左折時の原告車の損傷箇所は左後部、被告車は右前部から原告車の過失を30%と認めた
【判決の要旨】
54歳男子運転手(後遺障害なし)の休業損害について,原告は,本件事故により運転手としてトラックの長距離運転や重量のある荷物の荷積み・荷下しなどの業務に困難をきたし,休業し,勤務先から退職を求められ,退職したこと,その後,事故から6ヵ月半の間,運転手としての業務が無理な状態であったこと,医師も原告の訴えにより同様の判断をしていること等の事情が認められ,これらによれば,本件事故と原告の休職,退職及び退職後運転手として事故から6ヵ月半までの間再稼働できなかったことについては相当因果関係が認められるとして,実収入を基礎収入に,事故から再稼働までの6ヵ月半について休業損害を認めた事案。
仙台地裁 平成27年3月19日判決(確定)
事件番号 平成25年(ワ)第1385号 損害賠償請求事件
<出典> 自保ジャーナル・第1957号
(平成28年1月14日掲載)
判 決
原告 甲野一郎
同訴訟代理人弁護士 菅野淳一
同訴訟復代理人弁護士 加瀬谷拓
被告 乙山次郎
同訴訟代理人弁護士 浦井義光
同 丸山 孝
【主 文】
1 被告は、原告に対し、278万6,240円及びこれに対する平成24年8月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを10分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
【事実及び理由】
第一 請求
被告は、原告に対し、315万9,900円及びこれに対する平成24年8月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要等
1 本件は、被告運転の普通乗用自動車(以下「被告車両」という。)と原告運転の普通乗用自動車(以下「原告車両」という。)との間で生じた交通事故(以下「本件事故」という。)につき、原告が、被告に対し、自動車損害賠償保障法3条及び民法709条に基づき315万9,900円の損害賠償及びこれに対する本件事故日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を請求する事案である。
2 前提事実(証拠を掲記しない事実は、当事者間に争いがない。)
(1) 本件事故について
ア 発生日時 平成24年8月13日午前10時25分頃
イ 発生場所 仙台市宮城野区<地番略>
ウ 第1当事者 原告
エ 第2当事者 被告
(2) 本件事故現場は、信号機により交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という。)である。原告車両及び被告車両は共にa方面(東)からb方面(西)に進み、本件交差点を左折しc方面(南)に進もうとしていた。a方面から本件交差点に向かう道路は片側3車線であり、本件交差点からc方面に向かう道路は片側2車線である。本件交差点からc方面に向かう道路には幅9.2メートルの横断歩道及び幅2メートルの自転車横断帯があり、本件事故は横断歩道上で起きた。本件事故は、原告車両の左後部と被告車両の右前部が接触したものである。
(3) 原告は、原告を被保険者とする人身傷害保険金として、B保険株式会社から通院慰謝料24万7,380円、休業損害10万3,229円を受領した。
3 争点及び当事者の主張
(1) 事故態様及び過失相殺(争点(1))
(原告)
ア 本件事故は、信号機により規制された十字路の本件交差点において、対面信号青色時に、左折し第1車線に進入しようと横断歩道の手前で停車していた被告車両が突如として進路変更しながら発進し、同様に左折し第2車線に進入しようと横断歩道の手前で停車していた原告車両に衝突したものである。原告車両は被告車両の前方で停車していた。
イ このような事故態様の場合、原告の過失を2割、被告の過失を8割とすべきである。
ウ 被告は本件事故前1度も停車していないかのような主張をするが、本件事故から約1ヶ月を経過した平成24年9月11日の時点において、横断歩道に少し入った地点で停車していたことを認めている。また、被告車両の損傷が5時方向から入力された擦過傷と主張し、原告車両が被告車両に衝突したと主張するが、5時方向から入力とする根拠が不明確である上、原告車両のフェンダーのアーチモールが後方から前方に押されていること、ディスクホイールに回転痕がないことから、原告車両が停車していたことは明らかである。
エ 原告が第2車線に進入しようとしていたのは、左折先道路の第1車線に車両が停車しており、第1車線をそのまま走行できないことを認識したためであり被告が進路変更したのと同じである。また、道路交通法34条1項は、「できる限り」と規定しており、これは、道路や交通の状況等に鑑み支障のない範囲における可能な限度を意味すると解され、本件では左側端に沿って左折すべき義務はない。さらに、同条項の趣旨は後続車が左方から追い越しする危険を回避することにあると解されるが、本件の事故態様はそのようなものではなく、同条項違反は過失に影響しない。左折先道路の車線が複数ある場合、第1車線に入ることなく第2車線や第3車線に直接入る車両が多いことは公知の事実である上、横断歩道においては死角から歩行者・自転車が通過する可能性等もあることから、被告は細心の注意を払って発進すべきだったのであり、そうすれば原告車両の存在を容易に認識できた。
(被告)
ア 被告は、本件事故現場の交差点を左折しようとしたが、被告の前方を左折した車両が、横断歩道を越えた辺りでブレーキランプを点灯させて停車した。同車両の前方に荷下ろしするトラックが停車していたためである。被告は、停車した車両の後ろで減速して徐行した状態となり、同車両を避けるため、右にウィンカーを出し、右側に進路を変更した。そこへ、被告車両の右側から追い抜くような形で左折しようとした原告車両が、被告車両の右後方からこするようにして衝突してきた。被告車両の損傷は、5時方向から入力された擦過傷であることが確認でき、原告車両が被告車両の右後方からぶつかってきたことがわかる。原告車両が停車中の事故ではない。
イ 原告車両は被告車両を追い抜く形で第2車線に入ろうとしていたことから、かなり膨らんで左折したものである。左折時はあらかじめできる限り道路の左側端に寄り、かつ、できる限り道路の左側端に沿って徐行しなければならない(道路交通法34条1項)が、原告はその義務を果たしていなかったのであるから、明らかな法令違反として重大な過失がある。被告が走行していた道路は左折車線が1車線しかなく、まさか後方から追い抜くような形で左折してくる車両があるとは予測していなかった。被告には交通法規に違反してくる車両があることを予測して運転する義務はない。
ウ 原告は停車していた根拠として原告車両のアーチモールの変形やディスクホイールの擦過傷を主張するが、写真からは入力方向を特定することはできない。また、ディスクホイールの擦過傷についても、1本のスポークだけではなく複数のスポークに損傷が見られることから、停車していた根拠とはならない。
(2) 損害論(争点(2))
(原告)
ア 通院慰謝料 90万円
平成24年8月13日から平成25年2月28日までの通院6ヶ月半
通院回数が少ないのは十分な貯蓄がなく十分な通院ができなかったためであり、症状が軽度だったわけではない。症状固定後1年間就職できなかったことを見ても、症状が軽度でないことが明らかである。
イ 休業損害 277万1,600円
原告は本件事故当時運転手として稼働していたが、本件事故により運転や荷物の積み下ろし作業に困難を来すようになったため、平成24年8月19日まで休業し、その後退職せざるを得なくなった。本件事故前年の年収は497万0,100円、事故前3ヶ月の給与の平均額は44万2,403円であり、平成24年度の退職までの期間の収入額が354万0,709円であることから、平成24年賃金センサス運輸業・郵便業・企業規模計・学歴計・男性労働者50~54歳の平均収入である507万2,100円とするのが相当である。休業日額は1万3,858円(507万2,100円÷366日)となり、症状固定時である平成25年2月28日まで200日分。
就労が不可能であることについては、原告の主訴から、原告の主治医が同期間につき就業が無理と判断している。
ウ 小計 367万1,600円
エ 過失相殺後 293万7,280円
2割過失相殺
オ 弁護士費用 29万円
カ 損害の填補 6万7,380円
人身傷害保険金として通院慰謝料24万7,380円を受領済み。通院慰謝料90万円の原告の過失割合2割である18万円を超える6万7,380円は保険金から填補。
同様に休業損害として10万3,229円を受領しているが、休業損害277万1,600円の2割を超えないため、填補されていない。
キ 合計 315万9,900円
(被告)
ア 争う。
イ 慰謝料は、実通院日数が34日であることから、その3倍として、3、4ヶ月分の58万6,000円が相当である。
ウ 休業損害は、休業日数に関する立証状況からすれば、10万3,229円が相当である。就労不可能であったことなどについては証拠がなく、認められない。原告は、本件事故直後、C病院を受診し、頸部痛、腰痛を訴えたが、握力は正常であり、歩行も可能であった。他覚的・客観的所見もなかった。物損の状況を見ても、軽微な接触事故である。本件事故態様は真後ろからの追突ではなく、左側面から擦るような態様での接触であり、頸部が過伸展するような事故態様ではない。主治医が就業を無理と回答したのも、原告本人の自覚症状のみを根拠としており、働くのは大変だろうという程度の回答である。
エ 休業損害について、仮に原告に長期治療及び休業の必要性があったとしても、加齢性の頸部脊椎症、腰部脊椎症のためであり、本件事故との相当因果関係がない。
オ 仮に本件事故と長期の休業損害に相当因果関係があるとしても、原告の身体的要因・心因的要因が大きく影響していることから、素因減額されるべきである。
第三 当裁判所の判断
1 争点(1)(事故態様及び過失割合)について
(1) 本件事故に至る経緯としては、被告車両が第1車線を先行車に続いて本件交差点を信号に従いc方面へ左折したところ、先行車がブレーキランプを点灯させ停車した。原告車両は被告車両の後ろから第1車線を進行して来て信号に従いc方面に左折したところ、左折先の第1車線は車が停止しているので第2車線に進路変更して被告車両の右に来た。被告車両が右側から先行車を追い抜こうと車線変更したところ、原告車両の左後部と被告車両の右前部が接触したものである。
(2) 本件事故時、原告車両が停止していたか争いがあるので検討する。原告車両の左フェンダーアーチモールはやや後ろから前に押されてずれていることが認められ、被告車両が後ろから力を加えたことが認められる。他方、被告車両の右フロントフェンダー部や右ヘッドランプ部の状況からすると、後方から前方に向けて傷が付いていると認められ、原告車両が後ろから力を加えたことが認められる。したがって、本件事故時、原告車両、被告車両共に低速度で走行しており、ブレーキのタイミングにより互いに後方からの傷が付いたと認めるのが相当である。原告車両のディスクホイールのスポーク1本には直線状の傷が認められるが、他のスポークにも傷があったと窺われ、それがどのような傷か不明であること、直線状の傷についても、1本の線ではなく面として広がっており、低速度での走行時にそのような傷が付かないか不明であることなどから、原告車両が停止していたことを認めるには足りない。
(3) そうすると、本件事故は、進路変更時の事故類似といえること、被告は本件事故時に右折の合図をしていたこと、被告は右後方の確認不十分を認めていること、左折先道路が2車線あるという道路状況で、左折時に第2車線を走行した原告の過失を特段修正すべきとはいえないことなどから、原告3割、被告7割の過失割合とするのが相当である。
2 争点(2)(損害論)について
(1) 通院慰謝料 90万円
ア 前提事実及び証拠によれば、本件事故当時原告は54歳であったこと、本件事故態様は上記争点(1)のとおり原告車両及び被告車両が双方低速度で走行していた際の接触であること、本件事故による原告車両及び被告車両の損傷は軽くフェンダーアーチモールがへこんだりディスクホイールに傷が付いたりする程度のものであること、本件事故時、原告車両が被告車両の前方にいたこと、原告は、平成24年8月13日から平成25年2月28日までC病院に頸椎捻挫及び腰椎捻挫の傷病名で33日間通院し、同日、治療中止となったこと、原告は、平成24年8月17日、D眼科に左眼飛蚊症、両眼近視性乱視及び両結膜炎の傷病名で1日通院し、同日、治療中止となったこと、原告は頸椎捻挫及び腰椎捻挫につきC病院にほぼ週1回以上の頻度で6ヶ月半程度通院したこと、原告は治療費が人身傷害保険金で事後的に填補されるとしても一時的に原告が立て替えることも大変だったので控えめに通院していたこと、平成24年9月3日、C病院の丙川三郎医師(以下「丙川医師」という。)は頸椎、腰椎捻挫により初診日より約4週間の加療を要する見込みと診断したこと、丙川医師は、本人の訴えから無理(大変である事)と思い平成25年2月28日までは休業が妥当と判断したこと、丙川医師が同日を症状固定とした理由は受傷後6ヶ月経過したためであること、原告は本件事故後勤務先を平成24年8月19日まで休み、同日退職したこと、本件事故当時の原告の職業はE株式会社(以下「E会社」という。)の運転手であり、トラックの長距離運転、重量のある荷物の荷積み・荷下ろしなどを業務内容としていたこと、原告は平成26年3月から体の痛みが大分なくなりトラックの運転手として勤務を再開したが、それまでは体の痛みによりトラックの運転手として稼働することはできなかったこと、原告は平成13年頃から本件事故時までE会社で稼働しており、事故の前年においては497万0,100円の年収があったことな
どの事実が認められる。
イ 被告は、本件事故と相当因果関係のある傷害は数日の経過観察で十分な程度のものであるとして、本件事故との相当因果関係を否定する。しかし、上記認定事実に加え、原告が本件事故以前から体調に問題があり治療歴があったなどとは認められないこと、本件事故態様は軽い接触ではあるが、原告車両が前方にいたのであり、原告は予期せずに本件接触をしたと推測されるところ、不意の外力が加わることによりむち打ち症が生じる可能性があること、骨棘形成や椎間板膨隆、脊柱管狭窄などの加齢性の変化が相まって治療が長期化したことが明らかであるとはいえないが、仮にそのような事情があったとしても、原告のそれが通常の加齢性変化を超えて疾患というべき状態になっていたとは認められないこと、原告は本件事故までE会社において稼働し、本件事故後も働けるようになれば稼働を再開し、稼働できなかった期間中も全期間を被告に対し賠償を求めているわけではなく、殊更症状を過大に述べていると窺わせる事情は見当たらないことなどの事情を総合すると、丙川医師が本件事故による症状固定時期と判断した平成25年2月28日までの通院は本件事故との相当因果関係があると認めるのが相当である。
同様に、素因減額の主張についても減額すべき素因があるとは認められない。
ウ 被告は、通院慰謝料は実通院日数の3倍によるべきと主張する。しかし、原告の通院期間は約6ヶ月半でありそれほど長期間ではないこと、原告はほぼ週1回以上の頻度で通院していること、原告は治療費を立て替えるのも困難なため控えめに通院していたこと、症状固定として通院を終了した平成25年2月28日においても原告の痛みは完治せず、稼働を再開したのは平成26年3月からであるととなどの事実からすれば、通院期間約6ヶ月半として慰謝料90万円とするのが相当である。
(2) 休業損害 272万3,200円
ア 証拠によれば、原告は、本件事故により運転手としてトラックの長距離運転や重量のある荷物の荷積み・荷下ろしなどの業務に困難を来たし、休業し、勤務先から退職を求められ、退職したこと、その後、平成25年2月28日まで運転手としての業務が無理な状態であったこと、丙川医師も原告の訴えにより同様の判断をしていること、上記のとおり平成25年2月28日までの通院は本件事故と相当因果関係が認められ素因減額も認められないことなどの事情が認められ、これらによれば、本件事故と原告の休職、退職及び退職後運転手として平成25年2月28日まで再稼働できなかったことについては相当因果関係が認められる。
イ 平成25年2月28日に症状固定となり、原告に後遺障害が認められないことからすれば、トラックの運転手とは異なり体への負担の少ない業務をすることで、早期の復職が行えた可能性がある。しかし、本件事故当時54歳である原告が長期間行ってきた業務と異なる内容の業務を行い同程度の収入(平成23年度の年収は497万0,100円)を得るのは困難と考えられること、原告は平成26年3月から本件事故前と同様のトラックの運転手をしていること、平成24年8月13日から平成25年2月28日まで約6ヶ月半、200日の休業期間はそれほど長期間ではないこと、その期間中実通院日数34日、ほぼ毎週1回以上の頻度で通院していたこと、症状固定として通院を終了した平成25年2月28日においても原告の痛みは完治していなかったことなどの事実からすれば、トラックの運転手とは異なる業務の求職活動を行わなかったとしても不合理とはいえず、原告の就労能力及び就労意欲はあったが休業せざるを得なかったものと認めるのが相当である。
ウ 原告の本件事故前3ヶ月の給与平均額が44万2,403円であること、原告の平成23年度の収入が497万0,100円であること、原告の平成24年度の収入は同年8月19日に退職するまでのものであるが、354万0,709円であること、原告の給与は付加給の割合が多く変動の可能性があること、原告の平成23年分の収入は平成24年賃金センサス運輸業・郵便業・企業規模計・学歴計男性労働者50~54歳の507万2,100円を下回っていることなどの事実からすると、原告の平成23年分収入の497万0,100円を基準とし、日額1万3,616円とするのが相当である。
エ 以上により、日額1万3,616円の200日分として、272万3,200円を認める。
(3) 小計 362万3,200円
(4) 過失相殺後 253万6,240円
原告の過失3割
(5) 弁護士費用 25万円
上記過失相殺後の金額の約1割の弁護士費用を相当因果関係のある損害と認める。
(6) 損害の填補 0円
原告は人身傷害保険金として通院慰謝料24万7,380円及び休業損害10万3,229円を受領しているが、これらは原告の過失割合3割に相当する金額を超えないから、損害の填補は生じていない。
(7) 合計 278万6,240円
3 よって、原告は、被告に対し、不法行為に基づき278万6,240円及びこれに対する平成24年8月13日から支払済みまで年5分9割合による遅延損害金の請求権を有し、原告の請求はこの限度で理由があり、その余は理由がない。
第四 結論
以上によれば、原告の請求を一部認め、一部棄却することとして、主文のとおり判決する。仮執行免脱宣言は、相当でないので付さないこととする。
(口頭弁論終結日 平成27年2月6日)
仙台地方裁判所第1民事部
裁判官 佐久間隆