深夜の高速道路で前方第1車線追突事故の自動二輪車を認めたが、第2車線を130キロメートルで走行し轢過のY乗用車に共同不法行為責任を認定した
【判決の要旨】
23歳女子のAは、高速道路でX運転の自動二輪車後部に同乗中、Z運転の自動二輪車に追突され、第2車線に転倒したところをY乗用車に轢過されて死亡した事案につき、Yは「制限速度を50キロメートルも超過する時速130キロメートル以上の速度で本件現場の第2車線を進行中、自車の前方37.1メートル先の第1車線上における第1事故(追突)の発生を現認したのに、直ちに急制動措置を講じることなく進行したものであるが、第1事故を現認した地点よりY車がA(第1車線を走行中のX車から第2車線上に投げ出されて滑走)を轢過した地点までの距離は89.4メートルであり、Yが時速80キロメートルの制限速度を遵守して進行し、第1事故を現認するや直ちに急制動措置を講じていれば、摩擦係数や反応速度の幅を考慮しても停止距離が89.4メートルを大幅に下回ることは明らかであり、優に第2事故を回避できたものである」とするが、Yは、「上記のとおり時速130キロメートルを下らない高速で進行し、第1事故によりX車とA及びXが第2車線上に進入・滑走するのを現認してから急制動措置を講じたが間に合わず、よって、第2事故を惹起し、Aを脳挫滅により即死させたのであるから、Aと両親である原告父及び原告母に対し、不法行為に基づく損害賠償責任を免れない」として、「Zによる第1事故とYによる第2事故は、時間的にも場所的にも近接しているのみならず、第1事故が発生すれば、第2事故も発生することが通常予想される類型の一連の事故であり、Zの運行供用者責任及び不法行為責任とYの運行供用者責任及び不法行為責任は、共同不法行為の関係に立つということになる」とZとYの共同不法行為を認定した。
自賠責12級13号後遺障害を残す症状固定時28歳男子大卒上場企業会社員Xの後遺障害逸失利益算定につき、Xは、「少なくとも左下肢欠損機能障害について後遺障害等級12級13号(局部に頑固な神経症状を残すもの)の後遺症認定を受けた」等とし、「症状固定時である平成25年度の年収は634万7,432円であり、同年度大学・大学院卒男子の全年齢平均賃金センサス640万5,900円と近似していることを考慮すると、Xの全年齢平均収入は同金額を上回る蓋然性が高いから、Xの基礎収入を646万0,200円と認める」と認定し、Xの労働能力喪失率については、67歳までの39年間14%の労働能力喪失により後遺障害逸失利益を認めた。
横浜地裁 平成27年9月30日判決(確定)
事件番号 平成25年(ワ)第2533号 損害賠償請求事件(第1事件)
平成26年(ワ)第474号 損害賠償請求事件(第2事件)(控訴中)
<出典> 自保ジャーナル・第1960号
(平成28年2月25日掲載)
判 決
第1事件原告 甲野一郎
(以下「原告一郎」という。)
同 甲野春子
(以下「原告春子」という。)
上記両名訴訟代理人弁護士 榎本峰夫
同 戸塚東子
第2事件原告 丙川三郎
(以下「原告丙川」という。)
同訴訟代理人弁護士 武内大徳
同 阿部 智
同 和田真美
第1・第2事件被告 乙山次郎
(以下「被告乙山」という。)
同訴訟代理人弁護士 南出行生
同 小原一恵 外7名
第1事件被告 丁山四郎
(以下「被告丁山」という。)
同訴訟代理人弁護士 島林 樹
同訴訟復代理人弁護士 大井 暁
同 五十嵐佳子
同 永松裕幹
【主 文】
1 被告らは、原告一郎及び原告春子のそれぞれに対し、連帯して4,407万8,891円及びこれらに対する平成22年7月11日から支払済みまで年5分の割合に
よる金員を支払え。
2 被告乙山は、原告丙川に対し、2,343万4,115円及びこれに対する平成22年7月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、原告一郎及び原告春子と被告らの間においては、これを10分し、その9を被告ら、その余を同原告らの負担とし、原告丙川と被告乙山の間においては、全て同被告の負担とする。
5 この判決は、第1、第2項に限り、仮に執行することができる。
【事実及び理由】
第一 請求
1 被告らは、原告一郎及び原告春子のそれぞれに対し、連帯して5,022万4,159円及びこれらに対する平成22年7月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告乙山は、原告丙川に対し、2,346万7,527円及びこれに対する平成22年7月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
第1事件は、後記第1、第2事故により死亡した甲野花子(以下「花子」という。)の相続人である原告一郎及び原告春子が被告らに対し、共同不法行為(自賠法3条、民法709条、710条、719条)に基づき、連帯して上記1の各請求額及びこれらに対する交通事故の日である平成22年7月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案であり、第2事件は、原告丙川が第1事故により損害を被った旨主張して自賠法3条及び民法709条、710条に基づき、上記2の請求額及びこれに対する前同日から支払済みまで同様の遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実(争いのない事実、被告らの一部が争う部分についても証拠を明示)
(1) 当事者
花子は、丙川車の後部座席に同乗していたが、交通事故により死亡し、原告一郎及び原告春子が花子の親として花子を相続した。
後記事故発生当時、被告乙山及び原告丙川は大型自動二輪車(以下「乙山車」ないし「丙川車」という。)を、被告丁山は普通乗用自動車(以下「丁山車」という。)
をそれぞれ運転していた者である。
(2) 事故の発生
・日 時 平成22年7月11日午前0時57分頃
・場 所 川崎市川崎区<地番略>Bトンネル内のa方面からb方面に向かう高速道路(以下「本件現場」という。)
・加害車 被告乙山運転の乙山車と被告丁山運転の丁山車
・被害車 原告丙川運転の丙川車(後部座席に花子が同乗)
・態 様 被告乙山は、本件現場の第1車線上で乙山車を丙川車に追突させ、原告丙川と丙川車の後部座席に乗車していた花子を第2車線上に振り落とした(以下「第1事故」という。)。他方、被告丁山は、丁山車を運転して本件現場の第2車線を走行中、花子を轢過した(以下「第2事故」という。)。
・結 果 花子は第2事故で脳挫滅により即死し、原告丙川は第1事故で左第5中足骨開放骨折、腓骨骨折、腓骨神経麻痺の傷害を被り、平成25年4月15日、左下肢欠損機能障害(局部に頑固な神経症状を残すもの)に該当するとして後遺障害等級12級13号の後遺症認定を受けた。
(3) 被告らの責任
ア 被告乙山は、第1事故について花子と原告一郎及び原告春子並びに原告丙川に対し、自賠法3条(明らかに争わない)と民法709条、710条に基づく損害賠償責任を負う(物損は後者の責任のみである。)。
イ 被告丁山は、花子と原告一郎及び原告春子に対し、少なくとも自賠法3条但書の免責事由が認められない限り、運行供用者責任を免れない。
2 争点及び当事者の主張
(1) 被告丁山の責任原因
【原告ら】
ア 第1事故の発生
被告乙山は、乙山車を運転して本件現場(法定速度時速80キロメートル)の第2車線を時速145キロメートル以上の速度で走行中、第1車線へ車線変更する際、ハンドル操作やブレ
ーキ操作等を誤って第1車線を時速約90キロメートルで走行中の丙川運転の自動二輪車(以下「丙川車」という。)に衝突し、その衝撃で丙川及び丙川車の後部座席の花子が振
り落とされた(第1事故)。
イ 第2事故の発生
被告丁山は、上記第2車線を時速130キロメートルを下らない速度で走行中、第1事故を現認し、その衝撃で乙山車や被告丙川及び花子が第2車線を滑走することを予測し得たのであるから、このような場合、第1事故後の各車両及び乗務員の動静に注視し、急ブレーキをかけて丁山車を減速するなどすれば、第2事故を回避できたのに、第2車線上に投げ出された花子に気づかずに急ブレーキをかけることもなく、花子を轢過して脳挫滅で即死させた。即ち、被告丁山は、約37.1メートル(以下「約」は省略)先の第1事故を目撃したのであり、目撃地点から丁山車が花子を轢過した地点までの距離は89.4メートルであるところ、第1事故により運転手及び同乗者が第2車線上に転落・滑走するのを予見し得たのであるから、第1事故の目撃時点で急ブレーキを踏めば、制限速度時速80キロの場合には停止距離が46.31メートル、時速110キロメートルの場合でも停止距離は78.94メートルであるから第2事故を回避できた。しかるに、被告丁山は、丁山車を時速130キロメートルを下らない速度(証拠(略)の戊田鑑定では時速145キロメートル)で走行させていたため、第2事故を回避できなかった。そうすると、第2事故は、被告丁山の速度違反と前方注視義務違反が複合して惹起されたものである。
ウ 被告丁山は、自賠法3条但書の免責を主張するが、上記のとおり、制限速度時速80キロメートルを大幅に超えた速度で走行したため、第2事故を避けられずに花子が死亡したのであるから、被告丁山には第2事故の発生について過失があり、上記主張は理由がない。
【被告丁山】
ア 丁山車は、第1車線を走行中、先行する乙山車を現認したため、第2車線へ車線変更したところ、乙山車は、第1車線上を加速して進行し、先行する丙川車に48.5メートルまで接近するや、突然左右に4ないし5回ほど小刻みに揺れ出し、僅か1.5秒間に丙川車と衝突した。その位置は、丁山車の左前方37.1メートルであり、丙川車、原告丙川及び花子が第2車線を滑走した。
イ ところで、被告丁山は、第1事故を認識した地点では、丙川車、原告丙川及び花子が第2車線へ転落ないし滑走して来ることを予見したり、回避措置として急制動措置を講じるべきかハンドル操作すべきかを瞬時に選択することは著しく困難であるから、被告丁山について、第2事故の発生を予見し、これを回避可能か否かを判断する基準時は、第1事故時ではなく、花子等が第2車線へ転落・滑走を開始した時点というべきである。
ウ そうすると、被告丁山が第1事故を目撃した地点から第1事故発生地点までは37.1メートルしかなく、第1事故後の丙川車は転倒まで同一車線内を11.9メートル直進しており、これを第1事故地点から第2事故地点までの距離89.4メートルから差し引き、丁山車の速度を時速80キロメートルとしても、第2事故の回避は不可能である。
なお、被告乙山は、後方から接近した丁山車に進路を譲ろうとして第2車線から第1車線へ進路変更した際、ハンドル操作を誤り、先行する丙川車に気づかず、衝突したとするが、被告丁山の責任に影響はない。
(2) 自賠法3条但書の免責事由の存否
【被告丁山】
被告丁山に法定速度違反があっても、第2事故の発生と因果関係がないから免責要件を満たすし、法定速度を遵守していたとしても、第2事故が不可避である場合には、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったことに該当する。そして、第2事故回避の注意義務の基準時は、花子等が第2車線に投げ出されたとき(早くても客観的に滑走、投げ出される可能性を認識し、自車の進路上の花子との衝突の危険が迫った時点)であるところ、被告丁山において、丙川車が第2車線に滑走するのを確認した地点とその際の被告丁山の間の距離は47.2メートルであるから、丁山車が時速80キロメートルであっても、第2事故を回避できなかったから、丁山車に速度違反があっても免責要件を満たす。また、花子の死亡及び原告丙川の受傷は、第1事故を引き起こした被告乙山の過失により発生したのであるから、「被害者及び運転者以外の第三者に故意又は過失があったこと」の要件を満たすことになる。
以上によると、自賠法3条但書の免責が成立し、被告に賠償責任はなく、無過失である以上、民法709条の賠償責任も存在しない。
(3) 損害
【原告一郎及び原告春子と花子】
ア 花子の損害
① 逸失利益 5,297万8,932円
・基礎収入 平成22年度の大卒女子の平均年収428万4,900円
・生活費控除率 30%
・ライプニッツ係数 満67歳(44年間)17.663
② 死亡慰謝料 2,500万円
花子には丙川車の後部に同乗していたのみであり、落ち度はないこと、将来ある23歳という若さで命を絶たれたこと、恐怖と原形を留めないほどに身体の損傷を受けたこと、乙山車も丁山車も制限速度を著しく超過し、運転動作を誤った乙山車による追突により路上に投げ出されたところを丁山車によって衝突され、脳挫滅により即死したこと、被告乙山は心からの謝罪や哀悼の意を表することもなく責任を他に転嫁する発言をしていること、被告丁山は、制限速度をはるかに超過した危険な走行をした上、前方不注視で花子に気づかず急ブレーキもかけずに轢過し、事故に責任がないかのような弁解をし、反省の態度は見られないことなどを考慮すると、被告らの悪質性は重大であり、死亡慰謝料としては2,500万円が相当である。
③ 葬儀関係費用 736万9,386円
葬儀会社入会金3,000円、遺体搬送業務66万9,450円、住職に対するお布施85万円、H斎場品代9,016円、H斎場使用料5,000円、線香代等2,110円、葬儀代444万1,106円、住職タクシー代8万2,180円、仏壇代金(内金)2万3,000円、会葬御礼追加費13万8,600円、仏壇代金(残金)20万7,000円、死体検案書料1万円、墓石戒名彫刻4万5,000円、四十九日会食代28万7,852円、一周忌住職へのお布施14万6,000円、一周忌会食代20万9,627円、住職タクシー代2,150円、三回忌住職へのお布施8万6,000円、三回忌会食代15万2,295円の合計である。
④ 弁護士費用 850万円
⑤ 合計 9,384万8,318円(原告ら各自4,692万4,159円)
イ 原告ら各自の固有損害
① 慰謝料 各300万円
② 弁護士費用 各30万円
【原告丙川】
ア 治療費 25万1,609円
① C病院 18万7,429円
② D大学病院 3万3,020円
③ Eカウンセリングルーム 2万8,000円
④ F薬局 3,160円
イ 入院付添費用 18万2,000円
平成22年7月11日から同年8月8日まで28日間入院し、原告の母がこの間付添をしたことから日額6,500円とすると、18万2,000円である。
ウ 入院雑費 4万2,000円
上記入院中の雑費として日額1,500円とすると上記金額となる。
エ 通院交通費等 6万7,200円
① 平成22年8月9日から同25年4月15日までの間に合計17日間、D大学病院へ通院した。その際、c市の実家から同病院まで往復10キロメートル程度を自動車で通院した。
② 1キロメートル15円相当で算定すると、2,550円である。また平成22年7月16日は花子の葬儀であり、入院中の原告丙川はタクシーで参列したため、タクシー代6万4,650円を要した。
オ 葬具・器具等購入費 5万3,830円
第1事故により短下肢装具及びオーバーシューズを使用せざるを得ず、同金額を出捐した。
カ 休業損害 86万1,425円
① 基礎収入
事故前3ヶ月間の収入合計額は85万9,896円であり、日額1万4,575円である。
② 休業期間
第1事故により平成22年7月ないし10月までの間、合計50日間欠勤し、年次有給休暇を10日間費消したから、合計60日間の休業を余儀なくされた。
③ 勤務先から給与を全額支給されなかった期間は49日間であり、有給休暇を10日間費消したところ、休業期間のうちの1日(平成22年7月26日)は、1,500円の減給となった。そうすると、第1事故により原告には86万1,425円の休業損害が発生した。
(計算式) 1万4,575円×59日間+1,500円×1日
キ 傷害(入通院)慰謝料 98万円
平成22年7月11日から同年8月8日まで合計28日間、入院治療を余儀なくされたほか、同年8月9日から平成25年4月15日まで合計22日間通院治療を余儀なくされた。そうすると、入院1月、通院2ヶ月の通院慰謝料は98万円が相当である。
ク 後遺症逸失利益 1,539万0,651円
① 基礎収入 646万0,200円
平成23年大学・大学院卒男子全年齢平均の賃金センサス646万0,200円程度の収入を得る蓋然性が高かったというべきである。
② 労働能力喪失率
原告丙川は、前提事実(2)のとおり左下肢欠損機能障害に基づく局部に頑固な神経症状を残す後遺障害があるから後遺障害等級12級13号に該当し、左腓骨神経麻痺により自動値で4分の3以下に可動域が制限されているから同等級12級7号にも該当する。そうすると、原告丙川の労働能力喪失率は少なくとも14%を下らない。
③ 労働能力喪失期間
症状固定時の原告の年齢は28歳であり、67歳までの労働能力喪失期間は39年であるからライプニッツ係数は17.017である。
(計算式)
646万0,200円×0.14×17.017=1,539万0,651円
ケ 後遺症慰謝料 290万円
コ 物損 60万5,400円
① 丙川車は全損により廃車となったが、その時価は57万5,400円程度である。
② 廃車処分代として3万円を要した。
サ 弁護士費用 213万3,412円
上記損害合計額は2,133万4,115円であるところ、1割相当額は213万3,412円であり、総額は2,346万7,527円である。
なお、弁護士費用については、原告らは一般人であり、勤務している以上、被害者請求を行えるわけではないこと、仮に本人がしても簡単に自賠責保険金を得られるというものではないこと、同原告が訴訟代理人弁護士に一括して損害賠償請求するのは合理的な判断であることからすると、これを損害として認めるべきである。
【被告乙山】
ア 原告一郎及び原告春子と原告花子の損害
争う。原告一郎及び原告春子の主張する弁護士費用については、一定程度、後記イで主張するとおり、自賠責保険の存在は弁護士費用の評価の基礎とすべきである。
イ 原告丙川の損害
争う。原告丙川の勤務先はG株式会社であり、大企業であるから、後遺障害があっても直ちに減収を来すことはないし、原告丙川が収入状況に係る資料の提出に応じないことからすると、大幅に第1事故後の収入が増額になっていると推認するほかない。また、原告丙川は、後遺障害等級12級の自賠責認定による224万円及び傷害保険金額120万円の合計344万円の支払を受けることは可能であるから、同金額に係る請求部分について弁護士を委任するまでもなく、本人請求も可能である。そうすると、当該部分の弁護士費用は、第1事故と相当因果関係はないというべきである。
【被告丁山】
争う。葬儀関係費は150万円の限度で相当因果関係を認める。また原告一郎及び原告春子は、既払金控除後の損害総額の10%相当額の弁護士費用を請求するが、自賠法16条による被害者請求すれば提訴せずとも容易に3,000万円の自賠責保険の支払を受けられるのであるから、第2事故と相当因果関係のある損害とすることはできない。
第三 当裁判所の判断
1 被告丁山の責任原因について
(1) 事実経過等(前提事実。なお、車両の停止距離は裁判所に顕著な事実)
ア 第1事故の発生
被告乙山は、平成22年7月11日午前0時57分頃、乙山車を運転してBトンネルの本件現場(法定速度時速80キロメートル)の第2車線(幅員3.6メートル)をa方面からb方面に向け、時速130キロメートル以上の速度で走行していた。
イ 被告乙山は、本件現場を走行中、第2車線後方から接近する丁山車(時速130キロメートル以上で走行)に気づき、その前方32.0メートルの地点をいわゆるバンク走法で第1車線(幅員3.6メートル)に向けて車線変更した。しかし、第1車線の左側のトンネル壁面に急接近し衝突の危険を生じたことから、被告乙山は、更に45.7メートル進行した地点で乙山車を立て直すため右側へバンクしながら33.3メートル進行した地点で、第1車線を時速90キロメートルで走行中の丙川車(運転席に原告丙川、後部座席に花子が同乗)の左後方に乙山車の右前部を激突させた。その結果、丙川車は11.9メートルほど進行したが転倒し、丙川車と原告丙川及び花子が第2車線上に振り落とされて第2車線上を滑走した。
ウ 被告丁山は、上記速度で本件現場を走行中、48.5メートル先の第1車線上を走行する乙山車が左右に数回揺れ始めるのを現認したが、その直後、丁山車の前方37.1メートル先で第1事故が発生し、更に42.2メートル進行した地点で、22.1メートル先の第1車線から第2車線に向けて滑走する丙川車等を現認した。ここに至り、被告丁山は、急制動措置を講じたが、47.2メートル進行した地点(第1事故現認後89.4メートル)で花子を轢過し、更に5.7メートル進行して丙川車と衝突した。花子は、第2事故地点から第2車線上を73.8メートル滑走し、脳挫滅により即死した。
エ 丁山車は、丙川車をその前部に巻き込んで前輪が浮いた状態で滑走を続け、第2事故発生地点から343.3メートル先で漸く停止した(時速130キロメートルの車両の急制動措置を講じた場合の停止距離は115メートルを下らないが、上記距離を滑走したのは、丙川車に乗り上げて前輪が浮いていたまま滑走したことに要因があると推認される。)。
オ 被告乙山は、第1事故地点から第2車線上を滑走し、143.2メートル先の第2車線の右端に止まり、乙山車は、第1事故地点から280.4メートル進行して第1車線上と左側路側帯の区分線上に停車した。
カ 丙川車は、第1事故地点から60.7メートル先の第2車線上で丁山車に衝突され、転倒地点から340.2メートル先の第1車線上に停止し、原告丙川は、転倒地点から62.4メートルの地点まで滑走した。
(2) 検討
高速道路を進行中の2台の自動二輪車が衝突した場合には、両車ともにバランスを崩して転倒し易いことは自明であり、本件現場は幅員が各3.6メートルの片側2車線の高速道路(制限速度時速80キロメートル)であるから、第1車線上で自動二輪車同士の衝突事故があった場合には、その衝撃ないし転倒回避の過程で衝突車及び被衝突車と各乗員がバランスを崩すなどして第2車線へ進入、転倒・滑走することがあり得ることは容易に予見可能である。したがって、被告丁山は、自動車運転者として上記制限速度を遵守することはもとより、進路前方の安全を確認しながら進行し、第1車線上で事故が発生した場合においても、直ちに急制動処置を講じるべき注意義務があったといわなければならない。
しかして、被告丁山は、上記制限速度を50キロメートルも超過する時速130キロメートル以上の速度で本件現場の第2車線を進行中、自車の前方37.1メートル先の第1車線上における第1事故(追突)の発生を現認したのに、直ちに急制動措置を講じることなく進行したものであるが、第1事故を現認した地点より丁山車が花子(第1車線を走行中の丙川車から第2車線上に投げ出されて滑走)を轢過した地点までの距離は89.4メートルであり、被告丁山が時速80キロメートルの制限速度を遵守して進行し、第1事故を現認するや直ちに急制動措置を講じていれば、摩擦係数や反応速度の幅を考慮しても停止距離が89.4メートルを大幅に下回ることは明らかであり(裁判所に顕著な事実)、優に第2事故を回避できたものである。
ところが、被告丁山は、上記のとおり時速130キロメートルを下らない高速で進行し、第1事故により丙川車と花子及び原告丙川が第2車線上に進入・滑走するのを現認してから急制動措置を講じたが間に合わず、よって、第2事故を惹起し、花子を脳挫滅により即死させたのであるから、花子と両親である原告一郎及び原告春子に対し、不法行為に基づく損害賠償責任を免れないというべきである。
この点につき、被告丁山は、上記89.4メートルを基準としても、丙川車転倒地点までの11.9メートルを差し引き、その間の丁山車の進行距離を考慮すると時速80キロメートルでも、第2事故の回避は不可能である旨主張するが、上記認定・説示に照らし、同主張は採用することができない。
(3) 以上によると、被告乙山による第1事故と被告丁山による第2事故は、時間的にも場所的にも近接しているのみならず、第1事故が発生すれば、第2事故も発生することが通常予想される類型の一連の事故であり、被告乙山の運行供用者責任及び不法行為責任(前提事実(3)ア)と被告丁山の運行供用者責任(前提事実(3)イ)及び不法行為責任(上記(2))は、共同不法行為の関係に立つということになる(被告丁山は、自賠法3条但書の免責事由を主張するが、第1、第2事故の発生経過は上記認定・説示のとおりであるから、同主張は採用しない。)。そうすると、被告らは、花子及び原告一郎及び原告春子に対し、損害賠償責任(不真正連帯債務)を免れないというべきである。
2 原告一郎及び原告春子と花子の損害
(1) 花子関係
ア 逸失利益 5,297万8,332円
① 基礎収入
死亡当時満23歳であったから、平成22年度の大卒女子の平均年収428万4,900円を基礎収入とする。
② 生活費控除率 30%
花子は独身女性であり、生活費控除率を30%と認める。
③ ライプニッツ係数
満67歳(44年間)までの同係数は17.6628
(計算式) 428万4,900円×(1-0.3)×17.6628
イ 死亡慰謝料 2,300万円
上記認定の事故の態様、死亡当時の花子の年齢(23歳)、花子には落ち度もないことに加え、花子の身体は著しく損傷を受けて即死したことからすれば、被告らが花子の冥福を祈り、原告一郎及び原告春子に謝意を示していることを考慮しても死亡慰謝料は2,300万円を下らない。
ウ 葬儀関係費用 217万9,450円
(ア) 証拠(略)によると、原告一郎及び原告春子は、花子の葬儀費用及び法要等の関係費用として葬儀会社入会金3,000円、お布施5万円、H斎場品代9,016円、同使用料5,000円、線香代等2,110円、葬儀代444万1,106円、住職タクシー代8万2,180円、仏壇代金(内金)2万3,000円、会葬御礼追加費13万8,600円、仏壇代金残金20万7,000円、墓石戒名彫刻4万5,000円、四九日会食代28万7,852円、一周忌のお布施14万6,000円、一周忌会食代20万9,627円、住職タクシー代2,150円、三回忌のお布施8万6,000円、三回忌会食代15万2,295円を出捐したことは認められる。
しかしながら、会葬御礼追加費及び各会食代は、香典等の範囲内でまかなわれるものであり、これを損益相殺の対象としないことを考慮すると、独立の損害とは認め難い。また、その他の損害については、花子の死亡と相当因果関係のある葬儀関係費としては150万円が相当である。そして、証拠(略)によると、花子の遺体の処置費用等の遺体搬送業務一式費用として66万9,450円を要したことが認められるところ、本件現場で死亡した花子の遺体の状況等を考慮すると、処置費用として相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
以上によると、葬儀関係費としては、216万9,450円と認めるのが相当である。
(イ) 証拠(略)によると、花子の死体検案書料として1万円を出捐したことが認められる。
エ 弁護士費用 780万円
上記損害額は7,815万7,782円(原告ら各自3,907万4,391円)であるところ、原告一郎及び原告春子が花子の相続人として本件訴訟の提起・追行を訴訟代理人弁護士に委任したことは記録上明らかであり、本件事案の特質、内容、認容金額、難易度等を考慮すると、弁護士費用としては780万円と認めるのが相当である。
以上の総合計は8,595万7,782円であるから、原告ら各自の相続額は4,297万8,891円である。
(2) 原告一郎及び原告春子各自の固有損害
ア 原告らは、第1事故及び第2事故という共同不法行為による花子の死亡により、筆舌に尽くし難い精神的苦痛を被ったというべきであるから、被告乙山の謝罪を考慮してもなお、これを慰謝するためには、花子の慰謝料とは別途各100万円ずつ(花子の分を含めて2,500万円)を認めるのが相当である。
イ 弁護士費用としては上記同様の趣旨から10万円ずつを認める。
ウ よって、固有の損害額としては合計220万円(各自110万円ずつ)ということになる。
(3) 以上によると、原告一郎及び原告春子の損害はそれぞれ4,407万8,891円ということになる。
3 原告丙川の損害
(1) 治療費 25万1,609円
前提事実(2)イのとおり、原告丙川は第1事故によって左第5中足骨開放骨折、腓骨骨折、腓骨神経麻痺の傷害を受け、証拠(略)によると、その治療費としてC病院に18万7,429円、D大学病院に少なくとも3万3,020円、Eカウンセリングルームに2万8,000円、F薬局に3,160円を各出捐したことが認められ、合計額は上記金額のとおりである。
(2) 入院付添費用 18万2,000円
証拠(略)及び弁論の全趣旨によると、原告丙川は、第1事故により、その主張どおりC病院に少なくとも28日間入院したこと、この間、昏睡状態や激痛が続いた上、左足が固定されていて動けずに寝たきり状態であったことから身の回りの世話を要したこと、自車の後部座席に同乗していた花子が死亡したことから、精神的にも混乱状態に陥り、強力な精神安定剤の投与を受け、その結果、自我を失ったり、自殺の危険性もあるため、常時家族の付添を要する旨の精神科医の指摘があったこと、このような経過の中で、実母が毎日付添をしたことが認められ、これらの事実に照らすと、実母が上記入院期間中に付添いをしたことは必要かつ相当であるというべきであり、1日当たりの近親者の付添費用を6,500円として算定すると18万2,000円となる。
(3) 入院雑費 4万2,000円
原告丙川は、上記のとおり28日間入院したものであり、雑費としては日額1,500円と認めるのが相当であるから上記金額となる。
(4) 通院交通費等 6万7,200円
ア 証拠(略)によると、原告丙川は、平成22年8月から同25年4月までに合計17日間、D大学病院へ通院し、その際の交通手段としてc市の実家から同病院まで往復10キロメートルを自動車で通院したことが認められるところ、1キロメートル当たりのガソリン代を15円相当で算定すると、2,550円であることが認められる。
イ 上記(2)の事実、証拠(略)及び弁論の全趣旨によると、原告丙川は、平成22年7月16日、花子の葬儀に入院先のC病院から介護タクシーをレンタルして参加し、タクシー代として6万4,650円を要したことが認められるところ、自ら運転していた丙川車の後部座席の花子が即死し、その葬儀に参加することには、相当な理由があり、同原告の当時の身体的状況を踏まえると、介護タクシーをレンタルしたこともやむを得ないというべきであるから、上記金額を葬儀参列費用として認めるのが相当である。
(5) 装具・器具等購入費 5万3,830円
証拠(略)によると、原告丙川は、第1事故により短下肢装具及びオーバーシューズを使用せざるを得ず、同金額を出捐したことが認められる。
(6) 休業損害 86万1,425円
ア 基礎収入
証拠(略)によると、原告丙川の事故前3ヶ月間の日稼働日数59日間の収入合計額は85万9,896円(本給67万5,000円と付加給18万4,896円)であるから、日額1万4,575円を下らないことが認められる。
イ 休業期間
証拠(略)及び弁論の全趣旨によると、原告丙川は、第1事故により休業せざるを得ず、平成25年4月15日、左下肢欠損機能障害(局部に頑固な神経症状を残すもの)に該当し、後遺障害等級12級13号の後遺症認定を受けたこと、この間、平成22年7月ないし10月までに勤務先から給与を支給されなかった期間は49日間であり、有給休暇を10日間費消したところ、休業期間のうち1日分(平成22年7月26日)は1,500円の減給となったことが認められる。
そうすると、原告丙川は、第1事故により合計86万1,425円の休業損害が発生したと認めるのが相当である。
(計算式) 1万4,575円×59日間+1,500円×1日
(7) 傷害(入通院)慰謝料 98万円
証拠(略)及び弁論の全趣旨によると、原告丙川は、その主張どおりC病院に平成22年7月11日から同年8月8日まで少なくとも28日間にわたり入院治療を余儀なくされたほか、D大学病院に同年8月9日以降17日間、Eカウンセリングルームに平成23年8月5日以降4日間、C病院へ平成22年9月28日に1日の合計22日間通院治療を余儀なくされたことが認められ、これらの事実と、原告丙川の受傷部位、内容等を総合すると、原告の精神的な苦痛を慰謝するには、同原告主張の98万円を下らないものと認めるのが相当である。
(8) 後遺症逸失利益 1,539万0,651円
ア 基礎収入 646万0,200円
証拠(略)(平成25年度の年収)によると、同原告は、大学を卒業してG株式会社に勤務しており、症状固定時の年齢は満28歳であったこと、症状固定時である平成25年度の年収は634万7,432円であり、同年度大学・大学院卒男子の全年齢平均賃金センサス640万5,900円と近似していることを考慮すると、原告の全年齢平均収入は同金額を上回る蓋然性が高いから、原告の基礎収入を646万0,200円と認めるのが相当である。
イ 労働能力喪失率
原告丙川が、平成25年4月15日、少なくとも左下肢欠損機能障害について後遺障害等級12級13号(局部に頑固な神経症状を残すもの)の後遺症認定を受けたことは前提事実(2)のとおりであるから労働能力喪失率を14%と認めるのが相当である。
ウ 労働能力喪失期間
症状固定時の原告の年齢は満28歳であり、67歳までの労働能力喪失期間は39年であるからライプニッツ係数は17.0170である。
(計算式)646万0,200円×0.14×17.017=1,539万0,651円
(9) 後遺症慰謝料 290万円
原告丙川は、上記のとおり第1事故により後遺障害等級12級相当の障害を被り、これにより精神的苦痛を被ったことが明らかであるから、これを慰謝するには290万円が相当である。
(10) 物損 60万5,400円
証拠(略)及び弁論の全趣旨によると、第1事故により丙川車は全損となって廃車となり、その処分費用として3万円を出捐したこと、原告車と同種のバイクの時価は57万5,400円を下らないことが認められる。
(11) 合計 2,133万4,115円
(12) 弁護士費用 210万円
上記損害合計額は2,133万4,115円であるところ、原告丙川が第2事件の提訴及び訴訟追行を訴訟代理人弁護士に委任したことは記録上明らかであり、本件事案の特質、内容、認容額、難易度等を考慮すると、弁護士費用としては、210万円であると認めるのが相当である。
(13) 以上によると、弁護士費用を加えた原告丙川の総損害額は2,343万4,115円であることが認められる。
4 なお、被告らは、自賠責保険に対し、原告らは被害者請求をすれば容易に支払を受けられる部分については、本件訴訟を提起する必要はなく、その部分にかかる弁護士費用は第1、第2事故と相当因果関係はない旨主張するが、被害者請求をするかどうかは、原告らの自由な裁量に任されているものであり、原告らが自ら被害者請求をすることが実体的にも手続的にも必ずしも容易であるとは認め難いことを考慮すると、被告らの上記主張は失当である。
5 結論
以上の次第であるから、第1事件原告一郎及び原告春子の被告らに対する不法行為に基づく損害賠償請求額は各4,407万8,891円、第2事件原告丙川の被告乙山に対する不法行為に基づく損害賠償請求権は2,343万4,115円、並びにこれらに対する事故発生日である平成22年7月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の各請求はいずれも理由がないから棄却することとして主文のとおり判決する(被告乙山の仮執行免脱宣言は本件事実関係のもとにおいては相当ではないから付さない。)。
(口頭弁論終結日 平成27年7月17日)
横浜地方裁判所第6民事部
裁判官 市村 弘