118円を支払え。
第二 事案の概要
本件は、被控訴人が、自己所有の普通乗用自動車を控訴人の所有管理するコイン式駐車場に駐車させるに当たり、自車が上記駐車場に設置されたフラップ板に接触した事故について、控訴人に対し、民法717条1項に基づき、損害賠償金13万0,392円及びこれに対する不法行為の日(上記事故発生日)である平成25年11月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案
である。
原審は、控訴人の損害賠償責任を認めた上、上記事故における過失割合は、被控訴人が3割、控訴人が7割であるとして、被控訴人の請求を、控訴人に対し9万1,274円及びこれに対する上記同日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余の請求を棄却したところ、控訴人が、請求の全部棄却を求めて控訴し、被控訴人が、その敗訴部分の一部について附帯控訴した。
1 前提事実(証拠及び弁論の全趣旨により認定できるか、当事者間に争いのない事実)
(1) 当事者等
ア 被控訴人は、普通乗用自動車(トヨタマークX。以下「本件車両」という。)の所有者である。
イ 控訴人は、横浜市港北区<地番略>において、Bパーキング(以下「本件駐車場」という。)を管理・運営している。本件駐車場は、無人のコインパーキングである。
(2) 本件事故の発生
被控訴人が、平成25年11月24日午後7時50分頃、本件車両を後退させて本件駐車場のa番の駐車スペース(以下「本件駐車スペース」という。)に入庫しようとしたところ、本件駐車スペース内に設置されたフラップ板(車の移動をロックする金属板。以下「本件フラップ板」という。)が上がったままの状態であったため、本件車両のリアバンパー及びリアマフラーが本件フラップ板と接触して損傷した(以下「本件事故」という。)。
本件事故後、控訴人委託のメンテナンス業者が本件駐車場において確認したところ、本件フラップ板の機械部分にゴミが被さった状態にあり、これを取り除いた後は、本件フラップ板が下がり、その後の車両の入庫に対しては、正常に反応していた。
(3) 利用規約(免責規定の存在)
本件駐車場の駐車場管理規程(以下「本件管理規程」という。)には、利用者は入庫前にフラップ板が下がっていることを確認しなければならない旨の規定(6条1号)及び入庫前よりフラップ板が上がっている場合の入庫を禁止し、入庫前よりフラップ板が上がっているにもかかわらず入庫した場合の車両の破損等につき控訴人は責任を負わない旨の規定(16条3号。以下「本件免責規定」という。)などがあり、本件管理規程の全文が、本件駐車場入口にある精算機右側面に掲示され、また、そのうちの本件免責規定などについては、朱書き記載されていた。
2 争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 工作物責任(争点1)
(被控訴人の主張)
ア 本件駐車スペースについて、本件事故当時、空車の状態であったにもかかわらず、機械の誤作動で本件フラップ板が上がったままになっていた。このようにフラップ板が上がったまま通常の車庫入れを行うと、車両とフラップ板が接触するから、通常有すべき安全性を欠いたものといえ、本件駐車スペースに瑕疵があった。
また、本件フラップ板が上がったままとなった原因は、センサーがゴミに反応してしまったことであるが、ゴミが被さっただけで機械に誤作動が生じるのであれば、機械設備として極めて安全性に欠けるものといえる。
イ 被控訴人は、本件事故により本件車両の修理代金13万0,392円の損害を受けた。
(控訴人の主張)
ア 無人のコインパーキングは、不特定多数の利用者が比較的短時間の駐車のために入庫し、機械による精算を終えて出庫するとの用法がとられ、人員を配置せず機械精算をすることによりコストを抑え、低額でサービスを提供している。そして、いたずらや風等によりフラップ板部分にゴミが被さることによりフラップ板が上昇することがしばしばあるため、多くの無人のコインパーキングには、フラップ板が下がっていることの確認を求める注意書が備わっている。
本件駐車場についても、上記のような事情が認められ、そのような低額でのサービスを受ける利用者としては、入庫前に必ずしもフラップ板が下がっているとは限らないことを前提にコインパーキングを利用することが一般的に要求されている。
したがって、本件駐車スペースの本件フラップ板が上がったままであったとしても、無人のコインパーキングの性質上、通常有すべき安全性を欠くことにはならないため、本件駐車スペースに瑕疵はない。
イ 本件事故は、被控訴人が本件フラップ板の状態を確認しなかったために生じたものといえ、本件駐車スペースの瑕疵ではなく、被控訴人の注意義務違反のみによって生じたものといえる。
(2) 本件免責規定による免責(争点2)
(控訴人の主張)
仮に本件事故が本件駐車スペースの瑕疵により生じたものであるとしても、本件免責規定により、控訴人は責任を負わない。
本件免責規定が消費者契約法に違反するため無効であるとする被控訴人の主張については、争う。
(被控訴人の主張)
本件免責規定は、消費者契約法に違反し無効である。
(3) 過失相殺(争点3)
(控訴人の主張)
本件において、以下の事情からすると、被控訴人に過失が認められる。
本件駐車場入口にある精算機右側面の見やすい場所には、利用者が入庫前にフラップ板が下がっていることを確認しなければならない旨規定した本件管理規程6条1号が朱書きで掲示されていた。また、仮に被控訴人が本件管理規程の存在を知らなくとも、一般に、運転者には、車両の後退の際の後方確認義務が認められる。
本件駐車スペースには、その入口付近の天井に大きな蛍光灯が設置され、夜間でも明るさに問題はないし、本件フラップ板の上がった状態の高さは約20センチメートルであるため、本件事故当時も、後方確認をしていれば、本件フラップ板が上がっている状態は目視により十分確認可能であった。
それにもかかわらず、被控訴人は、本件フラップ板が下がっていることを確認せずに入庫しており、被控訴人には注意義務違反がある。
また、目視で本件フラップ板の上昇に気付かなかったとしても、本件フラップ板に本件車両が接触した時点で、直ちに本件フラップ板の異変に気付くことが可能であって、それ以上本件車両を後退させなければ本件車両に損傷は生じなかったといえるにもかかわらず、被控訴人は、本件車両の速度を十分に落とさず、かつ後方を注視せずに、本件車両が本件フラップ板に乗り上げて動かなくなるまで後退を続けていたため、専ら被控訴人の注意義務違反によって本件損傷が生じたものといえる。
(被控訴人の主張)
争う。
本件において、利用者が本件管理規程を唯一見る機会があるのは精算機を使用する出庫の時だけであり、控訴人は本件駐車場利用者に対し、利用前に本件管理規程を読ませることを前提としていないため、注意喚起としては不十分である。したがって、被控訴人には、空車であっても誤作動によりフラップ板が上がったままになり得ることを知る余地はなく、フラップ板を確認すべき義務はない。
また、被控訴人は、運転速度を含め、本件車両の運転操作に問題はなく、過失は認められない。
第三 当裁判所の判断
1 認定事実
前提事実(2)の事実に弁論の全趣旨及び括弧内に記載した証拠によれば、次の事実が認められる。
(1) 本件駐車場は、1階部分にある屋内駐車場である。
本件駐車スペースは、本件駐車場の通路左側に位置し、建物の支柱の間に設けられた2台分の駐車スペースのうちの右側部分であって、その奥行きは約4.6メートル、幅は約2.2メートルであり、駐車スペース入口部分から約1.8メートル奥の位置に、銀色のフラップ板が、駐車スペースの最後部にセンサーポールがそれぞれ設置されている。
本件フラップ板は、同装置とセンサーポールとの間にあるセンサーが車両を感知することで上昇する仕組みになっており、上昇した際のフラップ板の接地面からの高さは、約20センチメートルである。
本件駐車場の天井には、通路に沿って蛍光灯が設置されており、その明かりは、本件駐車スペースの奥側にも及んでいる。
(2) 平成25年11月23日午後7時27分39秒に、本件駐車スペースを利用していた第三者が精算を終えて出庫したが、同時32分39秒、精算後5分経過してもなお同駐車スペースに車両が駐車されていると本件駐車スペースのセンサーが誤感知し、同分49秒、本件フラップ板が再度上昇した。
(3) 被控訴人は、本件事故当時、本件駐車場内に入り、本件駐車スペースに後退駐車するため、本件駐車スペースを左にしながら、その前方を通り過ぎ、その後、本件車両のハンドルを右に切って少し進んだ後、本件車両を後退駐車した。
本件駐車スペースを左にしながらその前方を通り過ぎる時には、運転席からは、本件フラップ板が本件車両の車体に隠れてしまうため、その状態を確認することはできないが、その後ハンドルを右に切って少し進んだ時には、本件車両の左サイドミラー
により本件フラップ板の状態を確認することができる。また、本件駐車スペースに本件車両を後退駐車させる時には、本件車両の右サイドミラーにより本件フラップ板の状態を確認することができる。なお、これらの写真の撮影時刻は日中であり、本件事故当時の本件駐車スペースの明るさとは異なるものではあるが、証拠(略)により認められる同所付近の明るさに照らし、上記認定は左右されるものではない。したがって、本件車両駐車時、本件車両が死角となり、本件フラップ板の状態を確認することはできなかったか、角度によってはサイドミラーに写り得るが、写ったとしても本件フラップ板が上がっているかを判別可能な程度ではないとする被控訴人の主張は、採用することができない。しかも、当審第2回口頭弁論期日において陳述した被控訴人準備書面からすれば、本件車両には、バックモニターもあって、これを見ながら運転していたとの事実も認められ、後方確認は更に容易であったということになる。
(4) 被控訴人は、同月24日午後7時58分、故障通報をした。
2 争点1(工作物責任)について
(1) 民法717条1項にいう土地の工作物の設置又は保存の瑕疵とは、土地の工作物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、当該工作物の使用に関連して事故が発生し、損害が生じた場合において、当該工作物の設置又は保存に瑕疵があったとみられるかどうかは、その事故当時における当該工作物の構造、用法、場所的環境、利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきである。
(2) 前提事実(2)及び上記1に基づき、これを検討する。
本件フラップ板が上がったままの状態にあった原因については、本件事故後、本件フラップ板の機械部分に被さっていたゴミを取り除いたところ、本件フラップ板は正常に作動したことからして、本件駐車スペースのセンサーがゴミを車両の入庫と誤感知したことにあると推認でき、上記作動状況からして、本件フラップ板設備の電気系統等の故障の可能性は、否定される。
他方、そもそも進路の安全確認は、運転者として果たすべき基本的な注意義務であり、また、本件駐車場における本件駐車スペースの位置関係などからすると、これに進入するには、自車を一旦停止させた後、ハンドルを切りながら、低速度で後退させるのが通常の運転方法であり、このような運転方法を取る限りにおいては、自らが自車を進入させようとしている本件駐車スペースの状況を注意するならば、本件フラップ板が上がったままの状態にあることも十分認識可能であったと認められるところである。
また、駐車しようとする車両がフラップ板に接触することがあったとしても、生命身体の安全に関わる重大な事故に及ぶ危険性は低いと考えられるのだから、本件フラップ板が上がったままの状態にあった時間が1昼夜に及ぶにしても、このような時間のうちに上記状態を是正することは、無人のコインパーキングの性質からして、求められているとは認められない。加えて、前提事実(3)のとおり、本件駐車場入口にある精算機右側面には、駐車場利用者が入庫前にフラップ板を確認するよう掲示もされていたところである。
これらの事実関係に照らした場合、ゴミの誤感知を原因とする誤作動があったとしても、通常は、運転者が適切な確認を行うことにより、接触を回避することを期待することができるというべきであるから、本件駐車スペースが通常有すべき安全性を欠いていたということはできず、本件駐車スペースの設置又は保存に瑕疵があったとは認められない。
3 結論
以上によれば、被控訴人の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却すべきであるから、これと異なり、被控訴人の請求を一部認容した原判決は失当である。
よって、控訴人の控訴は理由があるから、これに基づき原判決中控訴人敗訴部分を取り消し、同部分につき被控訴人の請求を棄却し、被控訴人の附帯控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所第4民事部
裁判長裁判官 松井英隆
裁判官 佐藤重憲
裁判官 大瀧泰平