17歳男子の高次脳機能障害は美容専門学校卒業、国家資格取得、父親関係の職場で働き一応一人暮らし等から後遺障害等級は12級相当と認定した
【判決の要旨】
Z乗用車と衝突したY乗用車が暴走、佇立中の原告に衝突、「急性硬膜外血腫等により脳実質の圧排、正中偏位により若干の意識低下が発生」した原告は、事故約1ヶ月半後に復学も「著しく成績低下」、金銭感覚に異変も家業を継ぐため美容学校に入学し卒業、国家資格を取得しての一人暮らしも金銭感覚に問題があり、仕事、職場も父親の関係で簡易作業等、原告は「通常の労務に服することができるが、高次脳機能障害のため多少の障害を残すもの」として後遺障害等級12級相当であると認定した。
福岡地裁小倉支部 平成23年3月25日判決
事件番号 平成20年(ワ)第1803号 損害賠償請求事件(確定)
<出典> 自保ジャーナル・第1848号
(平成23年6月23日掲載)
判 決
原告 甲野太郎
原告 甲野一郎
原告 甲野花子
原告ら訴訟代理人弁護士 河原一雅
被告 丙川春子
被告 乙山次郎
向訴訟代理人弁護士 小川 正
【主 文】
1 被告らは、原告甲野太郎に対し、連帯して金1,821万7,910円及び内金1,701万7,910円に対する平成19年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告甲野太郎のその余の請求を棄却する。
3 原告甲野一郎及び原告甲野花子の各請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、これを20分し、その3を被告らの負担とし、その余は原告らの負担とする。
5 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告乙山次郎が1,200万円の担保を供するときは、その執行を免れることができる。
【事実及び理由】
第一 請求
1 被告らは、原告甲野太郎に対し、各自金1億1,976万0,906円及び内金1億1,192万6,081円に対する平成19年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、原告甲野一郎に対し、各自金330万円及び内金300万円に対する平成19年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告らは、原告甲野花子に対し、各自金330万円及び内金300万円に対する平成19年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)が、交差点の歩道上で信号待ちをしていた際、交差点で被告乙山次郎(以下「被告乙山」という。)の運転する車両と衝突してコントロールを失った被告丙川春子(以下「被告丙川」という。)の運転する車両が突っ込んできて同車両の下敷きになった事故(以下「本件事故」という)により受傷し、高次脳機能障害等の後遺障害が残ったとして、被告らに対し、民法709条及び自賠法3条に基づき、損害賠償を請求し、併せて、原告太郎の両親である原告甲野一郎(以下「原告一郎」という。)及び同甲野花子(以下「原告花子」という。)が原告太郎に残った後遺障害により精神的苦痛を被ったとして、民法709条及び自賠法3条に基づき、損害賠償を請求している事案である。
1 前提事実
(1) 本件事故の発生
ア 日 時 平成19年5月30日午前7時20分ころ
イ 場 所 北九州市<地番略>先路上(以下「本件交差点」という。)
ウ 加害車両 被告丙川運転の普通乗用自動車(ナンバー略。以下「被告丙川車両」という。)
エ 加害車両 被告乙山運転の普通乗用自動車(ナンバー略。以下「被告乙山車両」という。)
オ 事故態様 本件交差点をa方面からb方面に右折しようとした被告丙川車両が対向直進してきた被告乙山車両と衝突し、コントロールを失った被告丙川車両が、本件交差点歩道上で信号待ちをしていた原告太郎に突っ込み、同車両の下敷きにしたもの
(2) 被告らは、互いに安全確認を行って本件交差点を進行すべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠って本件事故を引き起こしたのであるから、本件事故により生じた損害につき、民法719条、同法709条及び自賠法3条に基づき、連帯して損害賠償責任を負う。
(3) 原告太郎(平成元年11月生)は、原告一郎及び原告花子の長男であり、本件事故当時、B高校に通う17歳の高校生であった。
(4) 原告太郎は、本件事故により、急性硬膜外血腫等の傷害を負い、C病院(以下「C病院という。」)に、平成19年5月30日から同年6月28日まで30日間入院し、同年7月9日から同年10月29日まで(実日数8日間)通院した。
また、原告太郎は、頸部痛リハビリ等で、Fクリニックに、平成19年8月6日から平成20年4月2日まで(実日数79日間)通院した。
さらに、原告太郎は、脳機能障害の検査のため、D大学病院に、平成20年5月7日から同年8月7日(実日数12日間)通院し、同年7月22日から同年8月7日まで17日間入院した。
(5) 原告太郎は、本件事故による上記(4)の治療費として、C病院分450万9,181円、Fクリニック分40万9,054円、D大学病院分100万1,910円の合計592万0,145円を要した。
上記治療費については、被告乙山加入の任意保険会社が全額支払済みである。
2 争点
(1) 後遺障害の内容、程度
(原告らの主張)
原告太郎は、本件事故後、C病院に搬送され、CT検査を受けた。その結果・側頭骨・前頭骨骨折、左前頭部に急性硬膜外血腫、左側頭葉・前頭葉の脳挫傷が認められ、くも膜下腔に出血と思われる高吸収域が認められた。集中治療室での治療時には、呼びかけで開眼する程度の意識障害(JCS10)が継続していた。退院後、原告太郎は、高校に復学したものの、成績が落ち、通学意欲が減少し、何事にも投げやりな状態になったことから、大学への進学をあきらめ、父母の仕事を継がせるため、美容専門学校に通うことになった。
その後、原告太郎は、D大学病院を受診し、高次脳機能障害の専門医である丁山三郎(以下「丁山医師」という。)の診察を受けた。丁山医師は、「平成20年8月4日に実施した頭部CTでは異常所見はなかったが、MRI画像では、両側側頭葉前部の皮質下、左前頭葉、脳梁体部に小なる低信号領域があり、右歯状核付近には高信号域が認められた。この所見からは、左側頭葉から前頭葉に明らかな脳挫傷を示唆する破壊病変はないものの、外傷性脳損傷による微少出血の所見があり、少なくとも「びまん性軸索損傷」と診断でき、画像所見から、何らかの高次脳機能障害を生じるものと推定できるとしている。また、神経心理検査及び標準注意検査の結果から、軽度ではあるが注意障害及び遂行機能障害がある。」旨判定している。
したがって、原告太郎は、本件事故によるびまん性軸索損傷により、注意障害及び遂行機能障害となり、その結果、原告太郎は、復学後、欠席が増加し、成績が落ち、さらに、金銭管理ができず、1ヶ月分の生活費をわずか1、2日で使い果たしたことがあり、物事を計画し実行するなどといったことができなくなってしまったのである。また、原告太郎は、前頭葉障害等により、自らの感情をコントロールすることができなくなっており、些細なことで感情を爆発させることが多くなっている。
このように高次脳機能障害の症状がある原告太郎は、単純な繰り返し作業ならば格別、一般の就労は困難であるから、後遺障害の等級として5級2号に当たる。その他、原告太郎は、開頭手術後、左目付近が陥没し、顔面に歪みが生じているし、手術の際に避けられない神経切断により、左側頭部に感覚麻痺が生じているから、少なくとも、「男子の外ぼうに著しい醜状を残すもの」として12級14号に当たるから、原告太郎の後遺障害は併合4級にあたる。
(被告らの主張)
自賠責保険では、高次脳機能障害は、「自動車事故などで脳が損傷され、一定期間以上(JCS3桁が少なくとも6時間以上か、JCS2桁ないし1桁が少なくとも1週間以上)、意識障害が発生された場合に発生し、CT・MRIなどの画像診断で急性期の所見があり、慢性期には脳室拡大と脳萎縮が認められる。また、認知障害とともに人格障害が認められ、仕事や日常生活に支障を来す。」とされている。そして、ここにいう脳損傷とはびまん性軸索損傷をいう。
本件では、原告太郎の画像所見にはびまん性軸索損傷の明確な所見はない。
丁山医師がびまん性軸索損傷を診断した際の所見である微小出血は、希有なものではなく、脳ドックにおいて脳出血を表す低信号域は、10%弱の症例で認められるとの報告もあり、これからびまん性軸索損傷と診断するのは画像の過剰読影である。また、意識障害についてはJCS10程度であった。
以上のとおり、原告太郎の初期の画像において認められたのはびまん性軸索損傷ではなく、局在性脳損傷であり、明確な脳萎縮、脳室拡大は認められていないから、上記の微小出血の所見があったとしても、原告太郎にびまん性軸索損傷が存在したことにはならない。
また、原告太郎は、本件事故後、かなり早い段階で復学し、平成20年3月に卒業して同年4月からc市内のマンションで一人暮らしをしながら、E専門学校に進学し、その後、美容師国家試験に合格して、平成22年4月から横浜の美容室に就職し、一人暮らしをしている。また、この美容師の国家試験は、技術的条件が細かく定められた実技試験、試験時間が1時間40分に及ぶ筆記試験を内容とするものであるが、原告太郎は、このような精神集中や持続又はストレスを感じる状況でもこれに合格している。また、原告太郎は、同僚や先輩との連携が必要な美容師という職場に勤務しているが、特に不都合は生じていないし、かえって、職場のパーティーで司会を務め、職場旅行にも参加するなど良好な関係を保っている。確かに、原告太郎は感情のコントロールに問題があるようであるが、先輩と口論となっても折れるしかないとして自己の感情をコントロールしている。また、金銭管理についても、労働能力の喪失と関係があるかは疑問である上、欲しい物があれば買ってしまうという若年者一般の精神・性格傾向に起因するものといえる。
以上から、仮に原告太郎に高次脳機能障害があったとしても、それは極めて軽度であることから、「MRI、CT等による他覚的所見は認められないものの、脳損傷があることが医学的にみて合理的に推測でき、高次脳機能障害のためわずかな能力喪失が認められる」として、後遺障害等級14級9号に該当し、労働能力喪失率を5%とするのが相当である。
(2) 損害額
(原告らの主張)
〔原告太郎〕
ア 医療費 592万0,145円
原告太郎は、本件事故による前提事実(5)のとおり、治療費として、C病院分450万9,181円、Fクリニック分40万9,054円、D大学病院分100万1,910円の合計592万0,145円を要した。
イ 入院雑費 3万9,000円
(C病院の入院30日分で1日当たり1,300円計算したもの)
ウ 入通院慰謝料 200万円
原告太郎は、本件事故により頭蓋骨骨折等の重大な傷害を負い、30日間に及ぶ入院生活と約9ヶ月に及ぶ通院(リハビリ)を強いられ、多大な精神的肉体的苦痛を被った。その慰謝料としては200万円が相当である。
エ 後遺障害慰謝料 1,800万円
原告太郎は、本件事故により上記(1)に主張する併合4級の後遺障害を負った。これを慰謝するためには1,800万円が相当である。
オ 後遺障害逸失利益 9,188万7,081円
原告太郎は、上記後遺障害により92%の労働能力を喪失した。それによる逸失利益は、平成18年度賃金センサス第1巻第1表の産業計・企業規模計・男子学歴計の全年齢平均賃金の年収555万4,600円を基礎収入とし、労働能力喪失期間を専門学校卒業時である20歳から67歳までの47年間として、ライプニッツ方式により中間利息を控除して逸失利益を算出すると、以下の計算のとおり、9,188万7,081円となる(円未満切捨て)。
555万4,600円×0.92×17.981
カ 弁護士費用 783万4,825円
原告太郎の損害額の7%程度が相当である。
〔原告一郎及び原告花子〕
ア 固有の慰謝料 各300万円
原告一郎及び原告花子は、本件事故により長男の原告太郎が上記した高次脳機能障害の後遺障害を負うことになったが、それにより、将来ある原告太郎に対する期待を失うとともに原告太郎への支援を余儀なくされるという多大な精神的負担を被った。その慰謝料はそれぞれにつき300万円が相当である。
イ 弁護士費用 各30万円
原告一郎及び原告花子は、慰謝料請求を弁護士に依頼し、報酬を支払うことを約したが、その額は各30万円が相当である。
(被告らの主張)
損害額は争う。
原告太郎主張の医療費は前提事実(5)のとおり、既に支払済みである。ただ、D大学100万1,910円については、本件訴訟提起のための検査費用であるから、本件事故による損害とは認められず、他の損害に充当すべきである。
第三 争点に対する判断
1 前提事実及び証拠(略)によれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告太郎は、平成19年5月30日午前7時20分ころ、本件事故に遭い、C病院に救急車で搬送された。
搬入時、原告太郎の意識障害は、JCSⅡ-10(普通の呼びかけで容易に開眼する)、GCSはE3(呼びかけにより開眼する)、V4(混乱した会話)、M6(命令に従う)であり、名前は言えたものの、日付や場所を応答できないという見当識障害があったが、その後、場所は分かるようになった。
左右瞳孔の対光反射があり、運動麻痺はなかった。
(2) 1回目のCT検査では、「頭部には左硬膜外血腫、皮下血腫、眼窩腫脹、左頬骨・側頭骨・前頭骨に多数の骨折、上顎洞、蝶形骨洞に液貯留が見られたが、眼窩内骨折ははっきりしなかった。脳実質には異常は見られなかった。
胸腹部には明らかな外傷性変化が認められず、骨折もはっきりせず、胸腹水はなかった。」などの所見であった。
(3) その後のCT検査では、「左前頭部に急性硬膜外血腫があり、くも膜下腔にも出血と思われる高吸収域が認められ、軽度脳実質の圧排、正中偏位がある。」などの所見が認められ、意識レベルも若干低下したので、同日午前10時ころから緊急に開頭血腫除去術が実施され、午後3時に終了した。
同手術直後のCT検査では、「左前頭葉から側頭葉の周囲に見られた硬膜外血腫が除去され、血腫による脳実質の圧迫が改善された。この付近には少量の液体と高吸収な液体があり、頭蓋内に空気が見られ、これらは術後の変化と思われた。右側頭葉周囲の硬膜外出血に明らかな変化はなかった。右中心溝に沿って高吸収があり、くも膜下腔の血液と思われた。」などの所見が認められた。
(4) 原告太郎は、同手術後、ICU(集中治療室)に収容され、翌31日の午前10時ころ、麻酔から覚醒し、意識障害はJCSが1-3(刺激しないでも覚醒しているが、名前や生年月日が言えない)、GCSがE4(自発的に開眼する)、V5(見当識あり)、M6となり、午後0時すぎころには、名前、年齢、所属高校名を言えるようになった。
さらに、同月31日のCT検査では、「左前頭部から側頭部の術後の軟部組織腫脹は増悪したが、術後部近傍の空気は減少しているようである。右側頭葉周囲の硬膜外出血に明らかな変化はない。右中心溝に沿って認められたくも膜下出血は消失した。
」などの所見が認められた。
(5) 原告太郎は、同年6月1日午前10時すぎころ、HCU(ICUよりややグレードが下がった高度集中治療室)に移り、その後、意識レベルはクリアであり、GCSがE4・V5(見当識あり)、M6であり、同日午後8時前ころから傾眠となり、同日午後11時ころ、入眠し、翌2日午前8時前ころ、目が覚め、同日午後2時ころ、6階の脳神経外科病棟に移った。その際、原告太郎は、質問に対してすべて正答されるも、いまいちはっきりしないとして、JCSが1-1とされた。
その後、CT検査では、同日2日には「左前頭部から側頭部の術後の軟部組織腫脹は変化がなく術後部近傍に空気がある。右側頭葉周囲の硬膜外出血は軽度縮小している。」、同月6日には「左前頭部から側頭部の術後の軟部組織腫脹は若干軽減している。右側頭葉周囲の硬膜外出血に変化はなく、その他新たな出血巣の出現はない。」などの所見となった。さらに、同月8日のMRI検査では、「左前頭部から側頭部に少量の術後血腫が見られ、右側頭部に硬膜外血腫があるが、脳実質内に明らかな異常信号域は見られない」などの所見となり、原告太郎は、「昨日から急にしゃべれるようになった」と訴えるまでになった。
(6) 原告太郎は、同月12から13日までのWAIS-R検査では、言語性評価(VIQ)96、動作性評価(PIQ)94、全検査評価(IQ)95、同月14日のWMS-R検査では、言語性記憶93、視覚性記憶98、一般性記憶93、注意・集中112、遅延再生91となり、この結果に基づき、同月15日、「知的面では、言語性・動作性共に乖離なく低下は認めません。記憶に関しても、短期記憶に問題はない。本件事故前後の記憶はないようだが、日常生活には支障はない。今後、学業等で問題が生じるようであれば、定期的な評価が必要である。」旨の報告書が作成された。また、同日のCT検査では「左前頭部から側頭部の術後の軟部組織腫脹はかなり軽減している。右側頭葉周囲の硬膜外血腫は低吸収域となってきている。サイズの変化はない。」などの所見であった。
(7) 原告太郎は、同月19日退院予定となり、同月16日から同月18日まで外泊許可を得て自宅に戻った。しかし、現時点では退院は不安であるとして、退院を延期し、リハビリ目的で、同月19日から16階病棟に移った。その後、原告太郎は、上記に追加して高次脳機能の検査を受けたが、同月27日、「遂行機能障害、注意障害、流暢性の低下も認められず、高次脳機能障害は認められない。」との報告が作成された。
原告太郎は、同月28日、退院となり、その後、C病院に通院したが、同年7月9日の受診時には、特に困ることはない旨申告し、同月23日の受診時には頸が痛く、後頭部痛が少しある旨訴えていたが、神経学的な異常はなかった。なお、原告太郎は、同年8月6日から平成20年4月2日まで、Fクリニックに頸椎捻挫の治療のため通院した。
(8) 原告太郎は、平成19年7月中旬ころ、復学した。原告太郎は、本件事故前は、バトミントン部のキャプテンとして部活動を行い、学業も、成績は悪い方ではなかった。ところが、原告太郎は、復学後、学業への意欲がなくなり、成績が著しく低下した。また、原告太郎は、月1回の割合で渡されていた小遣いを従前は節約して貯金もできていたが、復学後はすぐに費消してしまうようになった。
そのため、原告太郎は、本件事故前から父の仕事である美容院を継ごうと漠然と考えていたことや、他の仕事は困難である旨両親に言われ、平成20年3月に高校を卒業した後、同年4月から、美容師の資格を取得するため、c市内の美容専門学校であるE専門学校に入学した。その際、原告一郎は、原告太郎の希望によりc市内のマンションで一人暮らしをさせたが、生活費に関しては、1度に渡すとすぐに使ってしまうことが分かっていたので、週2回にわけて渡していた。
(9) 原告一郎は、原告太郎の復学後、本件事故前とは違って原告太郎の思考状態や行動に多少の違和感があるとしてC病院の紹介を受け、平成20年5月7日、D大学病院の丁山医師を受診し、諸検査を受けた。その結果、明らかな知能低下は認められなかったものの、軽度の記憶低下や思考の流暢性低下が疑われた。
その後、原告太郎は、平成20年7月22日から同年8月7日まで、D大学病院のリハビリテーション科に入院して高次脳機能障害に関する精密検査を受けた。その結果、画像検査では、「頭部CTでは異常は指摘できず、頭部MRIでは明らかな脳挫傷は認めないが、両側側頭葉前部の皮質下領域に小さな低信号域を少数認め、微小出血に相当する。左前頭葉にも少数同様の所見が疑われる。また、脳梁体部にも点状の低信号がみられ、所見としては軽度ではあるが、びまん性軸索損傷と考えられる。」とされた。また、高次脳機能の諸検査は、全般的に良好な結果とされ、退院となった。
これらの検査結果を踏まえて、高次脳機能障害を専門とする同大学の丁山医師は、平成21年10月18日、「MRI上、T2スター画像がびまん性軸索損傷を示唆するものであることから、本件事故により外傷性脳損傷を生じ、それにより高次脳機能障害を発症したと診断できること、高次脳機能障害は、知的低下や記憶障害はないか、あるいは極めて軽度である。しかし、注意障害と遂行機能障害があり、その程度は軽度で、通常の日常生活では概ね支障は生じないが、社会生活などで、特に精神集中や持続を要求される状態または急がされるなどでストレスを感じる状況下では、時に問題を生じることがあり、見守りや助言が必要であるなどとして、労務が相当程度制限され、自賠責の後遺障害等級表の9級10号に相当する。」との意見を述べた。
(10) 原告太郎は、E専門学校に通いながら実技試験と筆記試験のある美容師の国家試験に合格し(合格率約8割)、平成22年3月に同学園を卒業した。
なお、原告太郎は、同学園の在学中も、同学園から、感情のコントロールが困難であるなどの指摘を受けていたが、他方、原告太郎は、同学園1年次に自らの判断で、就職相談会に参加するために、単身東京の美容室まで見学に行ったこともあった。
(11) その後、原告一郎は、原告太郎が同学園卒業後東京方面に出たいと強く希望していたため、自己の知り合いのd市内の美容院で勤務させることにし、近くに賃貸マンションを借りた。原告一郎は、原告太郎が給与に見合った生活ができないことを懸念して給与振込口座を開設し、同口座において家賃や光熱費等の必要経費の支払いを引落しにした上、その取引状況をインターネットを通じて時々監視するようにしたが、原告太郎は、給与(月額約13万円)やクレジットカードなどで、洋服等多くの買物をしてしまい、生活費が足りなくなることが多々あり、その度に両親の援助を受けていた。また、原告太郎は、賃貸マンションの鍵を掛け忘れることも何度かあった。
原告太郎は、現在まで、基本的にはシャンプーの作業のみをさせられ、特に大きなトラブルもなく仕事をこなしている。また、職場のレクレーションや旅行にも積極的に参加して先輩との交流もしている。
なお、原告太郎は、平成22年7月ころから、リハビリテーション病院に通院しているが、約束どおり、通院ができていない状況にある。そこでの検査では、1度に2つ以上の事項を処理することに時間を要するとの結果が出ている。
(12) 被告側が依頼した日本脳神経外科学会専門戊田四郎の意見書によれば、「原告太郎の意識障害は、本件事故現場からC病院到着にかけては高度であり、その後も、中等度となって続いていたが、急性硬膜外血腫の除去後は、急速に改善しているから、意識障害は、びまん性軸索損傷によるというより血腫の圧迫によって起こったものといえること、急性期のCTの所見(側脳室の狭小化と頭蓋骨骨折及び左急性硬膜外血腫の直下に、くも膜下出血があるが、MRIも含めて大脳白質の小出血は認められない。)では、左急性硬膜外血腫の直下にある、くも膜下出血も局所的であり、血腫で圧迫された部分に存在していることから、側脳室の狭小化も、血腫の圧迫による可能性が高いことから、本症例では、びまん性軸索損傷の関与は低いこと、急性硬膜外血腫が脳を軽度圧迫し、急性期のMRIで脳挫傷があるものの、C病院の適切な治療により、圧迫が解除されている。したがって、本症例においては、高次脳機能障害が発症したとするには疑問がある。C病院での諸検査では高次脳機能障害はないとの診断がされていること、D大病院でのMRIでは、「脳挫傷の所見は消失しており、T2スター法で微小(微少)出血が微在し、側脳室に軽微な拡大が疑われた。」が、この微少出血は、一般にドッグでも散見される所見で、多くは無症状で、いつ出血があったかも分からないなどとして、本症例では、軽微な高次脳機能障害は疑われるが、後遺障害の等級が9級10号に該当するとは言えない。」とされた。
(13) これに対し、原告側は、被告側の上記意見書につき、上記丁山医師に対し、再度意見を求めたところ、同医師は、「意識障害は、平成19年5月30日午前7時20分の受傷時に生じ、翌31日午後0時すぎころ、ほぼ覚醒したので、麻酔や手術の影響があるので正確に判断できないが、少なくとも6時間以上の意識障害があったと解釈できること、MRIのT2スターで、20歳前後の青年である原告太郎に散在性の微少出血があるとの異常所見があることから、びまん性軸索損傷は確実に存在し、神経心理検査や生活態度などを総合的に判断すると、高次脳機能障害が発症したといえること、本症例のように軽症の場合は高次脳機能障害の判定が一般の病院では困難であるところ、C病院でも高次脳機能障害の判定は専門外であり、その検査結果などを取り上げて高次脳機能障害を否定するのは軽率であることなどから、従前のとおり、原告太郎の高次脳機能障害の程度は後遺障害等級表の9級10号に相当する。」との意見を述べた。
2 争点(1)について
(1) 上記認定事実によれば、原告太郎は、本件事故による頭部外傷により意識障害が発生し、救急搬入時から緊急手術まで最大約2時間のJCSⅡ-10という2桁、GCSは13点であったが、その後、急性硬膜外血腫等により脳実質の圧排、正中偏位により若干の意識低下が発生し、血腫除去の緊急手術を施行していること(なお、術後は麻酔から覚め、その約2時間後にはほとんど覚醒していた。)からすると、少なくともJCSⅡ-10程度の意識障害が相当期間継続するような脳へのダメージがあったことが窺われること、C病院でのCT検査によれば、硬膜外血腫等が手術により除去されて脳実質の圧迫が改善され、快方に向かい、MRI検査でも、脳実質に明らかな異常は認められなかったが、本件事故から1年以上経過した後にD大学のMRI検査では、びまん性軸索損傷を示唆する所見が認められていること、原告太郎は、本件事故後、自己の感情をコントロールが困難であるとか、計画的な金銭管理等ができないなどの高次脳機能障害を疑わせる症状が出現していること等の事実が認められ、これらの事実を総合すると、原告太郎は、本件事故により高次脳機能障害を発症した
ものと認められる。
(2) 上記認定事実によれば、原告太郎の高次脳機能障害の程度は、救急搬入されたC病院での検査や高次脳機能障害の検査目的で受診したD大学でも、その神経心理学的検査の結果は概ね正常な範囲内とされていること、高次脳機能障害を専門とする丁山医師の意見書では、軽度の注意障害や遂行機能障害があり、社会生活において、特に精神集中や持続を要求される状態または急がされるなどでストレスを感じる状況下では時に問題を生じることがあるとされているが、原告太郎は、親元を離れて一人暮らしをしながら、美容師専門学校に2年間通って国家試験に合格して美容師資格を取得し、その後も、d市内の美容室で勤務し、今後、シャンプー以外のより集中力を要する作業等に進む過程等において仕事上のストレスが増したときなどにトラブルが発生する可能性がないとはいえないものの、これまでは大きなトラブルを起こすことなく過ごしていること、美容師は国家試験に合格した上で就く職業であり、技術や知識等が一定のレベルに達していないとできない仕事であること、原告太郎は、物欲を抑えられず、多くの買物をしてしまって度々生活費不足が生じているが、生活に必要不可欠な経費は銀行口座により引落しにし、生活費の不足分につき両親の援助を受けるなどして一応一人暮らしの生活ができていることなどの事実が認められる。
(3) 以上の事実を総合すると、原告太郎の高次脳機能障害の程度は、後遺障害等級9級10号の「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当程度に制限するもの」に該当するとまでは認められないが、「通常の労務に服することができるが、高次脳機能障害のため多少の障害を残すもの」として後遺障害等級12級相当を認めるのが相当である。
(4) また、原告らは、本件事故後の原告太郎の顔面には「著しい醜状」が残ったとして、後遺障害等級12級14号に該当する旨主張するが、本件事故後の原告太郎の顔面の写真に照らすと、原告の顔面に著しい醜状が残っているとは認められず、原告らの上記主張は採用できない。
3 争点(2)について
(1) 医療費 592万0,145円
原告太郎主張の上記医療費のうちD大学分100万1,910円を除いた分は本件事故による損害として争いがない。
D大学分100万1,910円については、被告らは、本件訴訟提起のための検査費用であって本件事故による損害とはいえない旨主張する。
しかしながら、原告太郎の高次脳機能障害の存否、内容、程度等を検査で知ることは今後の治療の観点から必要と認められるので、D大学の検査費用も本件事故による損害と認めるのが相当である。
(2) 入院雑費 3万9,000円
原告太郎は、本件事故による治療のためC病院に30日間入院しているが、その入院雑費は1日当たり1,300円が相当であるから、3万9,000円を認める。
(3) 入通院慰謝料 200万円
原告太郎が本件事故により負った上記受傷内容や程度、入通院期間や治療経過等を考慮すると、200万円を認めるのが相当である。
(4) 後遺障害慰謝料 290万円
原告太郎の上記2に認定した後遺障害の内容や程度等を勘案し、290万円を認めるのが相当である。
(5) 後遺障害逸失利益 1,207万8,910円
原告太郎は、17歳で本件事故に遭い、上記2に認定した後遺障害が残った。また、上記2の認定事実によれば、原告太郎は、本件事故前から美容師になることが決まっていたとまでは認められない。
以上からすると、原告太郎の後遺障害逸失利益は、平成18年度賃金センサス第1巻第1表の産業計・企業規模計・男子学歴計の全年齢平均賃金の年収555万4,600円を基礎収入とし、労働能力喪失率を12級相当の14%、労働能力喪失期間を専門学校卒業時である20歳から67歳までの47年間として、ライプニッツ方式により中間利息を控除して逸失利益を算出するのが相当であるから、以下の計算のとおり、1,207万8,910円となる(円未満切捨て)。
555万4,600円×0.14×15.5327(67歳から17歳までの係数18.2559-20歳から17歳までの係数2.7232)
(6) 以上の損害合計は2,293万8,055円となり、既払金592万0,145円を控除すると、1,701万7,910円となる。
(7) 弁護士費用 120万円
本件事案の内容や認容額等に照らし、120万円を認めるのが相当である。
(8) 原告一郎及び原告花子の固有の慰謝料に関しては、民法711条の趣旨に照らし、上記2に認定した原告太郎の後遺障害の内容や程度ではこれを認めるまでには至らないというべきである。
4 以上によれば、原告太郎の請求は、損害金1,821万7,910円を認める限度で理由があり、原告一郎及び原告美恵子の請求はいずれも理由がないから、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成23年3月7日)
福岡地方裁判所小倉支部第3民事部
裁判官 佐々木信俊