57歳女子の12級主張低髄液圧症候群は起立性頭痛なく3回のブラッドパッチも症状の改善認められず各診断基準から発症を否認した
【判決の要旨】
57歳女子保険外交員で家事全般も行っていた者の休業損害について,本件事故後も保険外交員としての仕事を継続していたが,本件事故による傷害のため家事は行えなくなったことから,賃金センサス女性同年齢平均を基礎収入とし,治療経過に鑑み,事故から1年間は30%,その後6ヵ月は20%,最後の1か月は10%の各休業割合により認定した事案。
名古屋地裁 平成26年6月27日判決(確定)
事件番号 平成24年(ワ)第2957号 損害賠償請求事件
<出典> 自保ジャーナル・第1928号
(平成26年10月23日掲載)
判 決
原告 甲野花子
同訴訟代理人弁護士 佐藤成俊
被告 乙山春子
(以下「被告春子」という。)
被告 乙山次郎
(以下「被告次郎」という。)
被告ら訴訟代理人弁護士 正村俊記
同 南原浩平
【主 文】
1 被告らは、原告に対し、連帯して、502万8,787円及びこれに対する平成19年2月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを4分し、その3を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
【事実及び理由】
第一 請求
被告らは、原告に対し、連帯して、2,092万4,170円及びこれに対する平成19年2月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、原告の運転する自動車と被告春子が運転する自動車との間で発生した交通事故により、受傷し、損害を被ったとして、原告が、被告春子に対しては民法709条に、被告次郎に対しては自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条に基づき、連帯して、賠償金2,092万4,170円及びこれに対する不法行為の日である平成19年2月1日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(争いのない事実、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)
(1) 本件事故の発生
次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
日 時 平成19年2月1日午前9時10分頃
場 所 愛知県春日井市<地番略>路線上
原告車両 原告運転の普通乗用自動車(ナンバー略。以下「原告車両」という。)
被告車両 被告春子運転の普通乗用自動車(ナンバー略。以下「被告車両」という。)
事故態様 被告車両が、右カーブを曲がりきれずに対向車線にはみ出し、原告車両の右前部に被告車両右前部を衝突させた。
(2) 責任原因
被告春子には、被告車両の運転に際し、ハンドル操作につき過失があるから民法709条に基づき、被告次郎は被告車両の保有者であるから自賠法3条に基づき、本件事故により原告に生じた損害について、連帯して賠償すべき責任がある。
(3) 治療経過等
原告(昭和24年6月生)は、本件事故の結果、少なくとも頸椎捻挫、背部挫傷、仙腸関節捻挫の傷害を負い、次のとおり入通院した(かっこ内は、入院日数あるいは通院実日数である。)。
ア B整形外科
通院 平成19年2月2日から平成24年5月16日まで(571日)
イ Cクリニック
通院 平成19年2月17日から同年2月20日まで(2日)
ウ D病院
通院 平成19年6月14日から平成24年2月20日まで(27日)
入院 平成19年8月9日から同年8月11日まで、平成20年5月2日から同月3日まで、平成23年9月14日から同月16日まで(8日)
エ E大学病院
通院 平成19年12月13日(1日)
オ Fクリニック
通院 平成22年12月7日から平成24年5月18日まで(15日)
(4) 後遺障害認定
原告は、本件事故に係る自動車損害賠償責任保険の事前認定手続において、頸椎捻挫後の頭痛、頸部痛、肩こり等の症状については、「局部に神経症状を残すものとして自賠法施行令別表第二の後遺障害等級(以下「後遺障害等級」という。)14級9号に該当すると認定され、腰痛等の症状については、「局部に神経症状を残すものとして後遺障害等級14級9号に該当すると認定され、頸椎部の運動障害については、自動車損害賠償責任保険の後遺障害に該当しないと認定され、結局、後遺障害等級併合14級と認定された。異議申立てにおいても、上記の結論が維持され、低髄液圧症候群については、客観的な医学的所見が認められないとして、本件事故との相当因果関係が否定された。
(5) 損害の填補
原告は、被告次郎の付保する保険会社から、382万7,035円を受領した。
2 争点
(1) 原告の受傷内容、症状固定時期、後遺障害の程度
(2) 損害額
3 争点に対する当事者の主張
(1) 争点(1)(原告の受傷内容、症状固定時期、後遺障害の程度)について
(原告の主張)
ア 原告は、本件事故の結果、頸椎捻挫等のほか両上肢筋力低下、低髄液圧症候群等の傷害を負い、平成24年3月15日、症状固定となり、後遺障害等級12級に相当する後遺障害が残った。
イ 原告には、本件事故後、左半身・顔面・下肢のしびれ、項部痛、後眼球部の疼痛、記銘力障害等の多彩な症状、起立性の症状悪化が発症した。原告には、画像所見において、小脳の下方への移動、腰椎部及び頸椎部での硬膜の外側に液体貯留所見が認められ、ブラッドパッチ療法による症状の顕著な改善が見られており、低髄液圧症候群に罹患していることは明らかである。
現在も、低髄液圧症候群による眼窩項部痛、左半身の温度感の低下等の症状が残存している。
ウ ブラッドパッチ療法は症状の改善に施行後3週間から6週間を要することから、3回目の同療法が済んだ平成23年9月16日から6ヶ月後の平成24年3月15日が症状固定日である。
(被告らの主張)
ア 原告が、本件事故の結果、両上肢筋力低下、低髄液圧症候群の傷害を負ったことは否認する。仮に、原告が低髄液圧症候群であるとしても、本件事故との相当因果関係を否認する。
イ 原告の頸椎捻挫後の頭痛、項部痛、肩こり等の症状については、他覚的所見がなく、初診時から6ヶ月が経過した平成19年8月31日に症状が固定した。
(2) 争点(2)(損害額)について
(原告の主張)
ア 治療費 431万9,181円
① B整形外科 345万4,215円
② Cクリニック 6万1,030円
③ D病院 72万1,076円
④ E大学病院 2万4,960円
⑤ Fクリニック 5万7,900円
イ 通院交通費 23万2,144円
① B整形外科 8.2㌔㍍×2×571日×20円=18万7,288円
② Cクリニック 3.9㌔㍍×2×2日×20円=312円
③ D病院 33㌔㍍×2×30日(通院27日+入院3回)×20円=3万9,600円
④ E大学病院 18.6㌔㍍×2×1日×20円=744円
⑤ Fクリニック 7.0㌔㍍×2×15日×20円=4,200円
ウ 入院雑費 1万2,000円
(日額1,500円×8日)
エ 文書料 4万1,550円
オ 休業損害 758万7,790円
カ 逸失利益 490万8,540円
454万581円×14%×10年のライプニッツ係数7.7217
キ 傷害慰謝料 285万円
ク 後遺障害慰謝料 290万円
ケ 弁護士費用 190万円
(被告らの主張)
ア 治療費
B整形外科の平成19年2月2日から同年8月31日までの治療費133万6,173円を認め、その余は、本件事故と相当因果関係にあるとはいえず、否認する。
イ 通院交通費
B整形外科の平成19年2月2日から同年8月31日までの通院実日数118日の通院交通費2万9,028円(8.2㌔㍍×2×118日×15円)を認め、その余は、本件事故と相当因果関係にあるとはいえず、否認する。
ウ 入院雑費 否認する。
エ 文書料 否認する。
オ 休業損害 否認する。
原告は、保険外交員であるところ、その売上げは、平成18年分が359万4,150円、平成19年分が358万796円、平成20年が363万242円であることからすると、原告に休業損害は発生していない。
カ 逸失利益 否認する。
原告の所得は、平成18年分が219万5,705円、平成19年分が216万4,392円、平成20年分が197万5,321円、平成21年分が103万4,560円、平成22年分が193万4,212円、平成23年分が186万622円であり、その変動は本件事故による傷害がなくとも変動し得る範囲内であるから、基礎収入を本件事故前年の平成18年分の所得とし、他覚的所見が認められないことから労働能力喪失期間は長くても3年とし、後遺障害等級14級であるから労働能力喪失率は5%とするのが相当であり、逸失利益は29万8,945円が相当である。
キ 傷害慰謝料 否認する。通院6ヶ月間の傷害慰謝料は、80万円が相当である。
ク 後遺障害慰謝料 否認する。後遺障害等級14級であるから、後遺障害慰謝料は90万円が相当である。
ケ 弁護士費用 否認する。
第三 当裁判所の判断
1 争点(1)(原告の受傷内容、症状固定時期、後遺障害の内容)について
(1) 認定事実
前提事実、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 本件事故は、被告春子が被告車両を時速50ないし60キロメートルで走行させたため、右カーブを曲がりきれず、被告車両を対向車線にはみ出させて、時速30キロメートル程度で走行していた原告車両に接触させたというものである。原告は、接触時に、胸をハンドルにぶつけ、首が前後に揺さぶられる感じがしたものの、あまり痛みを感じておらず、翌日まで病院で受診することがなかった。本件事故は、原告の通勤途上で発生した事故であることから、原告の受けた精神的衝撃は少なくなく、精神安定剤を服用することもあった。(原告本人)
イ 治療経過等
(ア) B整形外科
原告は、本件事故の翌日である平成19年2月2日、B整形外科を受診し、右頸部から背部にかけての痛み、右腰部痛を訴え、頸椎捻挫、背部挫傷、仙腸関節捻挫と診断され、翌3日には両前腕痛も訴え、同月6日には左手のしびれを訴え、同月9日には頸椎椎間板損傷と診断され、同月17日には左大腿骨の痛みを訴え、同年3月12日、頸椎椎間板損傷の傷病名は削除され、両上肢筋力低下と診断された。
診療録上、原告から頭痛の訴えがされたのは、同月5日が最初であり、その後、明確な頭痛の訴えは同年6月26日までなく、その後は同年9月18日までなく、その次は平成20年4月28日であり、起床直後に頭痛が強い旨訴えたのは同年7月9日が最初であるが、その訴えが持続したわけでもない。両眼の奥が痛い感じがすると訴えたのは平成19年7月10日が最初であり、仕事で痛みが悪化すると述べている(なお、初診時には目が重いと訴えているだけである。)。
B整形外科では、平成19年2月6日、頸椎MRI検査でC3から6に中程度の椎間板突出と軽い神経の圧迫が認められたほかは、他覚的所見等はなく、消炎鎮痛等処置やリハビリテーションが継続して行われ、原告の愁訴は、頸部から肩の張り、下半身や全身の冷感、目の不調であり、頭痛を訴えることはほとんど無く、目の奥の痛みや頭痛を比較的頻繁に訴えるようになったのは、平成22年春頃からである。下半身のしびれについては腰椎MRIでL3からSに軽い椎間板の突出、目の奥の痛みについてはドライアイの指摘もある。
並行してD病院でのブラッドパッチ療法もなされ、症状は少しずつ改善したとされているが大きな変化はなく、通院頻度は平成20年2月までが月20回程度、同年9月までが月15回程度、その後は平成21年9月まで月8回程度となっているが、頭痛が消失したわけではない。
(イ) Cクリニック
原告は、平成19年2月17日及び同月20日、B整形外科の紹介で、Cクリニックを受診し、顔面のしびれ等について精査を受けたが、頭部MRI検査で後頭蓋窩内に異常所見はなく、脳実質内に外傷性変化はなく、本件事故に関連する他に何らの異常所見はなかった。顔面の違和感は精神的なものである旨の説明がされた。
(ウ) D病院
原告は、平成19年6月14日から、B整形外科の紹介で、D病院を受診し、左半身、顔、下肢のしびれ、目の奥の痛み等を訴えた。その際、頭痛や吐き気はない旨を述べており、その後も起立性の頭痛は確認されていない。交通外傷による低髄液圧症候群と診断されている。
平成24年2月20日まで入通院し、保存的治療のほか、ブラッドパッチ療法を、1回目平成19年8月9日、2回目平成20年5月2日、3回目平成23年9月14日に受けた。D病院脳神経外科の丙川三郎医師(以下「丙川医師」という。)の意見書によれば、1回目では症状がかなり改善され、3回目では非常に効果があり、症状緩和のために行われていた点滴が週に2、3回から1回に減少したとされている。なお、ブラッドパッチ療法で症状が改善するまでに6ヶ月程度を要するとされている。
(原告本人)
丙川医師作成の平成21年10月5日付け自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書(以下「後遺障害診断書」という。)によれば、症状固定日は平成21年9月24日、傷病名は低髄液圧症候群としている。丙川医師作成の平成23年1月7日付け後遺障害診断書によれば、症状固定日は平成22年11月8日、傷病名は低髄液圧症候群、自覚症状は左上肢のしびれ、起立性頭痛、左眼瞼下垂、背部痛、左羞明感、他覚的所見等として、症状は改善悪化の山坂変化がある、点滴療法により眼瞼下垂の改善があるとされている。
(エ) E大学病院
原告は、平成19年12月13日、E大学病院整形外科を受診し、左半身の違和感、左顔面のしびれ、腰痛を訴えた。両僧帽筋に圧痛が認められたが、ジャクソンテスト及びスパーリングテストは(-)、握力は右12キログラム、左8キログラムであり、腰椎及び下肢には特に異常所見はなく、頸部挫傷と診断された。原告は、同病院の医師から、身体的所見、神経学的所見、MRIから愁訴を説明できないため、これ以上の検査はせず、症状が治まるのを待って、終了するよう説明された。
(オ) Fクリニック
原告は、平成22年12月7日から、Fクリニックを受診し、頭痛、肩こりを訴えたほか、足の冷え及びしびれ感、下半身の感覚がない、「血管に針を刺されるような痛み」等を不定愁訴し、低髄液圧症候群と診断され、平成24年5月18日まで通院し、漢方薬を処方されるなどした。
(2) 以上の原告の治療経過からすると、本件事故から30日以内に頭痛が発症した様子はなく、継続する頭痛もなく、起立性頭痛は認められないこと、原告の愁訴には外傷以外の精神的要因も考えられること、髄液漏を示す画像所見も認められないことなどからすると、本件事故の結果、原告が低髄液圧症候群、さらには両上肢の筋力の低下を発症したとは認められない。
次に症状固定時期について検討する。症状固定とは、療養をもってしても、その効果が期待し得ない状態で、かつ、残存する症状が、自然的経過によって到達すると認められる最終の症状に達したときをいうと解される。本件事故によって原告が負った傷害は、頸椎捻挫、背部挫傷、仙腸関節捻挫であり、これらに起因すると考えられる頭痛、頸部痛、肩こり、腰痛等についての治療がなされて症状の改善も見られたものの、6ヶ月を超えて治療がなされたが大きな変化はないこと、通院頻度、D病院での2回のブラッドパッチを含めた治療は、原告の受傷内容を精査し、治療の要否を判断するため必要であったと考えられること、ブラッドパッチ療法の効果が確認できるまでに6ヶ月程度を要することからすると、症状固定日を平成20年10月31日と認めるのが相当である。
原告には、症状固定後も頸椎捻挫後の頭痛、頸部痛、肩こり等の症状及び腰痛等の神経症状があり、他覚的所見はないものの、後遺障害等級14級に相当する神経症状が残ったと認めるのが相当である。
(3)ア 原告は、①本件事故の3日後から起立性の頭痛が生じていた旨、また、本件事故当初から、項部硬直、悪心の症状が発症し、その後、耳鳴りや光過敏等の多彩な症状が生じていた旨主張し、また、当初から眼の奥の痛みを訴えており、これは低髄液圧症候群における頭痛に該当する旨も主張し、さらに、②低髄液圧症候群であっても体位性の特徴が明確でない事例が存在するとも、本件事故による原告の症状は多様であり、頭痛や項部硬直、悪心が起立性、体位により変化するものかどうか認識することが困難であった旨も主張し、③MRミエログラフィーで腰椎部及び頸椎部で硬膜の外側に液体貯留所見を認め、髄液漏出を示す画像所見がある、④ブラッドパッチ療法により症状が改善した旨も主張し、本件事故により低髄液圧症候群を発症した旨主張する。
イ しかし、B整形外科はじめ原告に係る診療録上、頭痛が座位ないし立位になると出現ないし増悪し、臥位になると改善する(起立性頭痛)など体位による変化がある様子は窺われないし、強い頭痛がある様子も窺えない。かえって、D病院の診療録上、起立性頭痛のみならず頭痛はないと記載されている。この点、原告は、当初から起立性頭痛があった旨、眼の奥の痛みがあった旨述べる(原告本人)が、診断書や診療録の記載と齟齬が生じた理由は明らかではなく、採用できない。また、原告の日記や陳述書によっても、起立後一定時間内に頭痛が増悪すること、痛みが強いこと、本件事故以来毎日続いていること、臥位になると痛みが軽減されることは確認できない。したがって、起立性頭痛又は体位による症状の変化があったとする上記原告の主張は採用できない。
また、起立性頭痛又は体位による症状の変化は患者である原告自身の認識や愁訴に依拠しているところ、原告自身、他の症状のためとはいえ、これらを認識していなかったことを自認しているのであるから、なおさら、起立性頭痛又は体位による症状の変化を認めることはできない。
ウ 原告は、MRミエログラフィーで腰椎部及び頸椎部で硬膜の外側に液体貯留所見を認め、髄液漏出を示す画像所見がある旨主張し、丙川医師の意見書を提出する。
しかし、低髄液圧症候群の画像診断基準においては、MRミエログラフィーで腰椎部及び頸椎部で硬膜の外側に液体貯留所見(硬膜外に水信号)を認めただけで、髄液漏出の確定診断をするのは、脊髄周辺に白く描出された脊髄腔周辺の水様画像は正常人でも描出されることから相当ではなく、「硬膜外に水信号」だけの場合は、髄液漏の「疑」所見とされており、さらにMR(脂肪抑制T2WI及びGd造影脂肪抑制T1WI)もしくはCTmyelographyによる精査が必要としている。また、原告の頸椎部MRミエログラフィーについて、D病院の放射線科の医師は神経根部の一部拡張を確認した上で正常所見と判断している。したがって、原告のMRミエログラフィー画像のみからは髄液漏出と確定的に判断することはできない。
なお、丙川医師の意見書は、平成19年2月20日撮影の頭部MRI画像によると「小脳が基準線(斜台下端-大後頭孔下端)より数ミリメートル下方に位置しているとするが、丁山四郎医師は、脳扁桃の下端は斜台下端と大後頭孔下端を結ぶ線より上にあると判
断しており、また、これを撮影したCクリニックの戊田五郎医師も異常なしと判断しており、丙川医師の意見書を直ちに採用することはできない。
エ 原告は、3回のブラッドパッチにより、原告の症状が改善された旨主張し、原告はこれに沿う供述等をし、丙川医師の意見書を提出する。また、B整形外科の診断書や診療録には、1回目の施行後、少し改善傾向が認められ、3回目の施行後、頭痛が軽減した旨記載されている。しかし、そもそも原告に頭痛の訴えが乏しかったことは前記アのとおりであり、目の奥の痛みを頭痛と捕らえるとしても、平成22年春頃から頻繁に訴えるようになったものである。D病院においても、1回目のブラッドパッチの前の原告の愁訴は、顔面や下肢のしびれ、眼の奥の痛み等であったが、その後の原告の愁訴は、首から肩にかけての痛み、頭痛、左上肢のしびれ、眼の奥の痛み等で大きな変化はなく、B整形外科における通院頻度も変化はない。2回目のブラッドパッチ後の原告の愁訴は、頭痛、左半身冷感等であり、原告自身、1回目程の効果はなかったとしている。3回目のブラッドパッチ後、原告はかなり効果があり起立性頭痛がなくなったと述べるが、そもそも起立性頭痛がなかったことは前記アのとおりである。平成20年9月以降施行されるようになった点滴の回数が減っているほかは、Fクリニックでの愁訴の内容からして、症状に大きな変化があった様子は窺えない。したがって、ブラッドパッチ療法によって、原告の症状が顕著に改善したとはいえない。
オ これらの事実を考慮すると、日本脳神経外傷学会が提案した診断基準及び厚生労働省の診断基準(案)及び画像診断基準に照らし、本件事故により原告に低髄液圧症候群が生じたと認めることはできない。
2 争点(2)(損害額)について
(1) 治療費
証拠(略)によれば、本件事故と相当因果関係にある治療費は、症状固定日である平成20年10月31日までの合計371万7,720円と認められる。
① B整形外科 310万1,735円
② Cクリニック 6万1,030円
③ D病院 52万9,995円
④ E大学病院 2万4,960円
(2) 通院交通費
証拠(略)によれば、本件事故と相当因果関係にある通院交通費は、平成20年10月31日までの合計8万3,358円と認められる。
① B整形外科 8.2キロメートル×2×296日×15円=7万2,816円
② Cクリニック 3.9キロメートル×2×2日×15円=234円
③ D病院 25キロメートル×2×13日(通院11日+入院2回)×15円=9,750円
④ E大学病院 186キロメートル×2×1日×15円=558円
(3) 入院雑費
証拠(略)によれば、本件事故と相当因果関係にある入院雑費は、7,500円(日額1,500円×5日)と認められる。
(4) 文書料
原告の請求する文書料が本件事故と相当因果関係にある損害であると認めるに足りる証拠はない。
(5) 休業損害
証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、原告はG保険会社に保険外交員として勤務し、その所得金額は、平成17年が277万3,362円、平成18年が219万5,705円、平成19年が216万4,392円、平成20年が197万5,321円であって、本件事故前から所得金額に多少の変動があり、また、平成18年と平成19年とでは大きな変動はないこと、さらに、原告は家事全般を行っていたこと、本件事故後も保険外交員としての仕事を継続していたが、本件事故による傷害のため家事は行えなくなったことが認められる。そうすると、休業損害の算定については、給与所得によるのは相当ではなく、賃金センサス平成19年女性学歴計55歳から59歳の平均賃金350万1,600円を基礎収入とし(日額9,593円)、前記1(1)の治療経過に鑑み、当初の1年間は30%、その後の6ヶ月は20%、最後の1ヶ月は10%と認めるのが相当である。したがって、本件事故と相当因果関係にある休業損害は142万9,820円と認めるのが相当である。
350万1,600円÷12ヶ月×(30%×12ヶ月+20%×6ヶ月+10%×1ヶ月)=142万9,820円
なお、原告は、入通院日数全てについて100%労働能力喪失を認めるべきであるとするが、入院日はそうであっても、仕事を継続しながら通院していた日まで100%の労働能力喪失を認める合理的理由はない。なお、入院日数はわずかであるから、上記労働能力喪失率で評価されているといえる。また、旅費交通費のみを流動経費として休業損害を算定する合理的理由もない。
(6) 逸失利益
前記1(2)の事実及び前記(5)の事実によれば、賃金センサス平成20年女性学歴計55歳から59歳の平均賃金349万8,900円を基礎収入とし、労働能力喪失率は5%、労働能力喪失期間は5年とするのが相当であるから、原告の逸失利益は、75万7,424円となる。
349万8,900円×5%×5年のライプニッツ係数4.3295=75万7,424円
(7) 傷害慰謝料
本件事故の態様、傷害の内容、治療経過等を考慮すると、本件事故と相当因果関係にある傷害慰謝料は130万円とするのが相当である。
(8) 後遺障害慰謝料
後遺障害の程度等を考慮すると、本件事故と相当因果関係にある後遺障害慰謝料は110万円とするのが相当である。
(9) 以上の合計は839万5,822円であり、そこから既払金382万7,035円を差し引くと456万8,787円となる。
(10) 弁護士費用
本件事案の内容、審理の経過、認容額その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用として46万円を認めるのが相当である。
(11) 合計 502万8,787円
3 よって、原告の請求は、被告らに対し、民法709条及び自賠法3条に基づき、賠償金502万8,787円及びこれに対する平成19年2月1日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、その限度で認容し、その余はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成26年5月14日)
名古屋地方裁判所民事第3部
裁判官 戸田彰子